第2話 何をしないかを決めることだ ‐スティーブ・ジョブズ‐
「ばくんッ」鈍い音が響き、炎の鎧ごとワイバーンの左脚が姿を消した。放たれた水龍はワイバーンを喰い千切ると、方向を転換させて再びワイバーンへと向かい2度目の「ばくんッ」。
水龍はワイバーンの右翼を喰らい、そして、3度目、4度目、5度目と立て続けに「ばくんッばくんッばくんッ」。
音を奏でながら水龍はワイバーンを捕食していく。そして、一際大きく「ばくんッ」と言う音を立てた時に、ワイバーンは跡形も失くなっており、纏っていた炎の一片すら残さず消え去ったのだった。
「やりました」——アリアは少し、放心しているかのように呟いている。
「やりました」——アリアは放心しながらも、肩の上にいるアンディに視線を移していく。
「やりましたッ!アンディ、やりましたよ、わたしッ!」
「よく頑張ったね、アリア」
「危なげない仕上がりね。それにあの若さであれだけ上手に詠唱が
「それほどでもありませんわ。全てはアリアの努力の賜物ですわよ」
「ルミネは流石ね」
「ぷしゅー」と言う音が鳴り響き、トレーニングルームの扉が開いていく。
そして、試験を無事に終えたアリアは出て来たのだった。
「おかえり、アリア!凄かったわッ、びっくりしちゃった!」
「アルレおねぃちゃんッ!見てくれてたの?」
「えぇ、
少女はそう言の葉を紡ぎ、アリアの為に準備して持ってきたプレゼントを渡したのだった。
「うわぁッ!なんだろなんだろ?ありがとッ、アルレおねぃちゃん。大好きッ!」
少女はフィオをミトラに預けたまま、ルミネとアリアを連れてそのまま最上階のマムの元まで向かう事にしたのだが……。
「で、何で、アンタまで付いてくるのよ?」
「いやぁ、
ぽりぽり
「どうせ、わたしの師匠と少しでも一緒にいたいだけなのでしょ?」
「もう、アリアったら……本当の事でもそれを言ったらハロルドが可哀想よ?」
「師匠……それだと、身も蓋もない以前にフォローになってないです」
「ふふふ。情けないですわね、ハロルド」
その場にいた女性陣の槍玉に挙げられたハロルドは、今にも泣きそうな表情になりながらも、少女達の後を追う事を止めない様子だった。
コンコン
「入っておいで」
がちゃ
「あたしゃここで見させて貰ったよ。アリア、おめでとうさん。良くやったね。それにルミネもよくここまで育ててくれたね」
いつも通りのしゃがれた声高の声に誘われて皆が入って行くと、マムは感激している様子で今までの労をねぎらう言葉を掛けていった。
「で、アンタはどうしたのさ、ハロルド!」
「いやぁ、そのぉ……」
3人は肩を震わせながら
結局ハロルドは、はっきりしない言の葉しか紡げず、マムの顔には「?」が浮かんでいた。
「アリア・レヴィ!」
「は、はひッ」
3人の笑いが収まるのを待ってマムはアリアの名前を呼んだ。急に呼ばれたアリアは声が裏返っていたが、それを笑う者がいないのは当然であり、そんなアリアの顔は緊張で強ばっている様子だった。
アリアは自分の名前を呼んだマムの顔を見て、その瞳を見詰めていった。今日のマムの顔は優しい顔だった。慈愛を
マムのそんな表情に、アリアの緊張は
「こちらへ」
「はいッ」
「これで、アンタも仮とは言えハンターの仲間入りだ。今までよく頑張ったね。そして、大好きなお母さんの為に、これからも頑張るんだよッ!」
ぽんぽん
「アンディ、アリアを頼むよ」
「とっくに任されてるから、安心してよ」
多少の緊張は解れたアリアだったが、それとは裏腹に緊張などしていない水の
その様子を見ていた少女は、「良いコンビになりそうね」と率直な感想を心の中に留めていたのだった。
「さてと、アリア、これからアンタはハンターとして活動するに当たり、先ず色々と教わらないといけない事がある。デバイスの使い方、ハンターとしての
「はいッ!頑張ります!」
マムは優しい目をしたまま、アリアに言の葉を紡ぎ、アリアは真剣な目に強い決意を抱いたまま返事をしていった。
「さて、アリアの見極めは誰にやって貰おうかね?」
マムはその一言を皆に聞こえるように呟くと、ニヤリと口角を上げていったのである。
「ああぁ~ぁ」
「あぁ、いいッ……ですわ~」
そこでは2人の艶めかしい声が漏れていた。2人はお互い一糸纏わぬ開放的な姿でいるが、周りには他に人影はない。
「蒼銀の美姫」とまで言われたルミネが街中で一糸纏わぬ姿でいたら、立ちどころに人だかりが出来るのは当然のコトだが、ここにはそんな出歯亀はいない。
ちなみに少女はそんなルミネと、体型的にも比較対象にならないのは当然のコトだが、余談でしかないのは言うまでもないだろう。
むしろ余談にしておかないと身の危険すらあるかもしれない。
要するに2人は全裸でいても可怪しくもなんともない場所……即ち温泉に来ていたのだ。
拠って艶めかしい声は温泉に
「それにしても、マムも良い所あるわね。アタシ達に「ゆっくり温泉にでも浸かって来い」なんて言ってくれるなんて」
「アリアを無事に育て上げた事へのご褒美って言ってましたわね」
少女もルミネも露天に浸かりながら、浴槽に寝転がるように空を見上げ、その視界に広がる満天の星を見上げたまま、言の葉をお互いに紡いでいく。
「ママッ、見てみて!」
「どうしたの、フィオ?」
フィオは温泉に浸かった事で、ふわふわの毛並みが身体に貼り付いており、それを「ぶるるるるるッ」と身体を振ってお湯を撒き散らして遊んでいた。
「もぅッ、ちょっと止めてよ、フィオ」
「くすくすッ。アルレさまもすっかり「お母さん」が板に付いたのですわね」
ざばぁッ
「
少女はクスクスしているルミネに奇襲を仕掛け、フィオにもお湯を掛けて仕返ししていった。多少マナーが悪い気がするが、他に誰もいないコトから、それを気にせずに楽しんでいたと言えるだろう。
「やぁりぃまぁしぃたぁわぁねぇ」
ルミネはその顔の口元にのみ
ルミネの艷やかな銀髪からは、掛けられたお湯が滴っており、その身体は小刻みに震えて
「あ、あれ?ルミネさん……そ、そんな手を上げて……な、何を、一体何をナサルオツモリデ?」
少女はルミネの「目が笑っていない微笑」に恐怖を感じ取り、「ふふふふふふ」と返って来たルミネの声に絶望を抱いていた。
「ぎゃーーーーーーッ」
満天の星空が浮かぶ、情緒溢れる温泉地の閑静な風情に似合わない絶叫が木霊し、夜空に吸い込まれていった。
空に浮かんでいる黄色に輝く三日月は、口角を上げたマムのように微笑っていたのかもしれない。
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