第八話 敵になる地球人【後編】

 なつのと篠宮も果樹園拡大の手伝いに参加していたが、東京生まれ東京育ちのなつのは農業の経験がない。

 デスクワークの運動不足には土を掘り起こし種を植え続けるだけで相当な疲労だった。

 きっと篠宮もそうだろうと思いきや、休憩もろくにせず植樹の手伝いまでしている。


「……篠宮さん元気ですね」

「ジムで鍛えてたからな」

「趣味筋トレ?」

「ランニングも好きかな」

「へ~……」


 顔良し頭良し仕事もできる。そのうえ趣味でジム通い。


「いかにもって感じ」

「何がだよ」

「いかにもいかにもですよ」

「は?」


 オフィスで篠宮に熱を上げる女性社員は多い。

 単なる顔ファンが大半だが、本気で入れ込んでる者もいる。その理由は、仕事だけじゃなくいつも笑顔で接してくれるからだ。ランチや飲み会などで仕事に楽しみも与えてくれる。


(シンプルに良い人なのよね。そこにきてジム通いでランニングなんて爽やかな趣味出されちゃ~……)


「篠宮さんモテてない時期ありました?」

「は? 何だよ急に」

「いえ、いかにもだから」

「だから何だよそれは」

「人間性って昨日今日で完成するものじゃないし、絶対昔からモテてたと思うんですよね」

「……お前には俺がそんな魅力ある男に見えるわけ?」

「そりゃあそうでしょう。彼女何人いたんですか?」

「そういうのセクハラだからな」


 そんな風にわいわいと喋りながら農業に勤しんでいると、ははは、と軽い笑い声が聴こえてきた。


「お、痴話喧嘩か?」

「鈴木さん! ノア様も!」

「痴話でも喧嘩でもないですよ。どうしたんですか?」

「タケシから色々聞いた。世界間移動魔法、ありそうだぞ」

「「え!?」」


 なつのと篠宮は持っていた農具を放り出し鈴木に食い付いた。


「どういうことだ」

「あの鰐な、あれはこの国にいたわけじゃない。エンジニア連中が実験のたびに新しいのを連れて来るんだ。そんなの地球と繋がってないと無理だろう」


 この世界には人間以外の動物がいないと全員が口をそろえて言う。

 初めて見た異形の化け物はルーヴェンハイト人に衝撃を与え、未だに引きこもっている人もいる。

 けれどなつの達にとっては普通のことだ。恐ろしい動物ではあるが、地球と繋がっている証拠でもある。

 ようやく光が見えて、なつのは目を見開いて篠宮を見上げた。


「こいつは糸口が出て来たな」

「行きましょう! シウテクトリってどうやって行くんですか!?」

「海を渡る。船が必要なんだ」

「あ~……」

「それは俺が手配する。それよりも問題はお前達だ」

「私達? 何がですか?」


 なつのはきょとんと首を傾げたが、ノアは真剣な表情をしている。

 鋭すぎる眼差しは突き刺してくるようだった。


「シウテクトリの地球人を殺す」

「……へ?」

「あんなの作って遊ぶ連中は生かしておけない。その技術ごと消えてもらう」

「世界間移動魔法もか」

「状況による。スマホみたいに持ち出せるなら良い。だが研究者本人が必要な場合、それは許可できない」

「ま、待って下さい。話し合いで解決しましょうよ。いきなり殺すなんて……」

「これは戦争だ!」


 ノアが怒号を上げた。

 これまで見たこともない形相で、その目は怒りに揺れている。


「気まぐれに人を殺す連中とする話は無い」

「けど……」

「ここはルーヴェンハイトだ。お前達は国政へ口を出す権利はない」

「そ」

「向坂、よせ」


 そんなの酷い、そう言いかけた。しかし篠宮がぐっと肩を掴んでくる。

 この国でノアに――皇子に逆らうのは得策ではない。

 もしこの場でシウテクトリへ味方する宣言をしたら、それはノアの敵になるという事だ。それは身の安全が保障されなくなるということだ。

 なつのは何も言えず、大人しく篠宮の後ろに下がった。


「何もせず待っていろ。事が済んだら呼んでやる」


 ノアはいつものような微笑みは全く見せず、くるりと背を向け去って行った。まるで交渉の余地などない。

 けれどなつのの脳裏に月城が怪我をした時の様子が思い浮かんだ。それはとても恐ろしくて、あれを自分の国民にされることを思えば和平交渉などあり得ないだろう。

 既に戦いの火蓋は切って落とされているのだ。それも地球人側から。

 なつのの視界の隅で篠宮の手が震えているのが見えた。


「篠宮さん……」

「……どうするかな」


 何も答えられなかった。

 平和な日本で生きてきたなつのには、戦争の治め方など分かりはしなかった。

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