第37話

 黄金の階層から次層へ続くはずの階段は アスレイヤの想像よりも遥かに長いものだった。全く変わらない景色の中を延々と降り続けているうちに、どこか遠くで思考しているような そんな夢でも見ているような感覚に陥っていた。ぼんやりと霞がかった頭の中には次々と余計な考えが浮かんでは消えていく。


 ―― 合流階層の9階層に留まった方が良かったのではないか?


 今ごろ必死で俺を探しているピホポグラッチウォーリア2世は、俺を見つけ出すか、もしくは既に脱出したという確証を得るまで絶対に迷宮から出ないだろう。いつでも脱出できる9階層で待てば気持ちに余裕を持って待ち続けることができるのに、何故わざわざ危険を冒して階層を移動したんだ。


(いや、留まるのは危険だ)


 転移魔道具を奪うために冒険者を襲っていた無法者がいた。それに9階層は人の欲を増長させる。今は平和に黄金を分け合っていても、その全てを貪ろうとする強欲な者が出てくることは目に見えている。



 自分の選択を責める声にひとつひとつ反論してみるが正解はわからない。とめどなく湧いてくる疑心を霧散させるようにアスレイヤは首を振った。不意に、先程のやり取りが頭を過る。


 ―― じゃあどうしろって言うんだよ!俺達だけで探すのだって危険だろ!


 ソイラッドの言うことも尤もだった。下手に探しに出て全滅なんてよくある話だ。

 彼らが偶然一緒になったという騎士達に捜索を手伝ってもらうという手もあるが、隊からはぐれた騎士が、不測の事態が起きた迷宮で人探しの手伝いなんて危険な仕事を安請け合いするとは思えなかった。ランデル子爵の私設騎士団に所属している彼らは、帰還できる手段があるうちに帰還して詳細を報告する義務がある。そんなことくらいアスレイヤにも理解できた。


 ――けれどもし、無事ではなかったら。


 転移機を持っているリムダは無法者に狙われるかもしれないし、フェルレインとかいう奴に至っては、リムダと別行動なら帰還手段もなしに迷宮を彷徨わなければならない。二人には 迷宮中を必死になって探してくれる人もいない。


 ―― 置いて逃げればいい


 本当は こんな挑発するような言葉を言うつもりはなかったのだ。ただどうしようもなく苛立って、自分の中から噴き出た澱みの中からひと掴み、投げてよこしたものがそんな言葉になったのである。

 このご立派な言葉は、迷宮内に 自分を探し回ってくれる人がいて、自分が必ず絶対的な安全を享受できる確信の上にふんぞり返った者の言葉だ。英雄的な正義感とか勇気から出た言葉ではないことをアスレイヤは言ってしまった後で理解した。そして、アスレイヤは思わず口をついて出た言葉を改めて自ら聞いたことで、ウォーハウンドの一件で少なからず傷付いていたことに気付いてしまった。

 脳裏にフルビオとソイラッドの 敵意に満ちた蔑みの目がちらつく。


(遅かれこうなることは分かっていたんだ……楽しみですらあったはずだ)


 自分が築いてきたものの結果を刈り取ることは時に楽しく時に苦しい。

 取り巻きだった二人からの敵意と侮蔑。それは当初から想定していた結果で、もとより友人として関係を築いていたわけでもない。たとえ友情を育んでも結局は皆、手の平を返して去っていく――それを怖れてまともに心を向けることをしてこなかった。その代わりに一瞥すら値しない者達だと蔑み、心を分け与えることを酷く愚かなことだと貶め続けた、その結果である。


(まだ始まったばかりだ。弟が編入すれば……)


 アスレイヤは掌をぎゅっと握りしめた。

 似たようなことが次々と起きるだろう。美しい言葉を吐きながら醜悪さを曝け出すという他人の滑稽な姿を嘲笑って楽しむという目論見は成功しつつある。もちろん大いに楽しむことはできるだろうが、最早どうでもよくなっていた。ひとつ想定外だったことは、その茶番劇の舞台にアスレイヤ自身が立っていて、しかも主役級の演者だったということだ。




