第九話 団結【前編】
ノアの戦争宣言に呆然としたまま数日を過ごしていた。
城にいるとシウテクトリとヴァーレンハイトへの陰口ばかりが耳に入り、なつのはいたたまれず果樹園でぼんやりするのが常だ。
しかし大好きなリナリアに囲まれても気は晴れない。
「なつのちゃん! 暇なら手伝って!」
「ん~……」
ぺしっと軽く叩いてきたのは月城だ。
あれ以来、すっかり意気投合した葛西の手伝いをしているらしい。各地の植物に知見があるため果樹園の職員になったのだ。
「元気ないね」
「まあ、ちょっと」
「どうしたの。篠宮さんと喧嘩でもした?」
「そういうわけじゃないですけど」
なつのは篠宮と顔を合わせる気になれなかった。
何故なら、ノアが戦争宣言をした時に何も言わなかったからだ。反論をしない方が良いというのは分かったが、それから後もノアに対する批判も疑問も一切口にしなかった。
(まさか賛成はしないと思うけど、でも黙って聞いてるだけなんて)
せめて反論をして欲しかった。
自分にできないことを代わりにやってくれと求めるのは卑怯だとは思うが、それでも篠宮には『戦争は駄目だ』と断言して欲しかった。
「仲直りは速いうちがいいよ。ほら」
「ん?」
月城がくすくす笑いながら目を向けた先から誰かが歩いてくるのが見えた。
「向坂」
「どうしたんですか?」
「ノアが呼んでる。行くぞ」
「ああ……」
嫌だな、と思った。
シウテクトリへ行きたいのは魔法を探すためであって戦争するためではない。
けれどノアがするのは戦争だ。同じ地球人を、来たくて異世界に来たわけじゃない地球人を殺す。
ルーヴェンハイト国民ならそれに従うかもしれないが、なつのは地球人だ。
(もし、もしシウテクトリに知り合いがいたら)
運が悪かったね、では済まされない。ましてやそれに加担なんてできるわけがない。
そんな話をするための招集になど呼ばれたくもなかった。なつのは露骨に顔を背けた。
「私がいてもいなくても変わらないですよね、その話」
「変わる。何しろお前の好きな魔法アプリ作りだからな」
「えっ!」
きらんとなつのは目を輝かせた。なつのにとって魔法アプリはこの世界で最大の娯楽だ。
我ながらあまりにも簡単に食いついてしまい、そのお手軽さに篠宮はくくくっと笑った。
「な、何で急に魔法アプリなんですか」
「急じゃない。ヴァーレンハイト行く前に魔法道具作るって約束したろ。その資料が揃ったんだ」
「あー。そういやそんな話ありましたっけ」
「忘れてんな。ほら行くぞ。図書室だ」
「は、はい!」
まんまと乗せられ即座になつのは後悔した。
図書室に入ると朝倉が既に机に向かっているが、その周辺にはどどんと本が大量に積まれている。心無しかその顔はやつれていた。
他にも山のような本が積まれていて、椅子の一つには篠宮のジャケットが掛けられている。おそらくここで読みふけっていたのだろう。そろりと篠宮を見上げると、くまが出来ていることにようやく気付く。
資料が揃ったと言っていた。なら当然資料を読んで制作に入るのだろう。
読むのだろう。
「失礼します」
「逃がすか」
なつのはくるーりと背を向け逃げようとしたが篠宮に頭を掴まれる。
「開発は篠宮さんの専門でしょう!」
「仕様書作るのはディレクターの仕事だろ!」
「朝倉君いるじゃないですか!」
「律はお前のできない設計書作りだ!」
「くっ……」
魔法だモンスターだと異世界を感じ始めたところにまた仕事だ。
一緒に着慣れない異世界の制服を着たり農作業していて忘れかけていたが、篠宮は上司だ。こう来られると本能的に逆らえないものがある。
このやりとりも地球でした覚えのあるやり取りだ。
「アディアベースでいいじゃないですか。資料だの仕様書だの形式にとらわれすぎですよ」
「そういうことはアディアを出す知識が備わってから言え。まずはどんな魔法がどういう手順で実行されるかを知る必要がある」
「そうですけど。それがまさかこの本全部?」
「ああ。ノアが集めてくれた」
「ほ~……」
「大変だったぞー」
作って欲しいのはノアなんだから集める苦労くらいして当然だ――と言ってやろうと思って止めた。
必要以上に神経を逆なでするとシウテクトリの一件で藪蛇になる。
「ノア様は魔法詳しいんですか?」
「お前らよりはな。魔法は身一つで起こす超常現象じゃない。ある規則に基づく技術だ。お前らの科学と同じだ」
「その技術が記されてるのか」
「ああ。だが広めるつもりはない。ヴァーレンハイトを落としたら全て無くす」
「どうしてですか。便利じゃないですか」
「便利だ。だが駄目だ。魔法は人類を滅亡させるからな」
「え」
物騒な言葉になつのと朝倉は固まった。
戦争に続いて人類滅亡とは穏やかではないにもほどがある。
けれどノアと篠宮は至って真面目だ。
「それは何を根拠に?」
「人体構造さ。魔法は血中の魔力珠を消耗するから使っただけ無くなっていく。だが血は有限だ」
「……失血死か」
「それも目に見えないところで少しずつだ。魔力珠の増減なんて気付けない」
「気付くとしたら死ぬ時か」
「そうだ。魔法は命を削る。魔法大国は滅亡する」
ノアと篠宮は何でもないことのように死を語った。それはやはり恐ろしくて、今すぐこの部屋を出たかった。
けれど今度は朝倉もが話に参入した。
「滅亡するなら放っておけばよくないですか? 倒しに行く必要ない気がしますけど」
「そ、そうだよね。うんうん」
「駄目だ。そもそも、俺がヴァーレンハイトを潰すのは憎いからじゃない」
ノアは本棚から大判の本を取り出した。
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