第一話 魔法は科学【前編】
落ちて来た教会のような部屋を出て振り返ると昼間だった。
二十二時くらいかと思っていたが、時間もズレてしまったらしい。
不思議に思いながら振り返ると、出てきた建物は思いの外大きかった。
水色の壁に白い柱というまるで童話に出て来そうな可愛い作りだったが、あれ、と篠宮は首を傾げた。
「どうしたんですか?」
「ん。スモーリヌイ聖堂みたいだなと思って」
「どこですそれ」
「ロシアにある聖堂だよ。似てる」
篠宮は驚いてじろじろと見ているが、なつのは敷地の広大さの方に驚いた。
出てきた聖堂よりも大きな建物が両側に建っているが、オフィスのワンフロアよりもはるかに広い。
あちこちに塔が建っていて、いかにも何か特別な式典をやる場所に見えた。
異世界で特別とくれば、なつのに思いつくのは一つだ。
「あ! もしかしてあれですかね! 聖女召喚みたいな!」
「お前聖女だったの?」
「聖女は生まれつきじゃなくて選ばれるものなんですよ」
「残念ながら聖女が必要な事件はねえな~」
「えー。瘴気とかモンスターとかそういうのないんですか」
「ないない。平和な国だよ」
「なんだ」
「何でだよ。平和がいいだろ」
「そうですけど。聖女って言われてみたいじゃないですか」
「漫画の読みすぎだ」
「こんな漫画みたいな状況でそんなこと言われても。ほら、篠宮さん勇者かもしれないですよ」
「嫌だよ。普通に仕事して給料もらえりゃそれでいい」
「夢ないですね」
「あんたら順応性高いなあ」
普通はもっと青ざめるもんだ、と笑い飛ばされた。
確かにそうかもしれないが、魔法という存在がなつのの胸を躍らせる。
何も無いと言われても何かに期待しながら歩いていくと、また新たに水色の建物が見えてきた。
今度は黄金の装飾もたくさんついていて、迎賓館のような印象がある。
「エカテリーナ宮殿そっくりだな」
「どこですそれ」
「ロシアだよ。ロシア帝国の宮殿」
「ロシアなんですかここ」
「建物はぽい」
なつのはロシアに行ったことも興味も無いので分からないが、篠宮は面白そうにしている。
しかして宮殿の名にふさわしく、とても一般人が入ることは許されない雰囲気だ。
けれど日本人の男たちは躊躇せずにどかどかと中へ入って行く。
「あ、あの、いいんですか入って」
「いいんだよ。ここが俺らの家だからな」
「……家?」
こう言ってはなんだが、小太りの中年男性はどうみても一般家庭の人間に見える。
こんな王様だの貴族だのが出て来そうな宮殿を自宅にするとは思えない。
どういうことなんだと首を傾げていると、男性は腰に下げた鞄から幾つか球体を取り出し壁のランタンに放り込んだ。
するとその途端に、フロア一面にぱあっと灯りが灯った。きらきら輝く光球がいくつも浮いていてとても美しい。
「なにこれ!」
「火の魔法を道具にしたもんだ。電気だな」
「凄いな。他にはどんな魔法があるんですか?」
「さあね。ルーヴェンハイトには魔法が無い」
「え? でもこれは?」
「ここの皇子が作ったんだよ。便利だろ」
「皇子!? 皇子様がいるんですか!?」
皇子とはまた夢のある存在だ。
地球にもいるが、異世界ともなればきっと華やかな衣装にきらめく金髪に宝石のような瞳――そんなものを想像してしまう。
「彼がこの城を使わせてくれてるんだよ。地球人に好意的でね。有難いこった」
「会いたい! 皇子様会いたいです!」
「言うと思ったよ」
「だって会いたいじゃないですか。皇子様ですよ?」
「俺は皇子に夢抱いてないんで」
「篠宮さんもっと夢持ちましょうよ」
「何で男に夢持たなきゃいけないんだよ。皇女ならともかく」
「そらそうだ」
「じゃあ挨拶に行くか。この時間ならあそこにいるだろう」
あんたら面白いなと笑われながら向かった先は皇子の住まう美しき私邸――ではなかった。
「……あの、ここって……」
「居酒屋」
「え……」
辿り着いたのは狭い一軒家だった。
中では昼間にも関わらず酒を酌み交わす人で埋め尽くされている。見慣れたその風景はまるで日本だ。
「この時間は大体飲んでんだ。どこかな」
男はきょろきょろして皇子を探し始めた。
皇子来てないか、と客に聞きながら歩いていく。
「全然異世界に見えないんですが」
「ああ。全員日本人だ」
「え? あ……」
言われて見ると、誰も彼もが日本語を使っているし顔立ちも日本人だ。
選ばれた聖女だなんて本気ではないが、まさかここまでの人数がいるとは思っていなかった。
「まさか全員勇者と聖女?」
「……かもな」
「あれ、急に信じたんですか」
「無意味じゃない気がしただけだ。この人数、自然現象とは思えない」
「うーん。家出にしちゃ豪快ですしね」
「異世界に家出なんてどう――……ん?」
「ん?」
「……家出……」
ふいに篠宮は眉間にしわを寄せ難しい顔をした。
「え、信じないで下さいよ」
「違うよ。そうじゃなくて」
「おおい! こっちだ! 来い!」
「皇子様!?」
「あ、おい」
篠宮は何か言いたそうだったが、なつのは皇子の方に魅力を感じて飛んで行った。
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