第36話

 シルガとアスレイヤは少し早めの朝食を済ませ、店主とジスに挨拶して白狸亭を発った。いつもより早く出たのは迷宮付近の治安を心配してのことだ。前日の下見で、グイーズ達と探索に入った時とは様相がかなり変わっているのがわかったからだ。

 入口に列を作る冒険者達は以前よりも荒っぽい者が多くなっている。フリーの冒険者もいれば貴族や大商人など権力者から命を受けた者もいる。彼らの目的は9階層――財宝のために皆が目をギラつかせ、探索に入る前にライバルを消してしまおうと目論む者で溢れていた。なにより権力者の指揮下にある者達は、雇い主の力関係を映して対立し、まるで代理戦争のようになっている。


 迷宮の雰囲気を楽しんでいたアスレイヤも この剣呑な雰囲気を感じ取ったようで、真剣に準備に励んで初日に迷宮に入らなかったことをぶつくさ言うことはなかった。そういう状況なので人の少ない時間帯を狙って迷宮に入ることにしたのだ。

 時短のため今回は転移魔法で移動することを告げると、アスレイヤはジト目で不満気に睨んだ。


「人を連れて転移できるなんて聞いてない。始めからそうすれば移動に何時間もかけずに済んだんだ」


「歩くのも大事だって。体力づくりだよ、うん」


 なんか言うタイミングを逃したので徒歩で移動し続けていたのだ。

 シルガが転移場所を迷宮付近に指定し、更に人気のなさそうな場所を思い浮かべると魔術式が光り始める。


「探索できる時間は少ないかもしれない」


「ふん、撤収勧告も出てるようだし ざっと見て回ればまずはよしとする」


 そんなことを話しているうちに周囲の景色は迷宮近くの林に変わった。少し歩けば開けた場所に出る。明るくなり始めた林を抜けると人の行列がずらりと続いていた。迷宮に入る順番を待っている冒険者達で早朝から列が出来ているのだ。


「みんな考えることは大体同じか……」


「昨日見に来た時よりはましだ」


 たしかに数時間待つほどの行列ではない。最後尾に並び、前方に視線をやって様子を探ってみる。生徒らしき少年のグループをちらほらと見かけるがアスレイヤは無言だ。険しい顔でじっと列の先頭を見ている。

 ギルドで渡された探索記録には生徒達が記したものもあった。アスレイヤと同学年の生徒達は上級生について行けば迷宮に潜ってランクを効率よく上げることができたし、皆、何かしら探索の手土産を持ち帰っている。なので、迷宮に来たのにアスレイヤだけ手ぶらで新学期を迎えたらちょっとまずいんじゃないだろうかと、シルガは少し焦っていた。グイーズ達と入った時ですらほとんど探索されて目ぼしいものは無かったのだから。


 考え込んでいたシルガは 列の横を猛スピードで駆けて行く騎馬隊を不審に思いつつぼんやりと見た。ちらと目に留まった紋章でどこかの貴族の私兵であることがわかったが、なんとなく嫌な感じがする。黙り込んでいたアスレイヤが呟いた。


「……ランデル子爵」


「親しいのか?」


「べつに……」


 列の先頭に視線を戻したアスレイヤにつられてシルガも同じように眺めた。しばらくしても、先程から待っているのに列は一向に進む気配がない。ざわざわと胸騒ぎがする。並ぶ冒険者達も不穏な空気を感じ取ったのか空気がざわつき始めていた。シルガは、面倒事になりそうな空気を感じ取ってアスレイヤの手を掴んだ。


「一旦ここを離れよう」


「……」


 離れた方がいいことはわかっているのだろうが、眉間にしわを寄せて返事をしかねている。迷宮に入りたい気持ちも強く 判断を渋っているのだ。無理もないことだがなんとか説得しなければならない。


「ちょっと離れて様子を見て、また後ろに並……」


 わあっ、と どよめきが起きた。同時に剣戟の音が聞こえる。

 そこからの混乱はあっという間だ。前方では怒号が飛び交い、後方で並んでいた者達はなんだなんだと列を崩した。迷宮入口で何が起きているのかを見ようと押し寄せる人の波に押し流され、その場を離れるどころじゃない。シルガは伸びきった左腕でかろうじて掴んでいるアスレイヤの手を離すまいと力を込めた。


(転移……転移で離脱……!)


