第4話 人を恐るる者は必ず人にへつらうものなり ‐福澤諭吉‐

「魔獣……と言うよりは、魔獣化劣位魔族種レッサーデーモンってところかしら?」

「でもここって防壁の中よね?元魔族デモニアであったとしても、魔獣化劣位レッサー程度に破れる防壁だとは思えないけど……」


 少女は視線を逸らさず、距離を詰めていく。左手にはデバイスから伸びる汎用魔力刃ソードがある。装備に拠るバフは無いし、魔術に拠るバフも掛けていない。身体能力だけで考えれば少女の方が劣勢なのは目に見えて分かる……が、そんな理由で背中を向けるワケにはいかない。

 対する魔獣化劣位魔族種レッサーデーモンは少女を見据えているだけで、動く気配は無いように思えていた。



「どんなトリックを使って、魔術防壁の中にいるのかは分からないけど、アンタが悪さをしてるなら、ここで討伐させて貰うわ!」


しゃッ


「クケッ」


 少女は一気に間合いを詰めると、廊下の角にいる魔獣化劣位魔族種レッサーデーモンへと汎用魔力刃ソードを繰り出して突いた。

 だが繰り出された刃が魔獣化劣位魔族種レッサーデーモンに突き刺さる前に、変な鳴き声と共に魔獣化劣位魔族種レッサーデーモンはどこかへと消えていったのだった。



「逃がしたか……。でもこれで旅館の中から変な気配は消えたわね」


どぉん



「ルミネ?!外で何か?ええぃ、このままじゃ旅館に被害が出ちゃうッ」


簡易シンプレックス結界・オビーチェ


 少女は旅館全体に結界を施していった。少女の結界発動と共に旅館全体をスクエア型の結界が包み込んでいく。これである程度は戦闘の余波を防いでくれると判断した少女は、きびすを返して外にいるルミネの元へと大急ぎで駆けていくのだった。




 魔獣化劣位魔族種レッサーデーモンはここ最近になって、人間界に勢力を伸ばして来ており、この魔獣は下位若しくは劣位の魔族デモニアが魔獣化した存在であるとされる。だが一方で、「魔界」に存在している大多数の魔族デモニアとは一線を画す存在と考えられている。

 まぁ調べたくても「魔界」に行く事が出来ず、詳しい調査が出来ないので憶測でしかないが、それは仕方の無いコトだと言える。




 昔は頻繁に起こっていた魔族デモニアに因る被害は、近年の人間界では数える程も存在していない。拠って、これらの魔獣化劣位魔族種レッサーデーモンは過去に於いて人間界侵略を目論んだ魔族デモニアの先兵として連れて来られたモノ魔獣達が、密かに繁殖し増殖したのだと考えられるようになっていた。

 何故、最近になって魔獣化劣位魔族種レッサーデーモンが全国的に蔓延はびこるようになったのかは解明されていないが、被害件数は着実にその数を増やしているのは確かで、魔獣化劣位魔族種レッサーデーモンが関与する依頼クエストの件数も増えていたのは事実だ。

 そしてこれもまた、「3.15の禍殃アンノウン」の影響だと結論付けられていた。



 魔獣化劣位魔族種レッサーデーモン自体、人語を話す事は出来ない事から、魔獣として生態系に組み込まれているが、れっきとした魔族デモニアに変わりはない。本来、種族として確立されている魔族デモニアが魔獣として貶められているのは学術的には問題なのだろうが、魔獣として裏付けされた内の1つに「容姿」がある。


 魔獣化劣位魔族種レッサーデーモンの「容姿」は統一性が無く、獣のような姿をしている者から、ヒトガタをしている者まで千差万別なのだ。これは魔族デモニアがマテリアル体を持たない種族の為に仕方の無いコトと言えるのだが、その事は広く知られていない。

 だから、魔獣としての分類に入れられたのかもしれない。


 然しながら種族的には魔族デモニアである事に違いはないので、魔術を行使する事が出来る一方で、その身体に生える爪や牙と言った得物を使った物理属性の攻撃も行う事が報告されている。要するに物理攻撃も虚理攻撃も可能な厄介な魔獣とも言える。




「ッ?!なんてことッ」


「クケケ」

「ククケ」

「ケケケ」


「これだけの量に囲まれていたなんて……でもどうやら魔獣化劣位魔族種レッサーデーモンみたいですわね?全く……魔族デモニアの面汚しめ」


 ルミネは珍しく嫌悪感をあらわにしながらも、自身の周囲を囲んでいる敵の多さに苦慮している様子だった。


 ルミネを取り囲んでいる魔獣化劣位魔族種レッサーデーモンの総数は30体を下らない。そしてそれらの魔獣化劣位魔族種レッサーデーモン達は、ルミネを見据えて奇声を発していた。

 その光景がルミネにとっては、より一層腹立たしくしていたと言える。



 ルミネを囲んでいる大小様々な大きさの魔獣化劣位魔族種レッサーデーモンの群れは、誰かに指揮されているかのように魔術を一斉にルミネに対して放っていった。

 火、水、土、氷、風といった、基本属性だけでなく上位属性の魔術も含めてルミネの全方位から放たれていく。



どどどどどどどぉん


魔獣化劣位レッサー如きが、上位属性を使うなんて……どういうカラクリですの?でも、その程度で、わたくしは倒せませんわよ」


 一斉に放たれた魔術はルミネに襲来したが、当たる直前にルミネの魔術防壁に拠って爆散した。

 しかし、辺りには土煙が充満して行った事から視界は限り無くゼロになったのである。



「さぁ、逝きなさいッ!」


バリバリバリバリッ


 ルミネは自身の周囲に展開していた遅延術式ディレイスペルを解凍し、全方位に向けて雷撃の鎖を放っていく。

 ルミネから放たれた「雷鎖剛縛ライトニングチェイン」は計12本。それらは土煙に紛れて波打ち、鞭のようにしなりながら、魔獣化劣位魔族種レッサーデーモンに雷撃を入れていった。