「アスレイヤ様」


「――ハッ」


 背後から突然呼びかけられた声に息が止まった。見ているようで見ていなかった周囲の景色はいつのまにか変わっている。今まで階段を降りていたはずなのに視線をぐるりと巡らせても壁と地面と鉄柵があるだけだ。

 肩を掴まれやや強引に物陰へ誘導されても恐怖はなかった。アスレイヤは声の主を知っていたのだ。


「……オルノワ卿」


「シ――…… あちらを」


 示された先にはいかにも人相の悪い男達が武器を構えて立っている。もっと目を凝らしてみれば数人の冒険者らしき者達が捕らわれていた。


「――リムダ……!」


 捕らわれている者達の中に知った少年と知らない少女を見出し、アスレイヤは思わず身を乗り出した。


「大丈夫ですよ。あの中に彼らの護衛も紛れていますから」


 声を潜めてやんわりと引き戻され、冷静さが幾分か戻ってきた。


「そうか、護衛……」


 落ち着いて考えると近くに護衛が控えているのだから一緒に転移されてもおかしくはない。一先ず安堵して様子を伺うことにしたアスレイヤは状況を把握するためにいくつかの疑問を整理し始めた。


「ご無沙汰しております、ずいぶん大きくなられて。母君は……ネフライヤ様は恙なくお過ごしですか?」


「ああ」


 アスレイヤは思案中に遠慮なく話しかけてくる男に ちらりと一瞥を寄越して短く答えた。このオルノワ卿は ベルメロワ領の小さな町を任されているランデル子爵家の三男で、私設騎士団で指揮を執っている男だ。若い頃はアスレイヤの母親の護衛騎士も務めていた。


「アスレイヤ様が迷宮に入られると聞いて是非護衛にと立候補したのですが、この件の責任者から間に合っていると追い払われてしまいまして残念に思っていたのです。まさかこんな形でお役に立てるとは光栄です」


「付いて回られても邪魔だ。どうしても役に立ちたいなら雑用なら任せてやるぞ」


「ははは!なんでも致しますよ。宿の手配からお使いまで」


 適当に聞き流しながら様子を伺っていると、松明に照らされた荒くれ者達は捕らえた冒険者のマジックバッグを改め始めた。転移機を探しているのだ。


(俺は9階層から降りてきたんだ。ここが10階層なら……ピホポグラッチウォーリア2世の話では山頂付近に出るはずなのに話が違う。他のパーティーの記録にある巨大迷路でもない)


 この階層はまるで牢獄のような様相をしている。こんな階層は探索記録に報告されてなかった。


「オルノワ卿」


「はい」


「ここの階層はわかるか?」


「私も強制転移でここに飛ばされたのでわかりません。ただ……9階層未満の比較的浅い階層ではないかと」


「何故だ」


「出くわす獣が8階層に記録されていたものと変わらないからです。迷宮には隠し部屋や隠し通路がいくつも複雑に絡み合っています。階層の守護者を倒して進んでも、未踏破の部分がある可能性もあるわけです」


 アスレイヤは9階層に辿り着く前のことを思い出した。解錠魔法で扉を開けた階層の、あの大量の人骨は報告されてないものだ。階層の守護者を倒したわけでもないのに9階層に辿り着けたことも変だ。


(裏ルートというやつか? だがそれなら何故、俺は階層を後退してるんだ)


 ますますわけがわからない。引っかかるのはやはり9階層――黄金の階層である。


(ピホポグラッチウォーリア2世は9階層から古代の薬草らしきものを持ち出した。ほかのパーティーは持てるだけの黄金と宝石……)



「ぎゃあああああ!!!」



 突如、絶叫がアスレイヤの思考を切り裂いた。見れば ただの賊に成り下がった冒険者達が欲に支配された目で転移機を懐に仕舞い、用済みとばかりに持ち主を切り捨てていた。


「始まったようですね。いつでも助太刀できるように少しずつ移動します。隠れていてください」


 アスレイヤを背に庇うようにして言うオルノワに無言で頷き、離れすぎないように付いて行く。まだ二人に気付いていない賊達の背後に回り込み、オルノワは一気に飛び掛かって一人始末した。


