第三十話 救出
なつのが走り出し、篠宮は慌てて後を追った。
区画整理せずに建てたのか、思いのほか町並みは入り組んでいる。裏路地のようなものが幾つもあり、あっという間に向坂を見失ってしまった。
けれど人はそれなりにいる。誰かしら見てるだろうと篠宮は地べたに座ってぼうっとしてる男に声を掛けた。
「新顔の女を見なかったか。若い、髪がこれくらいの」
「……その服、ルーヴェンハイトだな」
「知ってるのか。そうだ。ルーヴェンハイトの服を着てる女だ」
男は大きなため息を吐いて目を伏せた。
「諦めな。今頃奇形にされてる」
「……何だと?」
「馬鹿だなお前ら。よりによってルーヴェンハイトの服なんて、実験台にしてくれって言ってるようなもんだ」
「どこだ! どこに行った!」
「実験棟だろ。そっち」
男はくいっと顔を遠くへ向けた。その先にあるのは大きなビルだ。
「あそこでトップ連中は実験する」
「トップってエンジニアか」
「ああ。何やってるかしらんがな。捕まったら地下に入れられる。無事ならそこにいるはずだ」
「そんなこと教えて罰せられないのか」
「男は貴重な労働力。男殺さねえの、ここのトップは。女は分からんけど」
ルイは実験台が奴隷にすると言っていた。良くて奴隷、悪ければ死だ。
篠宮はぎりぎりと拳を震わせた。
「精々気ぃ付けろよ」
「……ああ。有難う」
男はまたため息を吐き項垂れた。
親切にも教えてくれたということは、心の中ではここの制度に反対なのかもしれない。
ならばルーヴェンハイトへ連れて行ってやりたいが、こうまで気候が変わるのなら相当距離があるだろう。それに行けるのならとっくに行っているはずだ。
だが今は楪がいる。集めておけば連れて行ってくれると言っていた。
(けど住民は一人二人じゃない。住居は雑魚寝で凌ぐとしても、食料は……)
今篠宮達はそこまで困窮はしていない。けれど地球の生活に比較すれば十分とは言えなかった。
視界には少なからず人がいる。これだけの人数が一度に増えたら現国民にも打撃が大きいことは明白だ。
悔しいが、楪の言う通り安易に連れて帰ることはできない。
(いや、今は向坂だ。後のことはルーヴェンハイトに戻ってから考えよう)
篠宮はくたびれた人の中を走り実験棟へと向かった。
*
(実験棟ってここか)
取り立てて特別な建物ではなかった。ただ周辺からは隔離されているようで、いかにも『何かある』雰囲気だ。
それはそうだろう。何しろこの世界ではセキュリティなど担保しようもない。
警備を立てるにしても、ああもやつれた人間ばかりではそれもできないだろう。何かやるとすれば物理的な罠や防御だけだ。
篠宮は周囲を警戒しつつ、そろそろと中へ入った。
(パソコンこんなあるのか。相当長いこと地球人が来てるんだろうな)
ちらりと部屋を覗くと、至るところにパソコンがあった。篠宮のように持ち込んだ者がいるのだろう。
それにしても台数が多い。パソコンは確実にノートパソコンしか持ち込めない。それも普通に考えれば一台、持ってても二台がいいところだろう。デスクトップなんて抱えて歩く人間はいない。
それよりも篠宮が気になったのはその陳列だ。棚にはOSが書かれていて種類ごと、機種ごとに整列されている。セットアップ前後でも分別されている様子はまるで会社の備品庫のようだ。
(元々管理職だった奴がいるのかもな。統率の取れた組織だとすると俺一人で開いてするには厄介だ)
まさか軍隊のようにはなっていないだろうが、それでも住民が従わざるを得ない程度には威力を発揮する組織なのだろう。
運が良ければ向坂の思うようにトップを説得できればと思ったけれど、それは難しい気がしてきた。
篠宮は『あわよくば』は捨てて向坂救出だけに目的を絞った。
こそこそしながら移動していたが、妙にばたばたと走っている足音が多いことに気付く。
「爆弾使う国んてあるのか、この世界」
「分からんけど森を一発で更地なんてねえだろ」
(そうか。あれの調査に出るのか)
教えてもらった通り地下へ潜ると、ここでも人がばたばたと駆けまわっている。
「空飛んでる子供がいるってよ」
「魔法か。じゃあヴァーレンハイトかな」
「だろうな。ちくしょう、面倒だ」
「けどあそこ森だし。開拓止まってたから逆に助かったよ」
(楪見つかったのか。まあ別にいいだろうけど)
心配するだけ無駄だろう。だが楪に気を取られてくれているおかげで篠宮は楽に捜索ができる。
(……まさか、囮になってくれてるのか?)