 拠って、例え視界がゼロでも不利に働くワケではなかったと言える。



 鎖に捕らわれ雷撃を受けるモノ。鎖に打ち付けられ粉々に散っていくモノ。鎖に穿つらぬかれ絶命するモノ。

 縦横無尽に奔る「雷鎖剛縛ライトニングチェイン」に拠り、阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図のような魔獣化劣位魔族種レッサーデーモン達の悲鳴が周囲に木霊していったのである。



「だいぶ減ってくれたようですわね」


閃光礫弾スフィア・バレット!」


シャシャシャッ


「ルミネ、無事?」


「えぇ、ナイスタイミングですわ。ところで、コイツらは魔獣化劣位魔族種レッサーデーモン……ですわよね?」


「えぇ、恐らくね。何で、こんなに湧いてるのかは分からないけど」


「アルレさまから見てもコイツらが魔獣化劣位レッサーなら、間違いは無いのでしょうけど……」


ざっざっざッ


「ククケ」

「ククク」

「ケクク」


 ルミネは窮地ではなかったが、旅館から出て来た少女は援護射撃で光の魔術を放っていた。そして、最初に囲んでいた魔獣は粗方一掃出来たワケだが、周囲には更なる援軍が近寄って来ていたのだった。



「ざっと50体くらいに増えましたわね……はぁ」


「どうしよっか?」


「でもここって、防壁の中ですわよね?」


 ルミネが放ったこの言葉は特にルミネに何かしらの意図があったワケでは無い。

 だが少女はその言葉から、当初覚えた違和感を思い出さずにはいられなかった。



「そうね、それよッ!」


ざしゅッ


「どれですの?」


ぼふんッ


「ここは、防壁の中なんだから、コイツらは外から湧いて侵入はいって来てるって考えるより、この防壁の中で湧いてるって考えた方が理に適ってると思わない?」


しゅばんッ


 少女とルミネは迫り来る魔獣化劣位魔族種レッサーデーモンを打ち倒しながら、その数が中々減らない魔獣化劣位魔族種レッサーデーモンに焦る事は無く、冷静に思考を巡らせて言の葉を紡いでいた。

 2人の実力があれば、この程度の魔獣に遅れを取るような事も考えられないし、数の暴力が暴力にならない事も当たり前なのだ。

 だが、その数は減るよりむしろ、時間を追うごとに増えていると言っても過言ではない。



「まぁ、そう考えるのが妥当ですわね。でも、倒しても倒してもキリがありませんわ。所詮は魔獣化劣位レッサーと言っても多勢に無勢では、何かしらの起点を探しに行くのは容易ではないですわよッ!」


ばばばばばッ


 ルミネは範囲魔術を展開し、魔獣化劣位魔族種レッサーデーモンを一網打尽にしようとしているが、倒しても倒しても湧いて出て来るばかりか数を増やし続けている為に、苛立いらだちを覚えつつあった。

 まぁ、ルミネ自体が魔族デモニアと言う事も起因しているのかもしれない。



「じゃあ、こっちも仲間を増やしましょッ!」


「はい?」


「デバイスオン、使い魔・ファミリアオブガルム、続けて使い魔・ファミリアオブヴァナルガンド、使い魔・ファミリアオブオルムガンド、使い魔・ファミリアオブトロール」


「えっ?魔犬種ガルム以外の魔獣を、そんなにたくさんいつの間に?!」


 少女は自分の使い魔ファミリア達をデバイスから呼び出し、少女達と魔獣化劣位魔族種レッサーデーモンの間に少女達を取り囲む総勢25体の援軍が現れたのだった。

 流石にルミネもこれには驚きを隠せなかったと言える。



「アナタ達、魔獣化劣位魔族種レッサーデーモン達を撃破して、時間を稼いで!ただし、周辺の建物に被害を出しては駄目よ!ガルム達はアタシの元へ」


グルルルォ

ウガァァァァッ

ワオォォォォォォッ


 少女の援軍は魔獣化劣位魔族種レッサーデーモン達へと各個喰らいついて行った。


 ヴァナルガンドはその牙と爪で刻んでいく。オルムガンドは長い身体を使って獲物に巻き付きくびり、そして鋭い牙で噛み砕いていく。トロールはその強大な膂力で叩き潰し、踏み潰し、捻り潰して粉砕して行く。



 少女が呼び出した使い魔ファミリア達は魔獣化劣位魔族種レッサーデーモンに劣るような存在では無い。寧ろ、魔獣化劣位魔族種レッサーデーモンが複数体で掛かっても、程の存在である。

 ただしガルムだけはその場合不利になるので、それを見越して少女はガルムを戦闘に参加させずにいた。


 しかしながらそれほどの魔獣を、使い魔ファミリアとして計20体。流石のルミネもこの光景には口をあんぐりとさせていた。



「さて、アナタ達は魔獣化劣位魔族種レッサーデーモンの発生起点を探して!」


がうがうッ

がるるッ


 こうしてガルム達は方々へと散っていった。ガルムの嗅覚を持ってすれば立ちどころに起点は見付けられるだろう。戦闘班と探索班に分かれた使い魔ファミリア達は、それぞれがそれぞれの役目を果たす為に必死に動いていく。


 斯くして少女が呼び出した「援軍」に拠って旅館の庭は、さながら怪獣大決戦の舞台と成り代わっていったのだった。



 旅館の女将おかみを始めとする従業員達が見ていなかった事が幸い……とでも言うべき事態であった事は言うまでもなく間違いが無いだろう。

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