 シルガ一人ならどうにか隙を見て離れられるのだが、混雑の中もみくちゃにされながら腕を伸ばし切った距離にいる連れと自分を切り取って転移なんて難易度が高すぎる。シルガの手を掴み返す力もぐっと強くなった。


「さっさとしやがれ!」


「お貴族様のお使いがなんだってんだ!」


「列に並べ!」


「もたもたしてんじゃねえぞ!!」


「先に入っちまおうぜ!」


「俺達が先だ!!」


「先に並んでたのは俺達だ!!」


「野郎!!」


 最初に揉めた先頭だけでなく至るところで喧嘩が始まっている。列を放棄した人々は怒号をあげて迷宮へ押し寄せ、野次馬が面白がって喧嘩を煽り囃し立て、我先にと入口へ雪崩れ込む者達は剣を抜いて戦うまでになっていた。最早何を言ってるのかもわからない周囲の絶叫のなか、ギリギリまで腕を伸ばしてはぐれないように掴んでいた手は限界に近い。つながった二人の腕は他の人の動線を塞ぎ邪魔になっているのだ。押されて今にも離してしまいそうだ。


「もう少し近くに……!」


「くっ、この状況で……手を掴むのが精いっぱいだ!」


 押し合いへし合いしながら皆が同じ場所を目指している。


「あ!」


 わあわあと叫びながら進む人々の勢いは、繋いだ腕を突破してイノシシの群れさながらに二人の間を通り抜け、あっという間に二人を遠く隔ててしまった。


「アスレイヤ!!」



 ―― ゴゴゴゴゴ……



 互いに見失ったその時、不気味な地鳴りがした瞬間、



 ―― ドンッ!!!



 地面が縦に揺れた。揺れたと同時に、ガクンと落下する感覚に襲われる。ぱっと広がり展開した魔術式が輝いたのをシルガが見たのはほんの数秒のことだった。


(!! 転移術式……!)







 その日、大勢の冒険者が迷宮に飲み込まれた。


 しんと静まりかえった迷宮の 祭壇のような入口には死体がいくつも転がっており、夥しい量の血が流されていた。中央にあったはずの階段は消え、魔力を登録していた魔術式も消滅している。調査団を出そうにも、誰も入ることができないのである。



**********



 ぼんやりと霞がかった意識の中で 寒さだけが明瞭だった。不思議に思いながらやり過ごそうとしたところでアスレイヤは我に返った。


「!!」


 苔が生えた土の匂いがする。飛び起きて薄暗いなか目を凝らして周りを見ると、洞窟のような場所にいた。ごつごつした岩壁に淡い光を纏った苔がびっしりと生えている。よく観察すると岩壁は全体的に直線が多く人の手を感じた。天井は高く、道幅も広い。数メートル先は真っ暗で、進んでみないとよく見えない。


(迷宮の中なのか?)


 湿った冷たい空気に改めて身震いする。


「ピホ……」


 無意識に呼ぶ途中、はっとしてやめた。思ったよりも音が大きく反響する。あの混乱の中で状況がわからないのに大声を出すのはよくない気がしたのだ。アスレイヤは持ってきたマジックバッグの中を確認した。


(転移用の魔道具は一つだけだ)


 転移術式は質量の高い魔術式を必要とするため 術式を付与できる物質が限られる。市販の転移魔道具は、一度展開させると物質の方が耐えられずに壊れてしまう。一度きりの使い切りが当たり前だ。今すぐ脱出できるならそうした方がいいが、もしもここが転移が無効化される階層だったら無駄に展開させるだけで 帰還の手段を失ってしまう。アスレイヤは数メートル先の暗闇を見つめた。


(まずは灯りを……)


 ジスとの討伐で用意した松明の材料で灯りを作るか、必要な時だけ魔法で照らすか迷っていた。自分の位置を知らせることになるので 殺気立った冒険者達が寄って来るかもしれないが、迷宮の罠や獣に遭遇しないとも限らない。獣と人間、どちらが危険か――判断しかねるところだ。最も出くわしたくないのは、財宝に目が眩んでライバルを殺る気満々の冒険者だ。灯りはなるだけ使わずに移動することにした。


 一歩踏み出すと不思議な高揚感が湧いてくる。未知の場所にたった一人で放り出されたというのに心細さが全くない。むしろ次に起こる出来事に期待すら抱いて、わくわくと胸が弾んだ。反響する足音を聞きながらどこか現実感のない洞窟の中をふらふらと歩いて行く。どのくらい時間が経ったかわからないが、洞窟は静まりかえって何も起きる気配がない。


(なんだ、そうビクビクすることもないな)


 ―― このまま行けばすぐに出口が見つかるのでは?


