例え死んでも小説家になる
みちづきシモン
夢は小説家
始まりは一冊の本だった。その本は僕に夢を与えてくれた。そして、いつしか僕も夢を与えられる人間になりたいと思った。
ただ、僕はまだ分かっていなかった。「小説家」になる事がどれだけ険しく困難な道か。特に、作品を世にだし、お金を稼ぐ事はとても難しい。
それでも僕はプロの作家になりたかった。そのためならどんな努力も厭わないと思っていた。実際は、たまに読書でインプットをし、つらつらと思い浮かんだ物を書くだけの事が多かった。当然そんな程度ではプロになんてなれることもなく、公募に出しても一次選考を通らないことばかり。基本のきの字も出来てない作品を生み出しては、何故これが通らないのかそれを嘆くばかりだった。
僕は一応一人暮らしをしている、所謂フリーターだ。ギリギリの生活をする中で、売れっ子になる夢を見る。夢だけは人一倍大きく、やってることは作家の真似事にも劣る所業。
その頃、小説投稿サイトにも投稿してみようと試行錯誤していた。だが、読まれない。読まれるためには色々やらないといけないらしい。僕はSNSを利用し、声をあげて自分の作品を宣伝した。それでも多少は読まれても中々読まれない。
僕も働いているので、そこまで時間が取れるわけではない。次第に筆は進まなくなる。約十年間は適当にやっていた。公募では、毎回名前が載るのを祈った。祈っても名前は載らない。投稿サイトでは毎日更新なんてやってる人がいるが、僕には真似できそうにない。
諦めるべきかも……。そう思い始めた。だが、ふと初めて真面目に読んだ小説が本棚に目に映る。その本から貰った夢。それを叶えたい気持ちは強かった。漫画やアニメの先の展開を予想するのが好きで、物語を想像するのが好きだった僕は漫画家を志した。だが、絵が描けなかったのでその道は諦めた。でも、小説家なら……。文字ならば誰でも書ける。勿論、語彙や文章力はいる。だが、絵で磨くよりは遥かに僕に合っていた。
そうして始めた執筆活動。わかる人にはわかると思うのだが、四百字詰めで五十枚のストーリーを書くだけでも、かなりの根性は必要だ。だが、不格好なりに書くことは出来る。そして、歳をとっても書けるのが小説の強みだ。とにかく頑張ろうと決めた。
年間書ける量なんて、世の中にいるアマチュア作家様方にすら遠く及ばない。勉強や想像力を鍛えるための読書だって、全然読めてない。読むのにはとにかく時間がかかる。勿論少しずつ読みはするのだが、どうしても時間を他のことに使ってしまう。書く量も、自分の作品が読まれないと中々モチベーションもあがらない。
それでも筆を折らなかったのは、小説家の世界にしか希望がなかったからかもしれない。僕は世界に絶望していたのかもしれない。僕の周りを渦巻く世界に。
僕は努力が苦手だったのだろう。世界には沢山の努力家が存在する。僕はその最低ラインすら超えていないのかもしれない、そう思う。
だが転機が訪れた。それは「死」だった。体調不良が続き、仕事を休み続けることもできないので病院に行くとこう告げられた。
「残念ですがあなたの余命は恐らく長くて三年です」
医師の言ってる意味がわからなかった。僕の体は最近悪くなったばかりだ。だが、確かに健康診断というものは受けてなかった。
明らかに数値に異常があり検査をした結果が、余命三年。僕は愕然とした。そして、落ち込んだ。あと三年しか生きられない。
両親が来て、叱られた。何故健康診断を受けなかったのか? 何故健康に気をつけてこなかったのか? そして、何故無理をしてきたのか。
母は泣き崩れた。こんなことなら、一人暮らしなんてさせるんじゃなかったと。父は泣きながらもひしっと強く抱き締めてくれた。
「あと三年、どう生きるのか。決めるのはお前だぞ」
どう生きる? 一体どんな生き方があるのだろうか。折角、先日新作の渾身の一作を作り上げたばかりで、公募に出したばかりだ。ここ三年間で色んな改善点を見つけ、努力も自分なりにはした。そうして今まで以上のものが出来上がって喜んでいたばかりなのだ。
なのに、神様は何故こんな仕打ちをする? どうせ公募も通らないんだから死ねというのか?
