不思議なカレラ 〜 Apocalyptic Human World 〜

酸化酸素 @skryth

第1話 最も重要な決定とは、何をするかではなく、

 ——あれから2年の歳月が流れた。そう、「神界」で「神々の黄昏ラグナロク」が起きてからだ。


 人間界はこの二年間、比較的平穏だった。特に大きな事件は起きておらず、際立った戦争や古龍種エンシェントドラゴン等の襲来も起きてはいなかった。


 逆に魔獣の襲来等は各地で頻発しており、ハンターは駆り出される事が多かったとも言える。「3.15の厄災」で負った「ハンターの激減」が、未だに尾を引いているのが現状と言えた——




「ママ、今日は何処かに行く?」


 フィオはこの2年間で成長していた。身体は二周りくらい大きくなり、少女の肩の上に止まるには重たくなっていた。

 その為、少女は屋敷のあちこちにフィオの為の止まり木を用意し、フィオはその止まり木の上で屋敷の中にいる者達の様子を見ている事が多くなっていた。



「えぇ、アタシは出掛けるけど、フィオも一緒に行く?」


「うん!フィオも一緒に行くッ!」


「じゃあ、一緒にお出掛けしましょ」


 フィオは嬉しそうに少女の周りを飛び回っていく。その光景を見た少女は、少しばかり顔が綻んでいた。



「それじゃ、行ってくるわね」


「行ってきまーす」


「行ってらっしゃいませ、お嬢様」 / 「マスター、行ってらっしゃいませ」 / 「主様、道中お気を付けて」


 少女はセブンティーンのステアリングを握り、アクセルを徐々に踏み込んでいく。セブンティーンの低いエグゾーストは少女の足の動きに合わせて軽快にその音圧を上げ、重低音を奏でながら屋敷を後にして行くのであった。




「ねぇ、ママ?今日は何処に行くの?」


「これから公安に行くのよ」


「じゃあ、ミトラに遊んで貰おっと」


「フィオは本当にミトラの事が好きね」


 2人の会話は実に楽しそうに弾んでいた。少女はフィオにとっての良い母親であろうと頑張っていたし、フィオは少女の言う事をよく聞き、いい子であろうと頑張っていた。


 2人の間には当然の事ながら血の繋がりはないが、2人は本当の親子のような関係をこの2年の間で築き上げていたのだった。



 少女の運転するセブンティーンが公安の敷地内に入って行く。一際低いエグゾーストが一回「ブルンッ」と鳴った後で、セブンティーンのドアがゆっくりと開き、少女とフィオは公安の建物へと歩を進めていった。