「ぎえええええっ!!!」


 男の断末魔を皮切りに、捕らわれている者達が一斉に反撃を起こす。賊は全部で5人、護衛らしき男が一人とリムダ、フェルレインと思しき女子、知らない冒険者が一人だ。リムダとフェルレインを守りながら戦うのはかなりの負担のようだった。相手もなかなか腕が立つようで、しぶとく立ち回りじりじりと疲弊させていく。アスレイヤに出来ることなんて邪魔にならないように物陰に隠れていることくらいだ。


 動き回る人影で何がどうなっているのかアスレイヤもよくわからなかったが、リムダが生きているのは確認することができた。血を流して斬り合う男達の後ろでなんとか守られているリムダはガタガタと震えている。


(フェルレインとやらはどこだ?)


「があアアアアッ!!!」


「ぐあァっ……!!」


 叫び声にハッとして視線をやると、血を噴き出して絶命した賊の突き出した剣先が護衛の男を切り裂いていた。アスレイヤは物陰から飛び出して護衛に駆け寄り、治癒薬を取り出して振りかけた。絶命した賊が4人倒れている。あと一人がいない。


「おい、リムダ。フェルレインとかいう奴はどこだ」


「ひっ!!い、嫌だ、ひいぃぃぃぃ!!!」


 隅っこで小さくなっていたリムダに詰め寄って襟首を掴んで問い質すが、完全にパニックに陥っている。こちらを見ようともしない様子に苛立って語気が荒くなってしまう。


「お前、フェルレインはどこだ!さっきまで女子がいただろう!」


「知らない!!フェルレインはさ、さっきまでいたけどいない!知らない!!」


「リムダ!!」


 滅茶苦茶に暴れてアスレイヤを振り切り逃げるリムダを追いかけようとしたときだった。


 ―― ヒュッ!


 鋭く風を切る音にすんでのところで反応できたのは、早朝訓練の賜物だったかもしれない。


「おや、避けた」


 表情の抜け落ちた顔で剣を向けたオルノワが、酷薄な笑みを浮かべた。


「何故……オルノワ卿」


 僅かにかすめた切っ先が首筋に赤い筋を作っている。アスレイヤは傷がじわりと熱を持つのを感じながら、目を見開いたままオルノワから目を逸らすことができなかった。ふと背後で魔力の動く気配がし、目の端で辛うじて捉えられる位置にいたリムダと護衛の二人が転移したことがわかった。


 ―― 転移できるということは、ここは9階層よりも深部なのだろうか。


 もうわけがわからないがそんなことに構ってられる状況ではない。アスレイヤは剣を抜いて握りしめ、力を込めてオルノワをぐっと睨みつけた。


「ふっ」


 嘲笑だ。じりじりと嫌な空気がアスレイヤへ向かってくる。均衡を保っているのではなく、明らかにアスレイヤは圧されていた。軽やかにオルノワが地を蹴る。


 ―― キィィン


「ぐっ」


「おやおや頑張りますな」


 一撃を剣で受け、その重さに手が痺れる。何度か剣を合わせ、アスレイヤは踏み込んで攻勢に出た。


 ―― ガイィィン


「ふん、どうしたことか。少しは出来るようじゃないか」


 けれどアスレイヤの渾身の攻撃は軽く往なされてしまった。


「今更どうしようと無駄ですがね」


 そう言って攻撃に出たオルノワは強かった。素早い突きと軽い斬りつけで避けることもできずにされるがままの撫で斬りにされ、アスレイヤは戯れに切り刻まれているのだと悟った。遊ばれているという事実に腹が立ったが剣だけは放したくなかった。

 ガシャンと音がしたと同時に、ガッと首を掴まれる。気付けばすぐそこにオルノワの顔がある。怒りに満ちた目でアスレイヤを見て、アスレイヤにはどうしようもないことを責め立てて言った。


「お前さえいなければネフライヤ様はベルメロワに帰ることもできた」


「グッ……オルノワ、卿……」


「クレットの邸で心穏やかにお過ごしになれたものを……!」


「き、さまが、俺の護衛を消したのか。関係ない、ほかのやつの、護衛までッ!」


「お前を邪魔だと思う者が私だけだと?」


 大きな手で首を絞められまともに話すこともままならない。まるでアスレイヤには剣を使う程の価値もないと言わんばかりだ。


「母君の苦境を知りながらお前は、優秀であろうと努力もせずに我侭放題の愚行ばかりであの方を更に苦しい立場へ追いやったのだ!ネフライヤ様のお気持ちは如何ばかりか……本当にお可哀想だ」


