真実の欠片 -Ⅳ

 屋敷裏は、密会にはうってつけの暗さだった。広がった闇の中、建物内から漏れる明かりを頼りに鍵を探す。

 すでにダニエルが去った場に植わっていた茂みから、鍵を回収。屋敷から離れるように、敷地内でも明かりのない方へと走った。

 パーティーの喧騒も明かりも届かいような場所に、レンガ造りの建物を見つける。

(やっぱり鍵くらいはかかってるか)

 入り口扉には大きな錠前が下がっていた。

 リザは髪からヘアピンを抜き取った。無理やり開いて針金状にする。ダニエルから受け取った鍵はここのものではないから、ヘアピンで手早く開錠パターンを試す。わずかな時間で、かちりという音とともに錠が落ちた。

 建物の中は独特の匂いがした。香水ほど華やかではないけれど、気持ちのいい香りと。それと少しだけ、薬品の匂い。

 誰もいなくてよかった、とエリザベスは小さく息を吐いた。

 ここでの仕事は重労働で、遅くまで働く人たちでにぎわっていることもあるだろうから。

 天上に張られた何本ものロープ。いくつも並んだ樽と、たくさんの作業台。石炭のそばには鉄のアイロンがあって、大きなハンドルとローラーがついた脱水機がある。


「工場くらい立派な洗濯室ね」

 お目当てのものがあると良いのだけど、と思いながらエリザベスは洗濯室を見回した。棚に並んだ籠の中に、洗濯が終わったと思しき衣服が積んであった。綺麗に整えられた洗濯物を崩さないように、衣服を一揃え拝借する。

 稼働を終え、静まり返った洗濯室に衣擦れの音がささやかに響いた。慣れないドレスを脱ぎ捨てて、コルセットと下着だけになる。

 ドレスのスカートとペチコートの重なりの下には、ベルトでポーチやナイフを吊ってあった。野暮ったいシルエットになったとしても、身一つで敵地へ乗り込めるほど豪胆にはなれない。

 黒い服に袖を通して、フリルで飾られたエプロンをかける。リネン水と思われるラベンダーの香りがほのかに香った。

「エリザベスちゃんの、メイドさんスタイル完成」

 エリザベスはメイド服に身を包んだ己を見下ろす。靴だけが浮いていたが、これも裾でほぼ隠れるだろう。頭のてっぺんからつま先まで評価される、ドレスに身を包んだパーティー招待客と比べたら。その他大勢扱いのメイドの方が、足元だってまだ目立たない。

「さて。ルイズお嬢様の元に、臨時の子守りメイドが参りましてよ」

『硝子の蜃気楼』がエリザベスを呼んでいる。何故だか今日は、特に強く気配を感じるのだった。



 ***



 小さな花を散らした、暖かな色合いの壁紙。ビスクの人形を寝かせた揺りかごと、同じくらい大きな木馬。使い古したおもちゃのそばに、贈られたばかりのプレゼントが積まれていた。

 私の部屋と言いつつベッドがないから、ここは友人や子連れの客を招いた時用の遊び部屋なのだろうとコリンは思った。遊び部屋も自分のためのものなのだという意味で言ったなら、ルイズの部屋で間違いないだろうが。

「マリィったら、どこ行っちゃったのかしら。お部屋に行くって言ってあったのに」

 腰に手を当てて、ルイズは唇を尖らせた。

 招かれた三階の遊び部屋前には、警備の男の人が二人ほど。室内には子守りメイドが控えていると思ったら誰もいなかったので、ルイズはご立腹のようだった。

「まあいいわ。マリィには秘密にしてやるんだから」

 悪戯っぽく笑って、ルイズはコリンの顔を覗き込む。胸元の青い石が輝いて、これをそのままエリザベスの元へ持って行ってやれれば良いのにと思う。そんな大胆で無謀なこと、とてもできないけれど。

「コリン君、あらためて紹介するね」

 ここまで一緒に連れ立って来たのは、ルイズ曰く『不思議同士』の人たち。遊び部屋にいるのは、コリンとルイズと、その人たちだけだった。


「フィオナさんと、ソフィアさん姉妹よ」

 ひらりと翻した手のひらで示された先に、二人の若い女性が立っていた。エリザベスより少し上くらいで、二人は年齢も背格好もほぼ同じ。顔に至っては、鏡写しのようにそっくりだった。

「お二人は双子なの」

「ああ、それでそんなによく似ているんですね」

 揃いの菫色のドレスに、大粒の宝石をあしらったイヤリング。パーティー会場で周囲の目を惹いていた姉妹だと、コリンは思い出した。目立っていたのは、双子ゆえかもしれない。

「はじめまして、ソフィアです。こちらが姉のフィオナ」

 微笑んで、ソフィアはスカートをつまみ上げ膝を折った。隣のフィオナも、それに倣うようにしてコリンへ挨拶する。

「は、はじめまして。コリンです」

 コリンはただ背筋を伸ばすのが背一杯で、握手の手を差し出すこともできなかった。思えばずっとリザの背中に隠れて、まともに挨拶をしたことがない。それこそリザ以外の女性となんて、対面する機会すらなかった。

 作法もなっていないだろうコリンに特に気を悪くした様子もなく、ソフィアはルイズへと向き直る。

「改めて、今日はお招きいただきありがとう、ルイズさん」

「こちらこそ。このブルーサファイアを手配して下さったのだから、お二人を呼ばないわけにはいかないわ」

「えっ?」

 ルイズの言葉に、コリンは思わず声を上げる。

「パ……お、お父様からの贈り物」

 恐らくパパ、と言おうとして言い直したルイズは、嬉しそうに語った。

「このブルーサファイアね。元々お二人が着けていたものを、私が欲しくなっちゃって。それでご相談したの」

 確かにダニエルの情報では、ルイズは親の知人が所有するネックレスを欲しがって、相談したと言っていた。ゆえに、その知人が『魔法の泉』とつながりがあるのではないかとも。






 

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