第3話 独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼する者は必ず人を恐る、

「そうだねぇ、アリアの見極めは、ハロルドッ!アンタにやって貰うコトとするッ」


「「「「えっ?えッ?!えぇぇーッ!!?」」」」


「ななな、何で、ハロルドなワケ?マムちょっと、何でそうなったの?」


 マムの突然の発表に、少女が一番動揺していたようにも見えた。当事者のハロルド本人ではなく、アリア本人でもなく、何故か少女が……である。これだけを見ると、少女がアリアの見極めをしたかったようにも感じられるが、「ハロルドに見極めが出来るのか?」という一抹の不安の方が大きいだろう。

 一方でルミネは驚きはしたが、ハロルドであれば特に「可も無く不可も無く」だと感じていた。



「いやなに、あたしゃ純粋な戦闘スタイルから判別しただけさ。ルミネは魔術士スペルキャスタータイプだ。アリアと同系統の後衛職じゃ、実践での見極めがし辛いだろう?」

「それにアンタはオールラウンダーだから、どんな相手とも組めるが、アンタには別にやってもらいたい依頼クエストがある。だったら残りは……用も無くここに出しゃばって来たハロルドしかいないだろう?」


「でもちょっと待って!やってもらいたい依頼クエストって何?そこをすっ飛ばして、納得は出来ないわ」


 「マムがそれらしい事を言って、アタシを厄介な依頼クエストに駆り出そうとしてる」と少女の直感が告げていた。少女は自身に降り掛かる火の粉は払う主義だ。だからそこにハロルドとアリアの都合は一切無かった。

 従って、アリアは少女とマムの攻防に目を白黒とさせており、ハロルドはオロオロとするばかりだった。

 ルミネは特段会話に参加する事も無く、マムの後ろに広がる広大な青空を眺めていた。

 この中で言えば、ルミネとアリアの上にいるアンディのみが達観していたと言えるかもしれない。




「それにしても、マムも良い所あるわね~。「依頼クエストがある」とか何とか言ってたクセに実は温泉旅館のチケットだったなんてね」


「まぁ、あのマムの事ですわ。そんな単純なモノとは思えませんから、用心に越したことはありませんわよ」


 少女は公安を出る際に依頼クエストを渡された為に、今日は屋敷に戻らない旨を通話で爺に知らせ、寄り道して着替えを途中で2人分購入した。そしてそのままセブンティーンを走らせているのである。

 ミトラから引き取ったフィオは、後ろの席で欠伸あくびをしている。どうやら遊ばれ疲れたのかもしれない。



「ここみたいね?」


「なかなかおもむきがある佇まいですわね」


 セブンティーンが到着した場所は、少し古びた感じのたたずまいの温泉旅館だ。時刻は夕方になっているが、季節的なものの影響でまだ暗くなる気配は見えていない。付近に停まっている車は無いので、客はいないのかもしれない……と言うより、旅をする事が一般人向けでないこのご時世、温泉宿を生業なりわいにして生活が出来るのか不思議なコトではあるが、そんな事は余談でしかない。


 斯くして少女達一行はセブンティーンを降りると、旅館の中へと入って行った。



「いらっしゃいませ~。よくおいで下さいました。さっ、どうぞこちらへ。お部屋に案内致します〜」


「古びた建物の割には、中は綺麗ですわね」


 旅館の中は清掃が行き届いているのだろう。外観は古めかしい古民家の様相だが、中は小奇麗な一般家屋となんら変わらなかった。

 こうして2人とフィオは泊まる部屋へと案内されたのだった。




「さてと、ルミネ、何か感じる?」


「特に怪しい気配はありませんわね」


「じゃあ、問題無いわね。せっかくだから、楽しみましょうッ!」


ぴしゃッ


 少女は依頼クエストの調査よりも先ず、楽しむコトを優先させた様子だった。友達と旅をする機会なんて今までに一度もなかったコトから、はしゃいでいたとも言えるだろう。

 そんなはしゃいでいる気持ちのまま、勢い良く気持ちの良い音を立てて開いた障子の向こうには、深緑しんりょくで染まる山々が見えた。

 眼下には清流の流れがあり、心地良い水の音を響かせている。キラキラと太陽を反射させている川面かわもの中に時折光るモノが見えていた。もしかしたら川魚が泳いでいるのかもしれない。