「かはっ……」


 ぎりぎりと首を絞める手に力が込められていく。


「まあそんなことはいいんです。せっかく巡ってきた好機だ、活かさない手はない」


 息を吸おうとしてもスカスカの何かが喉をヒューヒューと鳴らすだけだ。


「私が責任持ってお伝えしておきます。アスレイヤ様が撤収勧告の出ていた迷宮に無理に入られたのを見たと。普段のあなたの振る舞いから皆容易く想像できるでしょう。そして自然に考えますよ」


 酷い耳鳴りが頭に響いている。耳鳴りをすり抜けてアスレイヤの中へ入りこんでくる言葉を聞きながら、どこか遠い出来事のように オルノワのぶれ始めた輪郭をぼうっと見ていた。


「アスレイヤ様は迷宮で死んだのだと」


 一切の音が消えた。

 目の前には憎悪に燃えたオルノワの双眸がある。


「お前さえいなくなれば、ネフライヤ様はすぐにでも離婚して故郷へ帰ることができる。シグレイス伯爵も、望む相手を正式に妻にすることができる。すべてはお前がいるから皆が不幸になっているのだ!」


 視界が真っ白に塗りつぶされていく。



 ―― 知っている…… そんなことは。



 さっきまで息が出来ずに苦しかったというのに、今は身体が軽くなってふわふわと浮かんでいるような心地よさの中にいる。


 ―― このまま眠ってしまえば……


 アスレイヤの白く霞んだ視界の遠くに黒い影が落ちた。その影は徐々に大きくなり、しかも凄い勢いでこちらへと向かってきている。


(なんだあれは。こっちに……)


 相当な大きさだ。岩の塊のような何かが飛んできている。


「ぁ…… 危ない!!」


 ―― ドオォォォン!!


 石造りの床にめり込むほどの重量を持った何かだ。咄嗟に作った障壁で押しつぶされるのを免れたアスレイヤが どうにか這い出してみると、それは何か生物で、鱗があって、蛇のようにとぐろを巻いていて……両端に付いた頭をふたつ重ねて突き刺され絶命した、双頭の蛇である。これはまさしく。


「8階層の守護者!」


 探索記録に書いてあった通りだ。

 オルノワがどうなったのか探るのも忘れてアスレイヤは考え込んだ。


「どういうことだ。守護者が倒されたから転移機が作動したのか?いったい誰が……」


「……うるせぇなぁ」


 オルノワとは別の 低くも高くもない掠れた声がアスレイヤの頭上から落ちてきた。心底鬱陶しいものをつまみ出すような、そんな色の声だった。



*******



 その男はどう見ても普段着の延長でしかない恰好でそこに居た。仕立ての良いような、そうでもないような、普段着のような、正装のような、いまいちよくわからない服は少しよれている。テキトーに撫でつけたパサパサの白髪交じりの黒髪は乱れ、目の下には深い隈が彫り込まれて今にも死にそうな顔をしているが、若いのかいい歳なのか判別できない不思議な顔立ちをしている。

 何日もろくに寝てないような血走り気味の眼をぎょろりと動かし、焦点が合ってるのか怪しい眼でアスレイヤを睥睨して言った。



「てめーらアレだろ、駆け出しの……泥棒」


「……なんだと」


 絶命した双頭の蛇に腰かけて見下ろす不遜な男は、呆れたようにわざとらしいため息を吐いた。


「自覚なし。なってねえ。なってねえんだよこーれーだーかーらーシロートさんたちは。てめーら荒らしてんだろがよヨソんちの、墓をよ……。ま、好きなだけ荒らしてくれや」


「ふざけたことを。俺が墓荒らし?」


「ココを何だと思って来てんの」


「迷宮……だろう」


「は! っん、だそりゃあ。ま、迷路みてーになってっけどよ……ココはな。墓、なんだよ」


 はか……墓。やはり墓で間違いないらしい。しかしそれが本当ならいったい……


「……誰の」


 誰に問うでもなくこぼれた呟きを男は聞き取ったのだろう。

 アスレイヤは、彼がニタリと口を大きく歪ませて笑ったのだと思った。というのも光の加減で顔が黒く塗りつぶされて表情がわからなかったのだ。真っ黒な影に裂けてできた口がゆっくりと動くのが見えた。男が声を出して言ったのか、囁くように言ったのかはっきりしないが、それは何故かよく通った音で聞こえた。



