第15話

 ギルドで請けた毒採取を終わらせた二人はウィッツィの湖まで戻り、復習も兼ねて薬草採取をぼちぼち進めていた。次々と効率よく薬草を見分けて採取し鑑定するアスレイヤの様子は最初の頃の不慣れさを感じさせない。もともと努力家なこともあり、薬草や毒草、獣などの基本知識を日々自習しているらしく、実物と書物で得られる情報との違いによく驚いている。


(ギルド職員に掛け合えばそろそろランク上がるよな、たぶん)


 二人が請けている毒採取の依頼がEランクなのは浅部でも採取できる品質を問わないものだからだ。高品質の毒採取はDランクの上位から正式に請け負うことになる。ジェネットがレイブラッサムの依頼を出してきたのも、アスレイヤのランクを上げて、シルガに判断を任せても大丈夫だという意味があったからかもしれない。

 だがランクを上げて討伐依頼を受けるのはまだ不安要素が多かった。シルガは雇われる切欠になったウォーハウンドの件が引っ掛かっているのだ。


(6頭群れなんて危険区域の割と奥まで入らないと出くわさないだろうに……)


 シルガがアスレイヤを見つけた場所は入口近くで、深部から移動したような形跡はなかった。


 アスレイヤは魔法と魔道具作りに興味があるらしく シルガもそれについて楽しく話している。理解が速いうえに質問の仕方も上手いので、それで気付かされることも多い。アスレイヤの知識が不十分だったのは周囲に何か問題があったんだろうとシルガは勝手に解釈した。

 魔法にあれだけ関心があるのに自分に向いてないと判断し、剣で身を立てることを決めた思い切りの良さ。ただの短絡的な子供の判断にも見えるが、心から望むことに見切りをつけて全く別方向のものに打ち込むことは難しい。シルガは 武器を失っても怯むことなく諦めず、闘志を燃やして敵と対峙していたアスレイヤを思い出した。護衛がいるとはいえ、ああまでして戦えるものだろうか。


(生来の狂戦士は敵の引きがいいのかもしれない)


 休む間もなくキラビットと戦っていた昨日の様子は、そんなに悪くない気がした。ひとつも素材を卸せそうにない惨状からアスレイヤは徐々にコツを掴んでいた。敵をよく観察し、相手の呼吸の間や動きの癖を見出して急所を突く、素晴らしい動きができていたのだ。


 戦士になるのであれば できるだけ力になりたい。剣は無理だが戦士に必要な魔法、こと防御に関する魔法は使いこなせるようになってほしいものだ。そのためにも魔力制御と魔力強化は必須である。しかし、今のようにシルガが魔力を奪っているのではアスレイヤにとってあまり効率がよくないのではないかと思い始めている。魔力を奪う勢いが激しく、今のアスレイヤが魔力制御で防げるようなものではないのだ。

 アスレイヤの魔力制御は魔道具の扱いを見ると上達しているのがわかるが、これは彼の地道な積み重ねによるもので、毎夜の訓練によるものではなさそうだと疑問に感じていた。


(アスレイヤがわかりやすいように意識して魔力を奪うことができればいいけど、今のとこ俺もそこまで自由自在に制御できないんだ)


 冒険者ランクを上げて討伐依頼を請ける前に、今より魔法を使えるようにしておきたい。

 しばらくはアスレイヤから魔力を強奪するとして、制御の訓練はほかに何か用意する。キラビットみたいなEランクでも倒せるような獣を狩って実践での魔法に慣れたらEランク上位の討伐依頼を請ける。ランクを上げるのは様子を見てその後だ。Dランクに上がると迷宮に入ることが出来てしまうのだから慎重にならざるを得ない。


(アスレイヤは戦闘で孤立しがちだ。今日はまずそれを自覚してもらう)


 採取依頼の提出分を最終チェックでまとめて鑑定魔法で確認しながらシルガはアスレイヤに尋ねた。


「学院では戦闘訓練なんかはしてるのか?」


「ああ、魔術学部と騎士養成科の合同でしたりそれぞれ単独でしたり色々だ」


「アスレイヤはどっちなんだ?」


「……今のとこはまだ分かれてない。はっきり分かれるのは春からだ。俺は騎士の方に進む予定だ」


「魔術学部って言っても色々あるだろうに」


「分かれてからは単位制になる。騎士養成科でも魔術学部の授業をとれるし逆も可能だ……滅多にないがな。それぞれ目指すものに必要な学科を自分で選択して進級に必要な単位数をとる。ただ、必須科目がそれぞれあるからそれを落とすと留年だ」


 冬期休暇中にギルドに登録して活動するのは今後の方針を決めるためというのもあるそうだ。冒険者活動時に組んで長く続いた仲間とはそのまま学院でグループになることが多い、と聞いてシルガは不安を覚えた。


(……アスレイヤはどうするんだろ。ぼっちにならないといいけど)


