第9話 ミラーシールド(3)
「こんばんは、ノエル」
ほぼカラになりかけていた器の中身が、クズ肉スープだと気付いてメイは露骨に嫌そうな顔をする。他のテーブルを
テーブルの横に立ったかつての仲間を見上げて、ノエルは微かにうなずいた。目礼(弱)くらいの首の傾げ方だ。
「回りくどいのは好きじゃないから、用件を話すわね。その背中に背負ってるミラーシールドを私たちに譲りなさい」
そっと席に近づこうとしていたオーガストは、メイのこの上なく
「これは、使う予定がある」
怒りもせずに、平坦にノエルは返事をする。
「今まで盾なんか使ったこと無かったじゃない。アンタ強いんでしょ? そんなのに頼らないで正々堂々とボスに挑みなさいよ」
腰に手を当てたメイから繰り出される、謎の上から目線の指示に、ついにオーガストが止めに入った。
「メイやめてよ、もうノエルは俺たちのパーティーメンバーじゃないんだ」
仲間からの抑止に、メイの瞳がカッと燃える。
「オースまで何よ! じゃあ、今すぐソフィアの指輪を返してよっ!」
妹の手をつかんで、その場で高く掲げる。白く細い指に、今は何の装飾品も無い。
「ノエルが宿代のカタに売り払ってしまった……あの、母さんの形見の指輪を」
うつむいて肩を震わせるメイに、ソフィアも目を潤ませて手を重ねる。
「姉さま。ごめんなさい……私がもっとしっかりしていれば」
姉妹の話は、少し事実と違う。
あの日、ダンジョンから帰還したノエル一行は、いつも通りドロップ品を売った。
そのお金で次の迷宮探索のためのアイテムを買いそろえ、ちょうど王都から来ていた旅の武器商人に捕まって、有り金をはたいてムラサメとかいう見た目のパッとしない細身の剣を購入した。
その後、宿の前まで到着したものの、財布を開いたノエルが一言。
「……金が無い」
はああぁ? と全力で非難の声を上げたメイに、眉も動かさず受付へ向かおうとする。
「問題無い。馬小屋に泊めてもらおう」
そのマントを憤怒の形相でつかんだのがソフィアで、ここで待っていてほしいと言い残し、どこからか宿代を工面してきたのだ。
「私たちは宿に泊まります。ノエルは馬小屋でどうぞごゆっくり」
ソフィアは普段の温和な気配を消し去って、冷たく当時のリーダーに言い放ち、自分たちだけ宿のベッドで休んだ。
その時の金が、母の形見の指輪を売り払って作ったものだったらしいのだ。
しかしメイとソフィアの涙の訴えに、酒場の空気は一瞬で姉妹に同情的なものに変わった。
ンンッ、と咳払いしながら、横を通り過ぎる冒険者に肩を小突かれても、やはりノエルは弁解もせずムッツリと押し黙っている。
「母さんの形見……返してよぉ」
顔を覆ったまま、もう一度メイが悲痛な声をあげると、さすがのローグも席を立って背中にくくりつけていたミラーシールドを降ろし、オーガストに向けて差し出した。
「……これで、指輪の件は終わりにしよう。メイもソフィアもそれでいい?」
姉妹のためを思えば、現在のリーダーとして落とし前は付けてもらわなくてはいけない。
しかし、パーティー解散時に無理やりのような形で手切れ金も受け取り、現在ソロの身になったノエルからボス討伐のキーアイテムを奪うことには、良心が痛む。
それでも姉妹が、肩を抱き合いながらグスグスとうなずく姿を見て、オーガストは盾を受け取った。
「3人もいるなら、必要無いと思うが」
軽く首を傾げながらつぶやいたノエルに、まわりから往生際が悪いぞとヤジが飛んだ。
今日も風呂のついた高級部屋を取ったオーガストたちは、酒場での飲食代と合わせてこれで所持金がほぼゼロになった。
風呂順最後のオーガストが、部屋に戻ると壁にたてかけたミラーシールドに濡れ髪の自分が映りこむ。
ベッドの上で荷物を広げていた姉妹に近づくと、二人は何故か指にそれぞれ赤と緑の石のついた指輪をはめて、きゃらきゃらと笑っていた。
「その指輪……どうしたの?」
驚いたオーガストが尋ねると、メイがいたずらっぽく目を輝かせる。
「これ? 母さんの形見の指輪よ」
どういうこと? とソフィアを見ると、小さな革袋を開いて見せる。中にはまだいくつも指輪や、ペンダントなどの宝飾品が入っていた。
「亡くなった母はこういう派手なアクセサリーが大好きで、趣味で買い集めていたんです。ほとんどニセモノらしいので、あの時も一番安い部屋でも、3つも売らないと泊まれなかったんですよ」
何かの役に立つかもと思って、村から持ってきておいて良かったですとソフィアは聖女のように笑う。
確かに母の形見には違い無いが、オーガストが思っていたのとはかなり違う。胸の奥がもう一度チクチクと痛むような気がしたのに、蓋をした。
既に所持金は底をついてしまい、このままでは金欠冒険者に逆戻りなのだ。
「明日、途中の雑魚は振り切って、一気に地下10階を目指そう。さっきノエルが『3人もいるなら、必要無いと思うが』ってつぶやいたのが聞こえてた? オレたちには既にその実力があるんだよ」
少年リーダーの見込みの甘さを、間の悪い元リーダーのつぶやきが見事にアシストしてしまった。
結果、魔法使いと回復術師は、何の覚悟も無しに、死地へ向かうことになる。
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