真実の欠片 -Ⅴ
同じ顔が並ぶ、フィオナとソフィア。
姉妹揃いのイヤリングが、コリンの目に入る。
「えっと。フィオナさんとソフィアさん、姉妹でおそろいのネックレスを持っていて、それを一つルイズお嬢様にお譲りしたとか、ですか」
「いいえ。そのブルーサファイアは、当家に一つだけの物よ。だから私とフィオナが交代で身に着けるの。けれどルイズさんのお父様に、一生懸命お願いされて。同じようなものが手に入らないか出入りの宝石商に頼んでみたら、手に入ったから」
当家に一つ、ということは特別なものではないのだろうか。懇願されたからと言って、そうほいほいと似たようなものを知人に仲介する気になるものなのか。
(『魔法の泉』や『硝子の蜃気楼』がどういうものなのか、僕ははっきりわからないけど)
エリザベスが追い求めるそれらが何なのかわからないコリンには、ソフィアたちの話を聞いたところで、その裏にどんな事情が隠されているか推測しようもない。
「でも私、ネックレスのことがなくても、お二人からお話を色々聞きたかったの。双子って、普通のきょうだいや家族にはない、不思議な繋がりがあるというでしょう?」
ルイズはコリンたちに椅子をすすめながら、興味深そうに尋ねる。
「そんなに大した話はないけれど。そうね、示し合わせていないのに、いつも同じお食事やお洋服を選んだりとか」
フィオナとソフィアは本当にそっくりで、まるで同じ人間が二人いるようだった。これではどちらがどちらだか区別がつかない。そうコリンは思ったが、しばらく話していると、見分けることはできなくても判別はつくと気づいた。
「以前、私が手に火傷を負ったことがあるのだけど、その時はフィオナまで手が痛いと言い出したの。フィオナは火傷なんてしていなかったのにね」
先ほどから、受け答えをしているのは常に妹のソフィアだ。姉のフィオナはずっと静かに、どこかぼんやりした表情でソフィアを見つめている。ソフィアの方が社交的で、フィオナの方が大人しい、そういう性格の違いぐらいはあるのかもしれない。
「いまだに痕が残るくらいの火傷だったから、フィオナもショックを受けていて。だから自分まで、痛いような気がしてしまっただけかもしれないけど」
よく手入れされたソフィアの右手のひらには、確かに古い火傷の跡があった。幼い頃、暖炉の火で負傷したらしい。
「じゃあフィオナさんが大怪我した時には、ソフィアさんも痛かったりしたの?」
「大怪我?」
ルイズの問いに重ねるように、コリンもつい繰り返し尋ねた。
「フィオナさん、二年ほど前、乗馬中に落馬事故に巻き込まれて。えっと、コンスイ? 状態になったことがあるの」
「えっ」
コリンは思わずフィオナの方を見る。相変わらず静かに佇んでいるけれど、フィオナは何の問題もなく立って、歩いて、パーティーに参加していたように見えた。
「ちょっと、打ち所が良くなかったみたいで。でも、半年もしたら意識を取り戻したの。今はこの通り元気なのよ」
元気と言うには覇気がないが、意識までなかった人が出歩いているなら十分だろうか。けれどまだ体が本調子じゃなくて、フィオナはぼんやりしているのかもしれない。
「本当にひどい怪我だったみたいだし、みなさん、奇跡の復活だって噂していたのよ。私、それも何か不思議な力が働いたんじゃないかと思っているの。もしそうなら、お話が聞きたいわ」
相手の懐に入り込むような愛らしい笑顔で、ルイズはソフィアとフィオナの顔を見比べる。けれどソフィアは曖昧に笑うだけだった。
「お医者様とフィオナ自身が頑張ったの、それだけよ」
「えー、つまんなあい」
人の不幸に対しても己の興味だけで退屈と言い放つルイズに、ソフィアはただ困った顔で笑みを返す。
「私、コリンさんのお話が聞きたいわ」
「はいっ」
突然ソフィアに水を向けられて、コリンは上擦った声で返した。
ソフィアが話題をそらしたくて言ったことは、コリンにもわかる。どこか助けを求めるような彼女の視線も、無視するのは申し訳ない。けれどいざ自分が話題を求められると、コリンはどうしていいかわからなかった。ルイズは不思議なものに惹かれてコリンを連れてきたのだから、そもそも知らんふりなんてできなかったのだけど。
「コリン君にはお話するより先に、さっきの力を見せてほしいな」
ルイズはおもちゃの山の中からスケッチブックを取り出し、コリンへと差し出した。
「紙に絵を浮かび上がらせていたけれど、あれはなんの絵を描いていたの?」
「えっと、パーティーのお客さんとか、目についたものを色々です」
コリンはスケッチブックを開いて、白い画用紙をじっと見つめた。
念写を使う腹は決めた。この部屋に連れられてきた時点で、それぐらいの要求は聞かなければなるまい。
画用紙に踊る黒い砂が、ルイズの肖像を描き出していく。
「すごいわ……!」
ルイズが興奮に頬を染める。落ち着いた振舞いのソフィアですら、息を呑むのがわかった。
「不思議な力ね……。見たものを、その場ですぐ絵にできるのかしら」
「自分の目で見たものっていうことなら、その通りです、けど、記憶にあるものなら写せます」
コリンは画用紙をめくって、今、この場にはないものを思い浮かべる。
大きなバースデーケーキ、大広間のシャンデリア。ルイズのそばに常に侍っていたメイド。
「あら、マリィだわ」
思い浮かべるパーティー会場は、どこもかしこも人の顔だらけだった。ルイズを満足させようと手あたり次第に画用紙を埋めていくと、まるでアルバムのように招待客の顔が並んだ。
能力を使いすぎたか、わずかに集中を切らしたその時。
「……エリザベス、さん?」
ソフィアが画用紙の一点を見つめて、つぶやいた。
「え?」
無意識に、コリンは画用紙にリザの顔を描き出していた。コリンの瞳にはいつだって輝いて映るその面影を、ソフィアは目に止めて。
「コリンさん、こちらの方はどなた?」
リザの肖像を食い入るように眺めて、ソフィアは問うた。
「え、あの。僕の、ねえさんです」
「コリンさんのお姉さん? じゃあ、よく似た他人ってことかしら……」
ソフィアは独り言ちた。どうやら誰か知っている人と、リザがよく似ているらしい。
似ている、だけ、なのだろうけど。
けど、その似た人の名を、ソフィアはなんと呼んでいたか。
(エリザベスさんって、言ってた)
名前まで類似することなんて、あるだろうか?
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