 アスレイヤは騎士養成科に進んで必須科目と魔術学部の授業を取るつもりらしい。授業はいくつでも取っていいが興味あるからといって何でも取ると、課題がどれも中途半端になってしまって成績評価が残念なことになりかねない。


「学院のことは何も力になれそうにないな」


「べつに。そんなもの期待してない。学院のことは自分でどうとでもできる」


 それは頼もしい限りだ。


「そうか。それならいいんだ」


 シルガは集めた薬草を収納鞄に納めて微笑んだ。


「それじゃ、午後のメインに取り掛かろう」


 昨日アスレイヤに狩らせたキラビットで作った獣寄せは人が来なさそうな場所を選んで数か所に仕掛けてある。餌の少ない冬にあれだけキラビットを狩ったから結構効果があるはずだ。


「君が前衛で、俺は後衛。けどしばらくの間 俺は、君にパーティーから叩き出されるギリギリの働きしかしない」


「支援に徹するってことか?」


「学院の魔術士候補生がどの程度かわからないけど、発動までもたもたして威力もそんなに無い感じを目指してみるよ。使うのは身体強化と結界魔法とちょっとした攻撃魔法。主に支援だな。それを前提に君は好きなように指示を出して好きなだけ戦ってくれ」


 二人は細い木々の間を縫って進んだ。背の高い白い木は葉が落ちて寒々しく枝を伸ばしている。葉のついた別種の木が所どころ濃い緑を添え、足元には枯葉が積もり 丈の低い草が茂っている。木々の間が広いので移動はそこまで苦労しなかった。

 ざくざくと音がするのも構わず草木を踏みしめ、シルガはきょろきょろと周囲を見回した。通り際にいくつか仕掛けが荒らされているのを見たので何かしら近くにいそうだ。


「さて何が釣れるかな」


「…………」


 この近辺で出そうな肉食獣なら昆虫型か四足か……小型~中型の群れるタイプが多いので撒き餌だけじゃ餌が足りない。動く生き物を見つけたら襲ってくるだろう。

 鼻歌でも歌いそうなワクワクしたシルガの様子にアスレイヤはジト目で睨んだ。


「俺を戦闘狂扱いしておきながら……ずいぶん楽しそうだな」


「え、何か言ったか?」


 のんきに振り向くシルガの先に動く影がかすめたのをアスレイヤは見逃さなかった。

 アスレイヤが剣を構え前に出ると同時にシルガは魔力を纏って後方に下がった。シルガはもたもたと時間をかけて、脆そうな薄い防御壁をアスレイヤにかけた。


「……癪だが同学年の生徒なら上位でもそんなものだ」


「そうか。じゃあこんな感じで頑張るよ」


 二人が張り詰めた空気を纏う中、出てきたのはオーズバグ2体。

 体長120㎝~150㎝程度の肉食の昆虫型六脚獣で一度獲物と定めると集団で襲う。飛行型ではないが6本の脚であっという間に距離を詰めるので、取り囲まれると反撃できずに餌にされてしまう。Dランク中堅数人で討伐を請け負う獣だ。


「少ないな。はぐれのやつか?」


「あの2体は斥候だよ。俺達が餌になれるか様子を見に来たんだろう」


 安全面を考慮して、シルガは普段通り索敵した。

 2体のオーズバグはそろそろと節のある脚を動かし、いつでも俊敏に動くための準備をしている。胴がぶれず脚だけ動くので生物の感じがしない。まるであの世界の機械のようだが、大きな4つの目は二人の動きを封じるぎらぎらとした獲物を見る目だ。ぴこぴこ動く二つの触角は全く可愛げがない。


「あの後方に左右に分かれて3体ずつ、更に後ろに4体で、全部で12体だな」


「倒すのか!? 12体全部!」


「ほら、君はすぐ敵を殲滅することを考える。これだから狂戦士は……全部倒すわけないだろ」


「……」


 アスレイヤはイラッとしたが我慢した。


(斥候の2体を叩いてしまえば他は引き上げるってことか)


 剣を構え直して腹に力を入れる。


「俺が2体引き付ける間に攻撃魔法の準備だ!」


 そう言うとアスレイヤは勢いよく地を蹴り、片方のオーズバグに斬りかかった。


(何故いつもそう突っ込んでいくんだろう)


 シルガはわざと時間をかけて魔法を使うが、アスレイヤが怪我をしないか注意深く様子を見る。魔法を使うことよりそっちの方が神経をすり減らす。

 オーズバグが鋭い歯で攻撃するのを躱し、もう片方が前脚で攻撃するのを軽くいなす様子は、少年とは思えない頼もしさだ。アスレイヤの呼吸が途切れるのを見計らって突進したオーズバグをシルガは申し訳程度の攻撃魔法で跳ね返した。その隙をついてアスレイヤが追撃で斬り込むと、もう一体のオーズバグはシルガに向かって猛スピードで走り抜けた。