「行ッテラッシャイマセ、マイ・マスター」


 搭乗者のいなくなったセブンティーンは少女に抑揚の無い声を送った後で、公安敷地内の駐車場に向けて自走し、そこでエグゾーストの演奏を終了させた。




「久し振り、ミトラ!」


「今日はどうしたのにゃ?」


「遊びに来たよッ。ミトラ遊ぼッ!」


「フィオも一緒なのにゃ?」


わしゃわしゃわしゃ


「今日、アリアの試験だと思ったんだけど、もう終わっちゃった?」


「まだ上がって来てにゃいんじゃにゃいかな?」


わしゃわしゃわしゃ


「じゃあ、アタシは様子を見てくるねッ。フィオはどうする?一緒に行く?それとも、ミトラと遊んでる?」


 少女はフィオに声を掛けたが、フィオはミトラの手付きに蕩けるような表情を作っており、「ここにいるぅ」と言っていた。

 これは遊びに来たというよりも、遊ばれに来たと言うのが正解かもしれないだろう。



「じゃあ、ミトラ、フィオの事を宜しくねッ」


「任せといてにゃ~」


 少女はフィオの返事を聞くと一目散にエレベーターに向かって駆けて行った。

 だからミトラの返事は、少女の背中だけが聞いていた事だろう。




 アリアは2年前、少女とルミネが見付け公安が保護した、水の精霊族フェアリアと契約を交わした少女である。

 今日でやっと15歳の誕生日を迎え、晴れてハンター試験を受けられる年齢に達したのだった。


 そして、ハンター試験にアリアが合格出来れば、神奈川国にとって記念すべき日になるとも言える。




「やぁ、ルミネ。アリアはどんな感じ?」


 少女はエレベーターでB2Fまで降り、モニタールームへと入って行く。

 そこにはルミネとウィル、そしてハロルドの姿があった。



「お久しぶりです、師匠!」


「アンタはいつも元気そうね、ハロルド」


「それだけが小生じぶんの取り柄ですから」


 ハロルドは2年前の「神々の黄昏ラグナロク」後に、神界から帰って来た少女がマムを説得し、ハンター試験を受けたのだった。


 当初、ハロルドの事を見たマムは、ルミネの時と同様にハロルドが魔族デモニアである事を見抜き、怪訝けげんな表情をしていた。

 だが、少女がルミネのお付きの者と言う事を説明し、「型」の使い手であると言う事をも話し、マムはようやく理解を示してくれて、晴れて試験を受ける許可が下りたのである。


 その後、少女がこれまた当然のように「見極め」を行い、晴れて公安所属のハンターとして、ライセンスが正式に交付された経緯がある。



「アルレさま、アリアは順調ですわよ。精霊族フェアリアとの親和性も高く、攻守、そして、治癒にもその力を使えていますわ」


「さっすが、ルミネね!ちゃんとこの2年間で、鍛えてくれたのね?」


 少女はルミネに対して思った通りの事を紡ぎ、ルミネは「えっへん」といった仕草を取っており、その表情は得意気だった。



「ですが、わたくしがアリアに教えたのは本当に些細なモノですわ。それよりも凄いのはアリアの「想い」ですわね。そして、その「想い」に応えようとする精霊族フェアリアの「願い」が重なったから、良い方向に伸ばす事が出来たと言うべきなのですわ」


「想いと願いか……。確かにそれらが合わされば強いかもね。ところで、このプログラムで試験をやってるんだ?」


 少女がモニターを見ると、そこには炎の鎧をまとっているワイバーンが映し出されていた。

 それは本来であればハンター試験に使われる事がないプログラムであり、実際にハンター試験で使われたのは、片手で数えるくらいしかない。




「はぁ……はぁ……はぁ……。前もって話しは聞いていましたけど、強過ぎますね、このワイバーンは。相性は良い筈なのに、攻撃が効いてる気がまるでしません」


「アリア、どうする?アイツ結構強いよ?アリアの師匠も無理はするなって言ってたし、試験のノルマは終わってるから、諦めても問題は無いんじゃない?」


「イヤです。諦めたくありません。あのワイバーンを、アルレおねぃちゃんも、師匠も、あのハロルドでさえも倒したって聞きました。それなら、わたしも……わたしも、倒さないとダメです」


「まったく……アリアは言い出すと聞かないんだから」


「少し、時間を稼いで……お願い、アンディ」


「ちぇ、仕方無いな。分かったよ、アリア」


 水の精霊・アンディは、ため息まじりでアリアの周囲にあおい魔術壁を幾重にも展開していった。一方のアリアの表情には疲れが滲み出ており、肩を上下に揺らしていたが、その姿を見たアンディでも、アリアの瞳に宿る強い意思に反論する気が失せていたと言える。

 こうしてアンディが時間稼ぎの為に張った、その魔術壁はワイバーンから放たれるブレスや爪撃を弾く盾となってくれていた。



「わたしの願いよ、届けよ届け。くるくる回れ、正しき水よ。くるっと回れ、清き水よ。回り回って、巡り巡って、わたしの中に集まれ水よ」


 防御の全てをアンディに任せ、自身は精霊の力を使わずマナを編んでいく。

 そんなアリアの詠唱に応えるようにアリアの身体には、マナが集まり練られ、編まれたマナはアリアの掌へと集まり、収束し磨き上げられたマナはアリアの望む形へと変化していったのである。



「わたしの願いは悪を「絶つ」事。わたしの想いは悪を「断つ」事。わたしの「たつ」よ「たつ」となって敵を飲み干せ」


水龍アクアリンクル調べトリビュートッ!」


 アリアの望む形……それは「たつ」であり、アリアの掌のマナはその姿を形造っていった。

 こうして、放たれた水龍は炎の鎧を纏ったワイバーンを飲み込まんと、大きな口を開き襲い掛かっていったのである。

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