 ―― カ ミ サ マ の



 その瞬間、足元が崩れ落ちた。


「なんだ!?」


 轟音と共に石の床も壁も鉄柵も飲み込まれていく。地面を失ったアスレイヤは頭から真っ逆さまに落ちていった。


(なんだあれは!!)


 真っ暗な地の底に何かが蠢いている。



 ―― オオオオオオ、 ォォォォオオオ”オ”オ”!!!



 それは数千もあるかという腕だ。

 深淵の更に奥から無数の腕が触手のように伸びあがり、凄い勢いでアスレイヤをすり抜けて目を血走らせた男へと向かっていく。よれた服を着崩した男はどこから取り出したのか、自身の背丈ほどもある分厚い剣を軽々と構えてぶんと振った。


 ―― ゴウッ!


 物凄い圧がアスレイヤに襲い掛かる。


「……ッ!! はぁっ!!」


 ブチブチとちぎれた無数の腕が飛び散り迸る鮮血が視界を紅く染めた。腕は粉々になって霧散し、また新たな腕が深い闇から這い出てくる。



「死ねると思うなクソカスがよぉォォォォォォォオオオ!!!!!!!」


 謎の男は魔力とは違う何か、凶悪なものを纏って地の底へ飛び込んだ。男の動きを追って真っ黒い何かが 大量の蟲の羽音のような音を立てて纏わりついている。


「……は、」


 その熱量に圧倒されてアスレイヤは身動きできず、ただ落ちていくだけだ。



「おおおおおおあああああらぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 ――― オオオオオオ…… オオオオ”オ”オ”オ”オ”……



 男と無数の腕を持つ化物はアスレイヤを無視してすり抜け、深淵の狭間で死闘を繰り広げた。

 ほとんど全ての腕を引きちぎられた禍々しい化物が 紅い血を噴き出しながら男へと襲い掛かる。その姿は時折、何かとても神々しいものに見えるのだが次の瞬間にはおぞましい化物にしか見えなかった。化物は男の振るう剣に圧されながらも反撃し、武器を壊し、ついに謎の男を袈裟斬りに裂いた。


「があああああ”あ”あ”あ”!!!!!」


 それと同時に、男の折れた剣が化物の中心を抉る。


 ――― ウオオオオオオオオオオ


 凄まじい咆哮が轟き、斬られた男の傷口からどろりとした黒いものが溢れ出る。抉られた化物はブルブルと身体を震わせ、破裂した。


(なんだ、いったい何だ、何が起きているんだ)


 辺り一面が真っ白になり、真っ暗になり、また真っ白になった。吹き荒れる風のせいで何も聞こえず目も開けることができない。アスレイヤは嵐が過ぎ去るのを待つことしかできなかった。



 どのくらい時間が過ぎたかわからない。ひょっとしたら少しの間、気を失っていたのかもしれなかった。

 アスレイヤが目を開くと、石造りの何もない天井の高いただの部屋が広がっていた。上から落ちてきたと思われる瓦礫と、先程オルノワ達が倒した賊の遺体がバラバラになって散らばっている。あまりに現実離れした光景で、夢でも見ていたような気になっていたが 夢ではなかったのだ。


「お、 オルノワ卿……?」


 彼がどうなったのかわからない。


「そうだフェルレイン!」


 賊の一人もまだ残っていたはずなのだ。


(探さないと)


 アスレイヤが立ち上がって周囲を見回したとき、その不吉な音は響いた。


 ―― シュゴッ


「……?」


 音のした方を見遣れば、石造りの床の隙間からどす黒い靄が噴き出ている。


「これは」


 ―― シュゴッ


 ―― ゴッ


 あちこちで魔瘴が噴き出し始めたのである。





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