そんな優しさがあるのかは分からない。
けれどこうして捜索する余裕は与えてくれた。心底どうでも良いのなら向坂のことなど無視して一気に潰せば良かったのだ。
(一時間したら強制送還だと言ってた。つまり俺達を助けるつもりでいるってことだ)
言動に反して優しい少年なのだろう。
だがそれなら最悪捕まっても一時間こらえれば良い。
篠宮は一つ一つ部屋を確認していくと、ようやく向坂の姿を捕らえた。
(いた!)
部屋には数名の男がいたが、室内はパーテーションでいくつかに区切られている。
幸いにも向坂とは別の場所にいた。しかもこちらに背を向けパソコンへ向かっている。
チャンスだ、と篠宮は足音を立てないよう部屋へ入り向坂の元へ近付いた。
「向坂」
「っし」
「静かに」
小声で話すよう口に指を立てる。
向坂もうんうんと頷いたが、問題は縄だ。がっちりと締め上げられていた。向坂も申し訳ないというようにしょんぼりとしている。
けれどこれには対策があった。向坂を追いかける前に楪がくれた物があるのだ。
「これ持って行きなよ」
「小刀?」
「魔法の無い地域は物理でしょ。護身用」
まるで最初から分かっていて用意したのか、ご丁寧に鞘に入っている。それにポケットにしまっておける大きさだ。
篠宮は貰った小刀で縄を切った。
「立てるか」
「あ、は、はい……」
向坂の手は震えていた。人生で縛られ捕まった経験など無いだろう。大丈夫なわけがない。
篠宮はぎゅっと向坂を抱きしめた。
「もう大丈夫だ」
「……はい」
向坂はほっと息を吐いた。しっかりと篠宮の服を握りしめている。
二人はそのまま支え合い、そっと部屋を出た。
「妙な実験されてないか」
「はい。最初は奇形にするつもりだったみたいです。でも何でか急にストップされて」
「楪のおかげかもな。どうやら更地調査にてんてこ舞いだ」
「……死んだ人いるんでしょうか……」
「多分いない。元々森で開拓止まってたんだと」
「そう、なんですか?」
「ああ。きっと分かっててやったんだ」
「……そっか」
向坂はほっと息を吐いた。
確実に死傷者ゼロとは言い切れないが、難民救助を率先してやる楪なら無駄に殺したりはしないだろう。
気が抜けたからか、向坂がよろりとふらつき足元の箱にぶつかった。
がたがたと物音が立ち、走っていた男の一人が振り返ってくる。
「しまった。見つかったな」
「ご、ごめんなさい。どうしよう」
「後ろに隠れてろ」
篠宮は向坂を背に隠して男に向き合った。
その時ふと違和感を覚えた。
(……あれ? こいつどっかで見たような)
男の顔には見覚えがあった。
誰だかは思い出せないが、どことなく覚えがある。
「篠宮! 篠宮じゃないか!」
「え?」
「そうだろう。向坂が『篠宮』って言ってたからまさかと思ったが」
「あ、さ、さっきの人だ」
「知り合いか?」
「違います。捕まった時にいたんです」
男はやけに馴れ馴れしく肩を叩いて来た。
明らかに知り合いのノリだが、どうにも思い出せない。
「ぜんぜん歳くってないな。来たの最近か」
「え、あ、ああ」
(そうか。こっちで年月経ってんのかこの人)
それならば、元々知り合いだったのだろう。向坂のことも知っているのなら同僚だったに違いない。
誰だ誰だと同僚の数十年後まで想像してみるが、そうすぐには思い当たらない。
「来いよ。あの人に会いに来たんだろ?」
「あの人?」
「こっちだ。付いて来い」
男はうきうきと嬉しそうに足を進めた。
今ここで逃げては不審なだけだし、楪のいる場所にはきっと大勢が集まっている。
ならば一先ずは付いて行くしかない。
「……とりあえず行こう。離れるなよ」
「は、はい」
そのまま一つ上の階にあがると、男はおおい、と嬉しそうに声を上げた。
部屋の中には男が一人座っている。
「おーい。新メンバーだぞ!」
「んあ?」
「懐かしの顔だ。ほら」
座っていた男はゆっくりと振り返って来た。
「あんたは」
「へえ。お前も来たのか、篠宮」
「高木さん……!」
朝倉よりも数日前に退職した元上司で、エンジニアを束ねていた高木祐介だった。
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