「うん、良い景色ね~。ルミネも見てみなよッ!心が洗われるわよッ!」


「アルレさま、随分とはしゃいで……楽しそうですわね」


「そりゃモチロンよ!ルミネと人間界でこうして旅が出来るなんて思ってもみなかったもの」


 少女は楽しそうに言の葉を紡いで、屈託の無い笑顔を友に向けていた。そんな屈託の無い笑顔を向けられたルミネは、楽しそうな少女の横顔を見て、顔を綻ばせてただ微笑んでいた。



-・-・-・-・-・-・-



「先日通報があってね。正体不明の魔獣に襲われてるらしいのさッ。だから、それの討伐の依頼が来てる。被害はその旅館の畑で育てている野菜やら、倉庫が荒らされているそうだ。まだ、人的被害は出て無いそうだが、今後どうなるかは分からない。アンタなら楽に討伐出来るだろう?そしたらゆっくり温泉でも浸かっておいで」


「正体不明の魔獣?いやいや、野菜に被害が出てるなら、イノシシとか獣の可能性もあるわよね?何を根拠に魔獣って言ってるワケ?」


さっ


「受けるのか受けないのかどっちなんだい?」


 マムは少女を見据えて言の葉を紡いでいる。そして、その手にはその旅館のものと思われるチケットがあった。

 少女は疑問を投げながらもそのチケットに手を伸ばすが、その手は空を掴むばかりだ。



「で……ッ、その依頼クエストをアタシに?」


ぴらぴら


「くそっ、取れない!」


「アンタが依頼クエストを受けるならチケットは2枚あるから、ルミネと2人で行って来るといい」


さっ


「取れたッ!」


「じゃあ、アンタ達、任せたよ」


 そんなチケットを巡る攻防戦があった後に2人は、この地に足を踏み入れたのだった。


 とは言うものの少女達はマムの計らいで、普通に旅館の客として入って来たのだ。従って旅館としても依頼クエストを受けたハンターが来たとは思っておらず、少女達もそれらしい素振りは見せないように心掛けていたのである。



「確か……マムが言ってたのは、正体不明の魔獣でしたわよね?念の為、トラップでも仕掛けておきますの?」


「うん……そうねぇ……ぱくッ。ッ?!うわッ!これ美味しい!ルミネも食べてみてよ、本当に美味しいよ」


「ふぅ……。まったく仕方ない人ですわね。でも、言われてみればこうして旅をするのも良いものですわね。だけれども……」


 少女はルミネの提案に生返事を返しており、ルミネとしては多少呆れていた。しかし呆れながらも、自分と一緒にいて本当に楽しそうに笑う少女を見て、顔が綻ばずにいられなかったのもまた、事実だ。


 当の少女は温泉ではっちゃけて騒いだ後の豪華なディナーに舌鼓したつづみを打っており、相当にだらけていると言える。

 そして、楽しさのあまりに依頼クエストの事なんかどうでも良くなっていたのだが……、これは誰が見てもそう思うのは当然だろう。



「アルレさま、わたくしは少し席を外しますわね」


「ルミネ、もうお腹いっぱいなの?全然食べてないじゃん」


「ちょっと所用を先にやっておきますわ」


 ルミネはそう呟くと部屋を出て行ってしまった。少女はルミネの「所用」について心当たりが全く無かった事から気にも止めず、目の前に出されたディナーに賛辞を贈りまくっていたのである。




