第8話 ミラーシールド(2)

 酒場の4人がけテーブルには乗り切れないほどの料理が並び、オーガストたちは、はちきれそうなお腹をかかえて椅子にふんぞりかえっていた。

 はりきって注文していたメイですら、こってり揚げ肉のホワイトソースがけが来た時には、顔をしかめてオーガストの方へ皿を押す。

「オレももう無理……頼みすぎだよ」

「男の子でしょ、食べなさいよ。そして明日はもっと活躍しなさいよね」

 メイから無遠慮にかけられるプレッシャーは昔から苦手だ。オーガストは癒しを求めて回復術師のほうを向いた。

「ソフィアは? 何か食べられない?」

 あまり食が進んでいなかった様子のソフィアは、柑橘のソルベをうっとりと口に運び「ええ、もういっぱいです」とほほ笑んだ。


「よぅ、ボウズたち。ノエルの下から抜けたと聞いたが豪勢じゃないか。3人で潜ってみたのかい?」

 ギルドで顔見知りの冒険者が、テーブルにやってきてオーガストの背中をたたく。

「うん、とりあえず今日は様子見だったけど、なかなかうまく戦えたと思う」

「ほう、何階まで降りられた?」

 値踏みするような視線に、オーガストはパーティーメンバーの顔を見た。ソフィアは戸惑ったような目をしているが、メイはウインクしてくる。

「余力を残して戻ったから……地下5階」


 見栄を張ったのは、ギルドでは初心者パーティーからの脱却がおおむね5階層だと言われているからだ。

 実際のところは、地下3階からの帰還でも、マジックポーションは尽きて、予備の傷薬まで使い、最後の戦闘は逃げの一手で出口の扉に駆け込んだ。

「そりゃすごいじゃないか! おまえらだけで、5階まで行けたなら冒険者として才能があるよ」

 手放しに褒められて、バツの悪さ半分、誇らしさ半分でオーガストは鼻の頭をかく。


「その調子なら、あのノエルも追い越しちまうかもな」

 酒場の入り口を指さした冒険者につられて、そちらを見ると、黒ずくめの男が入店したところだった。

 来た時間が遅かったせいで、店内はかなり混雑しており、ノエルは入り口に近い二人掛けに案内された。

 近くの席じゃなくて良かったとオーガストはホッとする。町に酒場は1つしかないから仕方がないが、パーティーから追放した相手に会うのは、結構気まずい。


「おっ、ノエルのやつ。いいモン背負ってんなぁ、ソロで10階層突破するつもりか?」

 伸びあがって入り口の方を見ていた冒険者の言葉が気になって、何を背負っているのか見てみたいが、絶対にノエルと目を合わせたくない。仕方なくオーガストは、テーブルで冷えていく料理たちをじっと見つめた。


「な、おまえら10階の火のヴァンパイアが、どんなヤツか知ってるか?」

「まだ詳しくは知らない」

 全く知らないのに、そう言えないのは若さ故。冒険者は俺にもこんな頃があったけな、となつかしそうに笑って、貴重なヒントを与える。

「ヴァンパイアはギルドの分類では悪魔だ。だから、10階層までは悪魔系のモンスターしか出ない。悪魔特攻の武器や、逆に悪魔系からの攻撃を軽減する防具は積極的に取り入れるのも手だぞ」

 言ってから、駆け出し少年パーティーらしからぬ、全身超レア装備に目をやって、それよりいいモンはなかなか無いかもしれないけどよ、と言い添える。


「火のヴァンパイアは、薔薇の花を炎に変えて攻撃してくる。ものすごい美男子の魔物だ」

「いいじゃない!」

 すぐに目を輝かせたメイに対して、ソフィアが嫌そうに眉をしかめたので、勇者は胸をなでおろす。

「お嬢ちゃんなんか、きっと眼中に無いぜ。なんせ、ヴァンパイアは超絶ナルシストだからな」

 だから、勝負の決め手は何は無くともアレよ、と冒険者が指さした先。ノエルの背中をそっとオーガストも伺い見る。

「ミラーシールドか……」

 酒場の喧噪を映し出す、ピカピカの鏡の盾を見つめる。

「あれをヴァンパイアの顔の前に突き付ける、するとヤツは自分の姿にポーっとなって隙ができる。その間にラッシュだよ、ラッシュ」

 シャドーで剣撃を繰り出す冒険者を見て、なるほどとオーガストもうなずく。


「ただ、あれがなー、ものすごいドロップが渋いんだよ。ミラーシールドが出るのが先か、ごり押しでヴァンパイアに勝つのが先かってくらいは、出にくいから覚悟しろ」

 それを聞いたメイは、何を思ったかソフィアの手を引いてつかつかと出口の方へ歩き出す。

 まさか、今からダンジョンに? 今日はもう休もうよと悲愴な声を上げそうになったオーガストは、その行先が、銀髪の男の元だと知って一気に冷や汗をかいた。

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