第二十九話 地球人集落シウテクトリ

 楪への苛立ちから感情的に飛び出したなつのは街に駆け込んだ。

 シウテクトリの風景は地球によく似ていた。雑居ビルが立ち並び、大通りには店もある。服装も洋服で、中にはスーツの者までいる。


(地球の物を再現したんだ。最初に来たのいつなんだろう)


 服はともかく、ビルを建てるのは昨日今日では無理だ。

 きょろきょろと周囲を見ながら歩くと、歩いている人々にじろじろと見られていることに気が付いた。

 ひそひそと小声で陰口を叩くような素振りをする者までいるが、その声がちらりと聞こえてくる。


「あの服ってどこの?」

「さあ。けど上等だわ。ずるい」


 女性がなつのと自分の服と見比べていた。彼女たちは着倒しているのか、とても綺麗とは言えない服だ。

 それに引き換えなつのの服は城から提供された生地もデザインも整っている。


(しまった。服が目立つんだ。まずい)


 見る限り、ここはルーヴェンハイトのように恵まれた土地ではない。ビルがあるといってもガタガタだし、地面はかさかさで水気もない。人々は痩せ細りげっそりした者ばかりだ。

 奇形動物を作ってまでルーヴェンハイトに攻め込んだのは豊かな生活を手に入れたいがためなのかもしれない。

 けれど逆を言えば、生活補助をしてやれれば双方争う理由など無いということだ。


(連れて帰るのは無理でも、水とか食料なら持ってこれる。楪様ならできるよね)


 それを頼みに一旦戻ろうとした。だがその時、後ろから体当たりをされなつのは砂利道に転げた。


「きゃっ!」


 慌てて見上げると、そこには三人の男が立っていた。スーツ姿でまるで出勤途中のようだ。


「さっきの爆発はお前か」

「ち、違うわよ!」

「嘘吐け! 何だその服!」

「きゃあああ!」


 なつのは背を足で押さえつけられ、男たちは慣れた手つきでなつのを縛り上げた。


「は!? 何!?」

「行くぞ」

「ちょっと! なにこれ!」


 男たちは何も答えず、なつのを荷物のように担ぎ上げる。


「放して! 放してよ!」

「駄目だ。新しい人間は上に見せる規則なんだ」

「誰よ上って!」

「うるさい。少し黙ってろ」


 周囲に目をやるが心配そうな顔すらしてくれず、それどころか顔を背けて買い物に戻っていく。

 誰も助けてくれない。


(そんな……)


 結局誰も声を掛けてすらくれず、なつのはひと際大きなビルに連れ込まれた。

 捨てるようにソファへ放り投げられたが、ソファはルーヴェンハイトのようにふかふかではない。乱暴に落とされると身体が痛い。


(……なにここ)


 部屋を見回すと、あちこち布で穴を塞いでいるようだった。

 机は今にも折れそうな木材で組み立てられていて、薄い布が敷かれているがまさか布団だろうか。これではとても生活らしい生活はできないだろう。

 ルーヴェンハイトの優雅な城生活がどれだけ有難いものだったのか、なつのはようやく理解した。

 ぐっと唇を噛むと、するりとポケットからスマートフォンが落ちた。


「あ!」


 がしゃがしゃという音に男たちが振り返ってくる。

 おお、と歓喜の声をあげなつののスマートフォンを拾い上げた。


「すげえ数持ってんな。三台か」

「若い奴が来ると助かるな」

「ちょと! 返してよ!」

「男は力仕事できるけど女はなあ」

「お前仕事は何してた?」

「何でそんなこと教えなきゃいけないのよ。返して!」

「ふーん……」


 スーツ姿の男たちは手作りでみっともない本棚から、地球でよく見る大手文具会社のバインダーを取り出した。

 スマートフォンのように地球の物を持って来た者がいるのだろう。

 バインダーに収納された紙をぱらぱらと捲り、なつのの服と照らし合わせている。


「その服、ルーヴェンハイトか」

「だ、だったら何よ」

「あそこには鰐送ったんだけどな。失敗か、やっぱ」

「おい。皇子は死んだか? 皇子だけでも死んでてくれりゃ成功なんだが」

「し、知らないわよ。誰それ」

「あそこは皇子が城に地球人を匿う。知らないはず無いだろ」

「……死んだなんて話は聞いてないわ」

「ふーん」


(何こいつら。なんでこんな詳しいのよ)


 男たちは残念そうに項垂れた。同じ地球人が殺人の失敗を悲しむなんて思ってもいなかった。

 それどころか、もっと強力な奇形を作らないといけない、攻め込む拠点が必要だ、と人を殺す算段を立て始めている。

 これだけ地球に似た風景でありながら、同じ地球人とは思えなかった。


「まあいい。奇形が足りなくなってたところだ」

「人間の実験体は少ないから助かる」

「……は?」

「ルーヴェンハイトで大人しくしてりゃいいのに」


 男たちはなつのに手を伸ばして来た。

 今、男たちは奇形の実験と言った。ふいにルイの言葉が思い出される。


『実験台が奴隷の二択だからだよ』


 男たちは手に包丁のような刃物と、パソコンに繋げるであろうケーブルを手に取った。


(嘘、まさか、まさか……!)


 縛り上げられたなつのは反抗もできない。


「や、止めて……」

「大人しくしろ」


 刃物がなつのの胸に押し当てられた。


「し、篠宮さん……篠宮さんっ……!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る