もう道はない。そう思っていた。その考えを変えたのは、SNSでのフォロワーとのやり取りだった。
僕は余命宣告をされた事を正直に書いた。そして、アカウントを削除しようと思っていることを告げた。さよならするつもりだった。だが、何人かのフォロワーが反応した。
「そんな!!! 君の作品の続きを読みたかった(泣)」
「嘘だろ……、嘘だって言ってくれよ! あの作品を書けるのは君だけなのに……」
それは僕の作品を読んでくれていた人達の声だった。僕の作品は僕にしか書けない、僕の作品の続きを読みたい、そう言ってくれる人がいた。
それを見てから、僕は目覚めた。どうせ死ぬんだ、小説に時間を使ってやろう。仕事も当然辞め、実家暮らしとなる。僕は親にこれからの話をした。
死ぬまで書き続けたい。作品が世に出まわらなくても、売れなくても。残す時間残す限り、やり切りたい。親は理解してくれた。無理して寿命を縮めるようなことさえしないのなら構わないと。
それからというものの、毎日起きている間の三分の一を読書、もう三分の一を執筆に当てた。今までより格段に時間が取れる分捗った。僕はとにかく公募に出した作品の続きを書き始めた。できる事は限られている。死へのカウントダウン、砂時計の砂は落ち始めている。三年間でどれだけの事ができるだろうか。体も万全とはいかない。それでも必死に書いた。毎日更新ではなく、ある程度溜めて投稿サイトに更新した。
明日死ぬかもしれない、あと一時間後に急変するかもしれない。死の恐怖が襲ってくる。それでも希望はあった。SNSで発信した時反応があったからだ。
「読みます!」
「頑張れ! 頑張れ! 死ぬなよ!」
更新する度そんな声が届いた。自分で死のうとしたらこんな反応はなかっただろう。抗えない死だからこそ、そして必死に生きる時間を大切にしたからこそ、こういう反応がきたのだ。
死の宣告を受けてから約半年。公募の一次選考結果が発表された。そこには僕の作品と僕のペンネームの名前があった。やった! やったよ! 僕はすぐさま報告した。すると、そこには温かい言葉で埋め尽くされていた。
「第一関門突破だね!」
「よかった!この作品面白いもん、当然だわ」
勿論中には誹謗中傷もあった。
「どうせネタだろ?」
「目立ちたくて嘘ついてる説」
こんな風に言う人もいる。証拠を寄越せと言ってくる人もいる。それでも応援してくれる人がいる限り、僕は筆を進める。
結論から言おう。僕の作品は三次選考で落ちた。落選だ。自信作だっただけに、落胆も大きかった。だが、編集者の目にとまり本にしてもらえることになったのだ!
こんなに嬉しいことはなかった。僕は夢見たプロ作家になれるのだ。勿論編集者からの指摘は大きく、色々修正箇所はあった。それを修正し終える前に死ぬのが怖かった。本にならずに死ぬのが怖かった。
なんとか、オッケーが出て本になる日、僕のSNSはお祝いの言葉で埋め尽くされた。死の宣告をされる前はあんなに少なかったフォロワー数も、今では沢山いる。
死ぬ前にプロ作家になれたことが嬉しすぎて涙が出た。父と母は抱きしめてくれた。
最初本は大して売れなかった。僕が余命三年の宣告を受けたことを知ってる人は買ってくれたが、そこまで話題にあがらなかった。
続きは書いていたし、続編も刊行されることになる。勿論修正はめちゃくちゃされた。すると、徐々に売れ始めた。
そして今更になって、メディアが騒ぎだした。余命数年の著作者が書いた作品と大々的に銘打って記事にし、僕に取材の依頼が来た。僕はそんな事で時間を取られるくらいなら書く時間が欲しいと断った。
確かに健康体の状態ならメディアの取材は嬉しいかもしれない。だが、僕には時間がない。そんな事に費やす時間があったら、しっかり執筆をして最後まで書き切りたい。
それを伝えると、あるメディアがこう言った。
「ただ作ってるところを撮らせてくれないか? 執筆、読書の邪魔はしない」
とりあえず受けてみると本当に質問をせずに、自宅にきてただ撮ってるだけだった。
こんなもののどこが面白いんだ? そう聞くと、こう答えられた。
「私達はただ、あなたの生き様を撮りたいんだ」
それがニュースになり、より話題になった。得た印税は大きくなっていったが、お金なんて死んだら両親にしか残らない。
名声も死んでから得てもわからない。だから、多くの人が見てくれたこと、共感してくれたことが嬉しくてまた涙が出た。
毎日励ましの言葉が届く。それは或いは生存確認だったかもしれない。僕は全てに答えずに、発信することで返信と同等とした。
それから日々を過ごしていくと、実は死ぬことなんてないんじゃないかと思えてしまう。だが定期的な医師の検査で、刻一刻と死に近づいている事を知ると現実を突きつけられる。
僕は焦っていた。書きたい事はまだある。むしろ湧いてくるのだ。いや、違うな。元々考えていたネタで書かずにいたのが今更になって爆発しているのだ。
そのことを発信すると、ある人がこう言ってくれた。
「落ち着いて、まずは一つずつクリアしていこう。途中で力尽きたらその時はその時だ」
そのコメントには、沢山の批判がされた。途中で力尽きたらなんて言うなと。だが、僕には刺さったのだ。僕はすぐコメントした。
「ありがとうございます。自分に出来る限りをやってみます」
そうして、宣告から二年半、僕は本にすることが出来た作品を完結までもっていった。二年を超えてから体調はとても悪かった。だが、それでも筆を折りたくなかった。必死にしがみついて書いた。そして三ヶ月かけてもう一作品書いた。それは僕の一生を書いた作品。最後のフレーズに健康診断はちゃんと受けましょうと書いた。面白くもない、ただのワンフレーズ。その重さを僕は知っている。
最期の方はSNSでずっと呟いていた。交流こそ最大の幸福。誰かと一緒の時を過ごしている感覚に襲われた。実際は違うかもしれない。だが、中毒性があるのはきっとそのせいだろう。
そして、最期に……。
「みんなありがとう……。さよなら……」
父に音声入力で入れてもらい、この世を去った。
彼は幸せだっただろうか? 彼の一生の答えは、きっと死してからも残る名声にある。あの世の彼にも届かせようとする、その想いは人々に夢を与えている。
彼の夢は叶ったのだ。そして彼の夢の果てが、また誰かの夢になるのだ。
この物語はフィクションです。実在する人物などは書いていません。
例え死んでも小説家になる みちづきシモン @simon1987
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