真実の欠片 -Ⅱ

 リザは星を見るのが好きだった。胸に輝く石を思わせるから。

 光を失って、リザはどれほど悲しかっただろう。コリンだって、リザが手を伸ばしても届かないところに行ってしまったらと想像しただけたで、胸が潰れそうなのだから。

 胸元から手帳を取り出す。リザがくれたそれはコリンの手のひらより少しだけ大きくて、好きに使ってもいいよと与えられたものだ。持ち運びしやすいから、家事の手引きとか毎日のちょっとした出来事とかを書き付けたりしていつも持ち歩いている。メモ書きの合間には、思いつくままに描いたスケッチが現れた。

 寝室にリビング。食器に食べかけのパン、飾られた花。リザの横顔。

 リザは大きなスケッチブックもくれたからそちらも使うけど、服のポケットにしまっておけるこの大きさが好きだった。

 リザと出逢ってからの毎日や大切なものと、いつも一緒にいられるような気がしたから。

 今の生活をくれたリザに、コリンは何かを返したかった。

 まだ何も書き込んでいない、白紙のページを開く。

 招待客に混じる警官らしき人、ルイズと取り囲む友人たち。入り口で名前を呼びあげた従僕の人、紳士に囲まれた美人さん、招待客のよく似た姉妹。

 なんとなく目に入った人たちの顔を思い浮かべる。家事の手順は、しょっちゅう手帳のメモを確認したけれど。絵画とか人の顔とか、特に視覚に訴えてくる情報を記憶するのは、コリンの得意とするところだった。


 白いページの上に、砂のように黒い粒が広がる。それは鉛筆を削った粉を振りまいたようでもあった。それはやがて線となり、影となり、紙の上に絵を描いた。頭に思い浮かんだ人たちの肖像。

 コリンは想像した情景や画像を、念じるだけで紙やキャンバスに写すことができた。

 ダニエルは念写と言っていたけれど、どうしてこんなことができるのかコリン自身にもわからない。

 親方の元では、恨めしいとさえ思った能力だけど。

(少しでも何かの役に立てればいいのに)

 パーティー会場にいる人たちの人物像や場内の様子が、エリザベスの役に立つことがあるかもしれない。そんなことを思って、記憶と視線だけでページを埋めた。

 両開きのページに、今度は神々の姿を描く。

 念写では不十分だけど、これは教会に飾られている『神の都』。

 先日の怪盗仕事で、リザが標的にした『硝子の蜃気楼』の元になった絵だ。この絵画を砕いたことでリザが心を痛めるなら、コリンはこの力と自身の腕を使って贋作を拵えたって良かった。

(リザは僕に、あんまりこの力を使ってほしくないみたいだけどさ)

 この力を悪用されていたことに憤るリザが、コリンのために言ってくれることはわかるけど。リザのためになるなら構わないのに。

「ねえあなた、それ、何をしているの?」


 突然背後から声を掛けられて、コリンは飛び上がらんばかりに驚く。音を立てる勢いで手帳を閉じた。

「あら、隠さないでよ」

 振り返った先に、今日の主役であるルイズがいた。大きな瞳をらんらんと輝かせている。

「ルイズお嬢様、どうしてこんなところにいるん、ですか」

 思いがけない人物の登場に、コリンは目を白黒させた。

「主役が突然消えて、また突然現れたら面白いかと思って。バルコニーに隠れようと思ったんだけど、駄目ね、ちょっと寒すぎるわ」

 茶目っ気たっぷりに言って、ルイズは笑う。物おじせず、愛くるしい笑顔は損得なしに人を惹きつけるようだ。

「でも、もっと面白いことがあるみたい」

「あの、これは」

「絵がお上手なのね。でも、それだけじゃないのよね?」

 手帳を胸に抱いて縮こまるコリンの顔に、ルイズは己の顔をぐっと近づけていった。

「ねえ、あなた私のお部屋にいらっしゃいよ」

「え?」

「贈り物もご馳走も、ご挨拶ももうじゅうぶんだから。そろそろお部屋に行って遊ぼうと思っていたところなの。お人形やカードゲームなんかもあるけど、スケッチブックやクレヨンだってあるわ。お部屋に行って、今の不思議なものを見せてちょうだいよ」

 ルイズははきはきと喋りながら、コリンを部屋へと誘う。己のわがままは、全て叶えられるとでも言うような自信で。

「でも、その、これはあんまり、人には」

 この力は、決して人前で堂々と見せびらかすようなものではない。誰かを楽しませるために使ったことだってなかった。


「……わかった。それ、秘密の力なのね? 見られたら、大騒ぎする人だって出てくるものね」

 コリンは無言でうなずく。

「そういうことなら、お部屋に私のお友達や取り巻きさんは呼ばないことにするわね。それならいいでしょう?」

 それでもよくはない、と思ったが。

 ルイズの胸に輝くブルーサファイア。

 コリンの使命は、ルイズとお近づきになること。

「……良いんですか、その、お友達と一緒じゃなくて」

「別に構わないわ。お友達とは、明日のお昼にもお茶会をする約束をしているし。他の子達はうわべばっかりの態度で、正直つまんないもの」

 コリンとほぼ同じ年頃にして、すでに社交の中心にいるような少女は笑顔で続けた。

「あ、でも。お二方だけ、私のお部屋にお招きしたい方がいるわ。この人たちは特別。それに不思議なお話をしてもらうから、不思議同士、大丈夫よね?」

 理屈が通っていない。それでも出来れば二人きりでなどと、駆け引きするだけの力も図々しさも、コリンは持ち合わせがなかった。

「私、不思議なものって大好き」

 コリンは一瞬ためらったが、ルイズの宝石を見ると断るのも惜しく。

「あの、……ねえさん、とか、にいさんとかに聞いてきてもいいですか」

「もちろん、ご同伴の方には許可を頂いてきたほうが良いわ。私も子守メイドのマリィに言ってこなくちゃ」

 ぺこりと頭を下げて、コリンは大広間へと戻る。

 念写の力が、こんな形で役に立つとは思いもしてなかった。







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