 根拠のない自信が湧いてきて、何でも出来るような気がした。



「ぎゃあぁぁぁっ!!!」


「――!!」


 響き渡った絶叫にハッと息をのんだ。水の中にいるようなふわふわした覚束なさが一気に消し飛び、アスレイヤは咄嗟に岩と岩の間に身体を滑り込ませた。間を置かずに辺りが明るくなって 三人分の人影が岩壁に長く伸びた。そのうち一人はしゃがみこんで 倒れている人影をごそごそと探っている。アスレイヤの心臓がうるさく鳴った。


「ちっ、ハズレだ。持ってねえ」


「くそっ」


「まさかバラバラに放り込まれるとは思わなかったなァ。パーティーに合流できるかもわからねえ。ついてねえよ」


「はやいとこ転移魔道具をどうにかしねぇと、おちおち宝探しもできねえや」


「まずは最初のお宝探しよ。次だ、次」


 男達は他人の荷物を物色して喋りながら去っていった。二人の気配が遠のき、周囲が薄暗くなったのを確認したのち隙間から這い出てみれば、冒険者らしき男が倒れていた。既に息絶えている。


(転移用の魔道具を強奪しているのか)


 討伐で何度も獣を狩って解体して血に慣れたように感じても、人間の死体を見るのは酷く気分が悪かった。アスレイヤは血の臭いに吐きそうになりながら 男達とは別の方向へ歩を進めた。


 ―― ひとりで行動するのは危険だ。


 焦りと、いつ何が襲ってくるかわからない緊張で呼吸が乱れる。どっと不安が押し寄せてきた。ここ数週間いつも傍にあった絶対的な安心感が今はない。


(今頃 血相を変えて俺を探し回ってるはずだ)


 不思議とピホポグラッチウォーリア2世が危機に陥っているようなことはない気がした。合流するために無事でいなければならないのは自分の方だ。最初の高揚感はすっかり消え失せ、冷静な思考が働き始めた。

 ふと、アスレイヤの脳裏を知った顔が過る。列に並ぶ冒険者の中には、少し前までアスレイヤの愚行に調子を合わせて従っていた三人がいた。その取り巻きらしき数人の少年達も王都の学院の生徒達だ。


(べつに、心配しているわけじゃない)


 他人を心配している場合でもない。


「奴らと合流したいわけでもないからな……!」


 誰に言い訳するでもなく小さく呟き、改めて周囲を見渡す。ずいぶん長いこと歩いたが似たような景色が続いている。扉の一つもなければ仕掛けらしきものも見つけることができなかった。同じ場所をぐるぐると回り続けてこのまま脱出できないのではないかと不安が募っていくばかりだ。



 ――― …… ……


 ――― ……



「……?」


 何か、囁くような声が聞こえた。立ち止まって声の主を探しても何も見当たらない。聞き耳を立てていると、声はどんどん明瞭になり 脳内に直接響いて話しかけた。



 ――― あーあ、また同じ場所だね


 ――― 誰も出ることはできないよ



「……誰だ」



 ――― がんばってね、出口、あるかもしれないよ


 ――― 無駄な努力を見るの、楽しいね


 ――― ほら、あれを見て



「あれ?」


 ただの幻聴だ。言う通りにしてはいけない。アスレイヤの理性がそう訴えていたが、頭に直接語り掛ける声はとても魅力的で、自然と言うことを聞いてしまう。あれ、と思ったと同時にアスレイヤの身体がぐいっと何かに引っ張られ、金縛りにあったように動けなくなってしまった。


「!!」


 そこには夥しい数の人骨が散らばっていた。



 ――― 君も死ぬまで彷徨って あんなふうに朽ちていくよ


 ――― 出口を探さなきゃ君もあのなかのひとつさ。ほら頑張れ!がんばって!



 アスレイヤは視線を人骨に釘付けにしたまま呆然と立ち尽くした。

 そう、なるかもしれない。ここから出られなければ、自分もあんな姿になるのだ。向かう先もわからずに彷徨って、本当に意味はあるのか。



 ――― 出口はあっち


 ――― 向こうかもしれない!


