第一話 魔法は科学【後編】

 わくわくして男が連れて来てくれた座席をひょいと覗き込むと、そこにはくたびれた服とぼさぼさに伸びきった金髪を雑に結んでいるだらしのない男がいた。

 食べかすが机にも服にも零れていて、どんな飲み方をしたのか、手も机も酒でびしょぬれになっている。


(な、なんだこの汚い男……)


 目が合うと男はへらへらと笑い、にゅっと手を伸ばしてきたので思わず篠宮の背に隠れた。


「あはは。大丈夫だよ、嬢ちゃん。この人が皇子だ。ノア=ルーヴェンハイト様だ」

「皇子!? これが!?」

「そう。これが」


 てっきり友人でも紹介されたのかと思ったが、まさかの皇子本人だった。


(イメージと違う……)


 これなら地球にいる皇子の方がよっぽど夢を見せてくれる。

 本人を前にがっくりと肩を落としたが、ノアはなつのの肩をぽんぽんと叩くとはははと笑いながらどこかへ行ってしまった。

 なつのは思わず触られた肩を叩いたが、篠宮は慌てて振り返り後を追おうとした。


「待ってくれ! 魔法道具のこと聞きたいんだ!」

「ああ、待った待った。道具を作ってるのは別の子なんだよ。そっちに聞いてくれって」

「え!? 他にも皇子がいるんですか!?」

「違うよ。地球から来た子で――ああ、あの子だよ」


 男が見ている先は酒場のカウンター内で酒の用意をしている青年だった。

 なつのと同じくらいの年齢で、客と和気あいあいと話している。

 男はカウンターへ駆け寄ると青年に声を掛けた。


りつ君。また日本人だ」

「またですか。多いですね。そ――あれ?」


 青年がなつのと篠宮を振り返ると、二人して思わず声を上げた。


「朝倉君!?」

「律!」

「篠宮さん! 向坂さん!」


 そこにいたのはなつのの同期で先日退職した朝倉律だった。

 退職理由は誰も知らなかったが、デスクは散らかったままで荷物も全て置きっぱなしという状態で、退職手続きも取っていないとかで周りが困り果てていた。


「朝倉君辞めたって、もしかして」

「……はい。気が付いたらここにいて」

「そっか……」


 なつのと篠宮も、前触れもなく突如こちらに落とされた。

 きっと明日には退職扱いにされているのだろう。直前まで一緒にいた先輩達は事件に巻き込まれたと思ってしまうかもしれない。

 そう思うと急に現実味が出てきて、なつのの唇が小さく震えた。

 しかし朝倉は前のめりに声を上げた。


「大丈夫! 篠宮さんがいるなら帰れる!」

「え? やっぱり勇者?」

「ある意味勇者だよ。ここはエンジニアがいないんだ」

「エンジニア?」

「やっぱり魔法は科学に変換できるか」

「はい。見て下さい」

「へ?」


 急に篠宮と朝倉は何か通じ合った。

 朝倉はカウンター下から荷物を取り出すと、そこから現れたのはノートパソコンとスマートフォンだった。


「私はここが異世界であることを疑い始めている」

「これみたらもっと疑うよ」


 朝倉は小さな木箱を取り出した。

 そこからは現代日本人には馴染み深いmicroUSBケーブルが伸びている。電気の無いこの世界では何の役にも立たないだろう。

 しかし朝倉は木箱に球体をぽいぽいと放り込んでケーブルを自分のスマートフォンに繋いだ。

 すると――


「充電してる!」

「どういうことだ。その珠は何なんだ?」

「魔力珠っていう魔力の塊です。これに何かしら影響を与えると魔法になります」

「電池とスマホみたいなこと?」

「なるほどな。地球に帰る魔法はあるのか?」

「ルーヴェンハイトじゃ誰に聞いてもノーです。何しろこの国の人は魔法を使えないんです」

「国の人? 地球人じゃなくて?」

「はい。でもそんな重要じゃないと思います。だって魔力で動いたスマホは魔法が使えるんです」


 朝倉は魔力で充電したスマートフォンを起動し一つのアプリゲームを立ち上げた。

 オフラインで動くアプリのようで、タップすると画面が遷移していく。

 そして何回かタップした後にそれは起こった。モニターの上にぽうっと何かが浮き上がったのだ。


「タロット!」

「何だこれ」

「篠宮さんが作った占いアプリですよ」

「えっ」


 よく見ればそのアプリはとても見覚えがあった。

 なつのが入社したいと思うようになった、篠宮が開発して大ヒットしたアプリの一つだ。

 占いの的中率もだが、美しく可愛らしいビジュアルが女性の心を掴んだ。やり込むほど様々な柄のカードが手に入り、そのカードが様々な有名人や人気キャラクターとコラボすることで多種のユーザーも獲得した。

 使いきりの占いアプリでありながら継続率も課金率も高く、何より運用がカードギャラリーの更新だけという楽さも評価された。

 なつのもこれに魅了され、占いなど信じていなかったが毎朝ラッキーカラーを調べるようになってしまった。

 今目の前に宙に浮いているタロットカードの柄も動きもアプリで見ていたそっくりそのままで、それはまさになつのの夢見る魔法アプリそのものだった。


「スマホはプログラムを魔法にする。つまりプログラムさえあれば魔法にできる」

「てことは、地球に帰る魔法さえあれば!」


 なつのと朝倉は同時に篠宮を振り向いた。

 自分の話していることは夢物語だと分かっている。

 けれど魔力のあるこの世界で、パソコンとスマホ、そして幾つものアプリを作った篠宮がいればそれは夢ではない。

 篠宮はにやりと微笑み、こんっとパソコンを叩いた。


「探すぞ、世界間移動魔法」

「「はいっ!」」

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