第九話 団結【後編】

 広げると、そこには地図が描かれている。大陸は大きく三つに分かれているが、そのうちの一つが圧倒的な大きさだ。


「この一番デカいとこがヴァーレンハイト大陸。全土がヴァーレンハイト皇国だ」

「えっ!?」

「ルーヴェンハイトは?」

「ヴァーレンハイトの尻についてるこれだな」

「ち、小さい」

「ユーラシア大陸みたいだな」


 図面の印象ではヴァーレンハイトがロシアでルーヴェンハイトが日本列島程度に思えた。


「よくこんな大きいとこ皇王一人で納められますね。権力争い凄そう」

「お。なつのは目の付け所がいいな。そうだ。だが権力争いは無い。それくらい皇王の魔法は圧倒的なんだ」

「恐怖政治ってことか」

「まあそんなかんじだな」

「恐怖政治……」


 なつのは皇王やその国民を直接知っているわけではない。

 けれど思い出されるのはマリアの言葉だ。


『皇王陛下の操る火炎魔法はすさまじく、逆らわぬ国と人は全て塵と化した。陛下の定めは絶対なのです』


 それが国民にも向けられているのなら従わざるを得ないだろう。


「ルーヴェンハイトが侵略してくる前に討っておきたいのか」

「それもある。だがもう一つ問題があるんだ」

「まだあるんですか」

「こっちの方が厄介だ。奴ら大陸がでかいせいもあって慢性的な水不足なんだ」

「川も湖もないのか?」

「ほぼ無い。ここは火山大陸なんだが火気の多い国で、だから火の魔法が発達した。逆にそれしか残ってない」

「じゃあどうやって水を確保するんだ」

「魔法でだよ」

「できないんじゃなかったか?」

「普通はな。だがヴァーレンハイトの皇族連中は普通じゃない。無尽蔵に水を生み出す魔法を使うんだ。人一人を生贄にしてな」

「……冗談ですよね?」

「本当だ。それで得た水は国民に分け与えず城だけで使う」

「そんな! 死んじゃうじゃないですか!」

「そうだ。国民はもう限界だ。皇王が死ぬのを待つ余力はない」


 ノアはぶるぶると怒りに打ち震えていた。

 声には出していないけれど、許すものか、と叫んでいるように感じた。


(敵でも国民は救いたいんだ……)


 愛情深い人なのだろう。だからこそシウテクトリの地球人は許してもらえない。

 説得をすればきっと理解してくれる等という考えはかき消された。


「俺は皇王を討つ。だから魔法道具を作ってくれ。命を削らず魔法に対抗できる道具を!」

「分かった。考えるよ」

「頼んだぞ」


 そう言うと、ノアは図書室を出て行った。

 残されたのは山のようなたくさんの本だ。


「安請け合いしすぎじゃないですか? これ読むんですよ?」

「読むだけならいいんだけどな。問題はこれがロシア語ってとこだな」


 篠宮がぱらぱらと本を捲ると、記されてるのは当然ながら日本語ではない。


「翻訳するにもこれを入力しないといけないからな……」

「やっぱりロシア語は覚えた方がいいですね」


 面倒だな、と篠宮は大きくため息を吐いてがくりと項垂れた。

 けれどなつのは違う。


「なになに~。魔法とは図形と記号で行われる。その内容は属性によって大きく異なる」

「ん?」

「向坂さん読めるの!?」

「読めないよ。だからこうして」


 なつのは両手にスマートフォンを持ち、その一台カメラを本に向けた。

 するとそこには本と、その翻訳が表示されている。


「今時カメラで翻訳できるんですよ」

「そっか。これなら入力しなくていっか」

「そ! んで、これを声に出して読めばこっちでテキストになる」


 もう一台のスマートフォンを見ると、そこにはなつのが読み上げた翻訳文が文字に変換されていた。

 音声入力だ。


「へえ。お前こういうのよく思いつくな」

「ディレクターなんで♪」

「スマホ依存症だからじゃない?」

「朝倉君ひとこと余計だよ」


 何はともあれ、これなら翻訳も書き出しも必要ない。

 だが――


「じゃあ向坂は今日中に三冊な。明日から九時始業十八時退勤。ここが職場だと思え」

「会社!? 何で私だけ!? 朝倉君は!?」

「律は居酒屋と医療団で仕事あんだろ。俺とお前は無職」

「くっ……」


 篠宮は辞書の如く分厚い本を三冊なつのに持たせた。

 とても今日中に読めるとは思えない。


「残業すんなよ」

「……はい」


 非日常に突然戻って来た日常的な制度は安心感があり、同時に慣れた残業の疲労が思い出されていた。

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