 ――― こっちだよ



 不安に駆られた身体が、声の言う通りに動き出そうとするのを必死に耐える。


(だめだ、こんなわけのわからない声の言うままに迷宮じゅうを駆けまわるのか?馬鹿げてる!)


 そう思っても、身体は今にも裏切りそうだ。拳にぎゅっと力が入った。


(こうしてる今だって俺を探している奴がいるんだ)


 頭を振って響く声を振り払おうとしても あまり効果はない。



 ――― ねえきみ、よく努力するよね。無駄だけど!



 その言葉で、かっと頭に血が上った。


「不快な奴らだ、消えろ!!」


 アスレイヤが剣を引き抜き虚空を斬ったその瞬間、銀色の刃がキラリと光を纏った。

 毒壺に入る前に譲り受けた剣は アスレイヤがそっと魔力を流しても何の反応もなかったが、最近はしっくりと手に馴染みはじめている。



 ――― ああ、きみは!


 ――― どうして……!


 ――― どうして…… なか… たす……



 それきり声は消えた。


「はあっ…… はっ……」


 アスレイヤは荒い息を吐きながら少しの間目を閉じた。ゆっくり深呼吸をすると動揺が収まっていく。


「よし」


 改めて気を引き締めて周囲を見回せば、人骨をかき分けて進んだ先に扉があることに気付いた。他人の遺体を踏まないように気を付けながら恐る恐る進んだ。


 迷宮に放り出されて初めて目にする扉だ。石壁と一体になったような小さな扉は押しても引いてもびくともしないしスライド式でもなかった。耳を押し当てて扉の向こうに集中しても何も聞こえない。そうして顔を近づけてみると、簡単な図形が刻まれているのがわかった。非常に簡略化された魔術式のような図形――アスレイヤはそれに覚えがある。


「使い魔シリーズの魔術式に似てる」


 まさかこんなところでピホポグラッチウォーリア2世の魔術式と似たものを目にするとは思わなかった。


(解錠の魔術式?)


 使い魔シリーズほど質量のある術式ではないそれは、アスレイヤでも解析できる 割と易しいものだった。さっそく練習の成果を試すことにして、魔力制御で魔力を練って扉の魔術式を辿っていく。蚊の魔術式よりも断然簡単だ。

 程なくして完成した魔術式から光が溢れ、アスレイヤは緊張しながら扉を開けた。




 眩しさに閉じた目をゆっくりと開けば、更に眩しい光景が広がっている。


「黄金の階層……」


 アスレイヤは件の9階層に到達していた――つまり転移で帰還できるのだ。おそらく部屋全体が黄金で出来ていただろうに、半分以上が削られて無残な姿になっている。それでもまだまだ眩い空間だ。掘削音と話し声がするのでアスレイヤのほかにも人がいるようだ。我に返って振り返ると扉は消えていた。



「よう、少年!あんたツイてるよ」


「お宝詰め放題だ、好きなだけ持って帰りな!」


「こんな簡単に9階層に来れるなんて余程日ごろの行いが良いんだぜ、俺達」


「どうなることかと思ったけどな、ははははは!」



 部屋を横切って知った顔はいないか確認していると、作業している男達が次々にアスレイヤに声を掛けた。中には騎士服を着た者もいる。その騎士たちと話しているのは見知った少年達だ。



「「あっ!」」


 二人の少年はアスレイヤと目が合うと気まずそうな顔をして話しかけた。



「あ、アスレイヤ、お前も来てたんだな……ぜんぜん気付かなかったけど、無事でよかった」


「……お互いにな」


「見ろよこれ、黄金の階層に入った生徒なんて俺達くらいさ。証拠に採ってるところでね。お前も持って帰るだろ?」


「……」


 この二人はソイラッドとフルビオ――アスレイヤの取り巻きだ。二人はじっと無言で探るような目を向けるアスレイヤにたじろぎながら 上ずった声で尋ねた。


「な、なんだよ」


「お前ら三人だろ。あと一人はどうした。お前らが連れてきた取り巻きの奴らもそこにいるあれで全部なのか?」


 アスレイヤが指で示した先には心配そうに様子を伺う二人の生徒がいた。


「それが……飛ばされた後リムダとフェルレインはいなかったから、どうなってるかわからない」


 おそるおそるという感じで、離れたところにいた二人から答えが返ってきた。ソイラッドはちらと視線を向けて、何でもないことのように言った。


「たぶん他のパーティーと一緒にいるよ。俺達もこの人達……騎士様と偶然一緒に放り出されて、協力してここまで辿り着いたんだ。迷宮なんて大したことなかったな」


 本当に何も考えてない風だ。続けてフルビオも言う。


「あの騎士達は隊がバラバラになって帰還手段がないんだと。8階層に帰還用の魔術式があるって話だけど、今はなんかランダムで階層を移動してるみたいでさ、せっかく帰還できる階層にいるのに迂闊に移動できないだろ? 俺の転移魔道具、定員に余裕あるし一緒に帰ることになってね。ま、人助けだよ」


