真実の欠片
真実の欠片 -Ⅰ
煌びやかな人波と、さざ波のようなお喋りの合間を縫うようにして大広間を進む。リザとニックが話している場から一刻も早く離れたくて、コリンは自然と早足になった。
自分がリザのそばを離れたいと思うなんて、嘘みたいだった。
だけどニックに顔を見られてはいけないし。
でもきっと、それだけじゃなくて。
(警官さんと話しているときのリザを見るのは、なんか嫌だ)
コリンはちらりと後ろを振り返った。
リザがニックの額に触れようとしている。
その、距離の近いやりとりが酷く胸を妬いて、コリンは目をつぶりながら顔を背けた。
脳裏にひらめく、鮮やかな山吹色。
今日のリザは誰よりも、何よりも美しかった。
厭味ったらしくドレスを批評してきた女の人達よりも、たくさんの男の人たちが群がっている女の人よりも。言葉にならないくらい素敵で、コリンは賞賛の声すら失ってしまった。
そうしたらニックが誰よりも先に、リザに綺麗だと言ってしまった。
本当は自分が一番に褒めたかったのに。いつもみたいに、躊躇いなく綺麗だと言いたかったのに。
ニックに褒められたリザは戸惑って、うまく返答ができなくなっていた。正体をカバーする、そつのないはずのリザの振る舞いが綻びた。
あの人なんかじゃリザに頭をいっぱい撫でてもらったり、額なんて合わせてもらえないだろうと。そんな風に思いながら、大切にしてもらっている自分を保つけれど。リザは頬を染めながら、コリンには見せない顔をニックに見せていて。
浮かんでくる光景をかき消すように、コリンは頭を振った。
「コリン君、ちゃんと前見ないと危ないですよ」
ダニエルの声に、コリンは我に返る。
「ニックさんが結局、警備についたとは。俺が正確な情報を掴み損なったせいです、すみません」
ニックはコリンを知っている。あの暗がりの中で、どれくらい顔が見えたものかはわからないが、至近距離だった。
いったん離れたけど、会場内のどこかでまたニックと出くわして、顔を合わせる可能性は十分ある。だけど、それでも。
「あの、僕、やれるだけやっても良いですか」
再び思い出す、先ほどの光景。不安に焦燥――悔しさ。
「リザのためにやれること、やっても良いですか」
――お姉さんに守られてばかりじゃ駄目だぞ。
そんなことは、言われるまでも。
――君がお姉さんを守ってやらないと。
あいつなんかに、言われるまでもない!
「……何はなくとも、ルイズ嬢に接触しましょう」
「わかった、です」
「彼女の周りは子ども中心ですし、俺は他にやることがあるので付き添えません。一人で出来ますね?」
「はい」
あの警官が、リザのために何をしてやれるというのか。エリザベスの敵のくせに。
負けたくない、とコリンは強く思った。
そうして意気込んでみたものの。
『ルイズ嬢に接触する』と言われたところで、何をどうすればいいのかさっぱりわからなかった。
胸に高価な宝石を身に着けるルイズはもちろん。取り囲む子どもたちだって、着ているものから話し方に至るまで、コリンとは別世界の住人だと思えた。
公園で遊んでいる子どもの輪に入れてもらうのとはわけが違う。いや、それですら同年代の友人などいたことがないコリンには、難易度が高いというのに。
テーブルの上には、細工物みたいなお菓子がいっぱい並んでいる。飴で固めた光輝く果物に、真っ白いクリームのフリルを纏ったようなデコレーションケーキ。花よりも鮮やかな色をした砂糖菓子。コリンが生まれて初めて見るようなお菓子を、ルイズと周りの子どもたちは当たり前のように口へと放り込んだ。
ルイズがお菓子をつまむ合間に受け取ったプレゼントが、傍らのソファにどんどん積まれていく。礼を言いながら笑顔で受け取ったそれらを開けてルイズは歓声を上げたり、身に着けてみたりしていた。それを繰り返し、ソファには無造作に箱やらリボンやら包装紙やらの山ができていく。ルイズの手から離れた品を、使用人がどんどん片付けていった。
花束ひとつ持たないコリンでは勝負にならないどころか、はなから舞台に上がる資格すらないではないか。
(最初から期待なんか、されてなかったのかな)
コリンの働きを、リザもダニエルもあてになんかしていない。ダニエルに至っては面白がっているだけかもしれない、というのはあまりに穿った見方だろうか。仕事はきちんとこなす人みたいだし。
コリンの意を汲んで連れてきてくれただけ、そんな気がした。
時折給仕の人や、子どもたち中でも年長の子が気遣うように声をかけてくれたけど、優しい人たちにさえ戸惑う。そうやって気後れしているうちに、ルイズは周囲に手を振りながらその場を離れてしまった。
さりげなく後に着いていく男の人や、ルイズを視線だけで追いながら周囲に目を光らせていた人達は警官だろうかなんてことを、ぼんやり考える。ぼんやりするだけで、何も出来なかった。
不甲斐なさにいたたまれなくなって、コリンも子どもたちの群れから外れる。どこか落ち着ける場に行きたかった。
なるべく人の少ないところを求めて、バルコニーへ行く。窓には分厚いカーテンがかけられていたが、左右に振り分けて窓際で束ねられていた。外気の冷たさにもかかわらず窓を覆っていないのは、侵入者が窓に近づいた時わかるようにしているのかもしれない。バルコニーへ出たら怒られるだろうかと思ったけれど、小さな子どもが外に出て行く分には咎められなかった。
煌めく空間を後にして、夜の闇の中に身を置く。背後の明かりは外の暗がりにも届いてバルコニーを照らすけど、空気は凍てつくように寒い。
見上げれば星々が、慰めのように瞬いていた。
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