「ルミネ遅いなぁ……所用って言ってたけど、トイレにしては長いわね」


 暫く経ってもルミネは戻って来なかった。少女の食欲は満たされつつあるが、まだ目の前には手を付けられていない食事が残されている。

 だが、1人で食べていても今度は、急に寂しさを覚えたとも言えた。美味しい料理は1人で食べずに家族や、気の合う仲間や友と食べてこそ最高の調味料と言えるからかもしれない。まぁ、フィオもこの場にいるが、フィオはフィオで一心不乱に食べている事から、会話が成立しないので尚更のコトだ。


 拠って少女は、中々帰って来ないルミネを心配に思いつつ、部屋の外へと出てルミネを探しに行く事を決めたのだった。



-・-・-・-・-・-・-



「夜になってから、やはり雰囲気が変わりましたわね……。昼間には感じなかった気配……でも、しくじりましたわ……」


ざッざッ


 ルミネは玄関から外の草むらを歩きながら、少しだけ後悔していた。何故ならデバイスを部屋に置いてきてしまったからだ。


 それは「ハンターとしての素振りを見せないようにしよう」と少女が言っていた事の裏返しだった。その為、ルミネを始め少女もまた、装備は持って来ているものの身に着けておらず、旅館の浴衣ゆかた一枚を身に纏っているだけの姿なのである。

 更に付け加えるならばルミネは、その足に旅館に置いてあった備え付けの草履ぞうりを履き、外の散策と洒落込しゃれこんでいる……ワケでは無いのは言わなくても分かるだろう。


 ちなみにルミネはデバイスが無くても戦闘は出来るが、少女との連絡手段が無い事への後悔だと言い換えられる。



「確かに今までに感じた事の無い感じがしますわね……。これは一体?」


 ルミネが今現在いる場所は、外とは言えど旅館の敷地内であり魔術防壁の内側だ。

 それなのに、その内にある違和感をルミネは感じ取っているのだった。



「念の為、遅延術式ディレイスペルを周りに仕掛けておいた方が良さそうですわね」

「わたくしが遅れを取るとは思いませんけど、用心に越したことはありませんものね……」


 ルミネはそう呟くと、術式を自身の周りに展開させていく事にした。



-・-・-・-・-・-・-



「確かに昼間とは雰囲気が違うわね……。マズったかしら?」


 少女は念の為デバイスのみを装備してルミネを探していた。流石にハンターである以上、言葉の壁には気を付けたとも言える。

 まぁ浴衣にデバイスと言う、なんとも風変わりな格好であるがそれは仕方無いとしか言えないだろう。だが、それ以前に浴衣のサイズが子供用と言う事が腹立たしかったが、それも至って仕方の無い事と言えるので、余談にしておこう。



「何かいるみたいね?例の魔獣かしら?」


 少女はルミネが旅館の外で探索している事を、バイザーからの情報で知り得ていた。だからルミネを探しに部屋を出たものの、直ぐに合流する事をせず、念の為に旅館の中を一通り探索してから外のルミネと合流しようと考えたのだった。


 そして、探索を始めた矢先に旅館の廊下の一角に気配を感じたのである。



「クケケッ」


「ッ?!」


 そいつは少女を見ていた。少女がそいつを見ていたように、そいつもまた少女のコトを見ていたのだった。



「見られてる!?デバイスオン・ソードモード」


 少女は相手の視線を悟りいち早くデバイスに命じて、汎用魔力刃ソードを展開していった。

 何にせよここは屋内だ。愛剣は持って来ていないので、闘うのであれば魔術を使うか、デバイスを使うかの二択しかない。だが魔術であれば旅館に被害が出るのは明白であり、選択肢はデバイス一択しか選べないだろう。然しながら一方で刃の長さを調節出来る汎用魔力刃ソードはこういう時に使い勝手が良い。

 ちなみに、愛剣は「今」持って来ていないだけで、部屋でフィオとお留守番しているだけだ。

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