「ハッ」


 蔑みを隠す気もない冷酷な嘲笑がソイラッドとフルビオの神経を逆なでする。


「探しに行けって言うのか? だいたいリムダは転移魔道具を持ってるから大丈夫に決まってる!フェルレインもたぶん一緒にいるだろうし平気さ」


「そうだよ俺達には他のメンバーもいるんだ。無事なメンバーだけでも連れて戻らないといけない。パーティーの安全を確保するのもリーダーの義務だし!」


「そのフェルレインとかいう奴は転移用の魔道具を持ってるのか? はぐれていたらどうするんだ。それに一度外に出たら、ここに戻ることができるのかもわからないぞ」


「それは……知らないけどさ、まだ情報が少なすぎる――なあ!」


 フルビオは取り巻きの二人に呼びかけた。


「帰りたいだろ?」


 泣きそうになりながら二人は首を縦に振る。


「だって、だって私はEランクだもの。一度帰って応援を呼びに行った方がいいわ。その方が上手くいくと思うの」


「そう、と、とりあえず一度帰りたい……それから態勢を整えて助ける計画を立てたほうがいい、絶対!」


「ふん、お前らがどうしようが俺の知ったことじゃない」


 アスレイヤは一呼吸おいて、冷え切った声で言った。


「置いて逃げればいい」


「なんだと……!」


「フルビオ!」


 思い切り力を込めてアスレイヤの胸倉を掴んだフルビオを ソイラッドが制止しながらアスレイヤを責める。


「じゃあどうしろって言うんだよ!俺達だけで探すのだって危険だろ!」


「ずっとお前にはムカついてたんだ、もう関わることもないだろうけどな。うちよりちょっと格上の貴族だからって偉そーにしやがって。たいした実力もないくせに、そうしていられるのも今のうちだ!」


 怒りをにじませて震えるフルビオの圧し殺した囁きのような声は、徐々に音を増して感情を爆発させた。


「優秀な弟が、いるんだって? 新学期が楽しみだよ」


「……転移用の魔道具なら 俺も持ってる」


「……だから?」


「俺はまだ人を探してる途中だ。他の奴は先に帰らせてお前は一緒に探すか? リムダと、フェルレイン。見つけたら俺の転移魔道具で帰ればいい」


「なっ……」


「Cランクのパーティーリーダーがいれば俺も、心強いしな!」


 アスレイヤは吐き捨てるように言い放って胸倉を掴む手を乱暴に振り払った。


「探すなら来いよ」


 ちらと視線を寄越して踵を返し、そのまま部屋の奥の大きな扉を目指して足早に歩いて行く。四人の少年達は呆然とその後姿を眺めていた。



 カンカンカン…… ガリゴリガリゴリ ゴトンガタン……



 部屋中でツルハシの音が響く。楽しそうな笑い声もあちこちで湧き上がる。いくら持ち出しても尽きないと錯覚しそうになる財宝に皆が夢中だ。アスレイヤは、美しい黄金と宝石を削られ みすぼらしい姿を晒しているこの部屋から一秒でも早く出て行きたかった。


 コツンと、爪先に何か当たった。転がってきた方を見ると 金で出来た装飾品を物色している男がいる。アスレイヤは転がってきたものがなんとなく気になって、蹴飛ばした物を探してみた。


(なんだ指輪か)


 銅で出来た指輪だ。


(何で銅なんだ)


 これだけ黄金で溢れ返っているのに変な話だ。拾い上げて裏を覗くと見たこともない文字で何か刻まれている。全く読めそうにないし解読しようとも思わなかった。


「……ふん」


 興味を失くしたアスレイヤは指輪を放り投げようとしたのだが、それもまた面倒な気がしてポケットに入れ、そのまますっかり忘れてしまった。



 扉を出た先の小部屋には下へと続く階段がある。アスレイヤはいつまで続くかわからない 長い長い階段をひとり 降りて行った。



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