「! しまった!」


 勢いをつけて後衛へ距離を詰めたオーズバグは二撃目の攻撃魔法に取り掛かっていたシルガの身体を薙ぎ倒す。


「おい!大丈夫なのか!?」


 焦って後ろを振り返ろうにも目の前の敵の攻撃が激しくそうさせてもらえない。アスレイヤの左側から繰り出された前脚の攻撃を体勢を低くして避け、浮いた中脚を節から切断した。脚を失い少し慎重になった敵の空気を察知して後方へ移動しようにも、更に前方から3体がそろそろと近付いているのを目にして動くに動けない。どくどくと聞こえる自分の心音がアスレイヤの焦燥を煽る。ぴんと張り詰めた神経が後方で動く獣の音を捉えた。


(囲まれた)


 かなり離れた位置にいた3体のオーズバグは木の葉が揺れるような音をたて、あっという間にアスレイヤの目前に迫っていた。全部で5体、20個の目が、アスレイヤを肉の塊として見ていることに背筋が冷える。

 新たに加わった3体のうちの1体が鎌状の歯で突き上げるのをアスレイヤは後方に跳んで躱した。後ろの1体が胸部を立てて長い前脚で薙ぎ払うのを地面に転がって避けたが体勢を立て直すのが少し遅れた。気付けば前後左右を囲まれ退路がない。回り込んだオーズバグは鋭い針のついた前脚をアスレイヤ目掛けて振りかぶった。アスレイヤは咄嗟に剣を構えて防御したがかなりの衝撃だ。剣を握る手に力が入らないのを無視してグッと脚に力を入れる。


(――くそっ、こんな敵に……)


 飛び掛かってくるオーズバグがアスレイヤの視界をかすめた瞬間、凄い質量の魔力がそれを弾き返した。すぐ後ろに他人の気配がある。弾き返されたオーズバグは身体と脚を丸めて地面に転がった。


(ピホポグラッチウォーリア2世……転移してきたのか?)


 アスレイヤを取り囲んでいたオーズバグ達はそろそろと後退り様子を見ている。背後に感じる圧倒的な魔力にぞっとしてアスレイヤが身動きできずにいる間、諦めきれない2体が攻撃を仕掛けてきたが、魔法展開式が一瞬見えたと同時に頭部から胸部にかけて腹側から切り裂かれ絶命した。

 オーズバグの群れはあっさりと撤退した。3体の死体が転がったことで諦めがついたようだ。


「……」


 まだ動けないでいるアスレイヤは、後ろを振り向いてローブを剥ぎ取りたい衝動に駆られていた。シルガがどんな表情をして魔法を使い、敵を倒しているのか無性に知りたくなったのだ。


「前衛が離れると後衛はあんな感じでやられるんだ。離れなくても狙われやすいが。そうするといつのまにか後ろを取られて囲まれてフルボッコ。君が単独でも他にメンバーがいても、みんな餌になってたな」


 魔力をふっと霧散させ普段通りの静かな声で話すシルガに、アスレイヤはばつが悪そうに答えた。


「あんなにあっけなく後衛が崩れるとは思わなかったんだ」


「魔法はあの程度しか使わないって先に言ったじゃないか。あれじゃ足手まといだから叩き出すかな。それはそれで親切な判断だとは思うが、一番の原因は君が俺との距離と敵の移動速度を考えずに突っ込んでいったことにある……一撃で倒せるならそれもありだけど。後衛があの程度でも、オーズバグ2体なら協力すれば倒せる。群れに襲われる危険を回避できるんだ」


「……」


「最後まで諦めずにひたすら戦う姿勢には感服するけどこっちはヒヤヒヤするよ。いきなり突っ込んでいくのはやめよう」


 シルガはずっと疑問に思っていたのだが、アスレイヤはあんな獣を前にして怖いと思わないのだろうか。恐怖心が機能してないのだとしたらそれは問題がある気がする。


「後衛がもっと優秀ならどうなんだ」


「優秀な後衛を入れるのはいいが、そういないし、その人に頼りきりになって慣れると危険だ。でも一番面倒なのが……主導権を握られることだな」


「そんなの、メンバーに入れるときに余計な指示をしないと取り決めればいいんだ」


「二人の間では成り立つかもしれない。でも他にメンバーがいるならより優秀な方の指示に従う。君が求める働きをする後衛は、たぶん君より優秀だ。うまく信頼関係を築くことができるならいいが大抵はそうならない。いつの間にか君の方が指示される立場になって、指示がぶれて連携がうまくいかなくなって、結果的にパーティー全体を危険に晒すことになり、責任は君持ち。パーティーリーダーが主導権を握っておくのは重要なことだ」


「……俺は単独でやるからいい」


 久しぶりに見たアスレイヤの不貞腐れたぶすくれ顔にシルガは思わず笑ってしまった。


「アハハ! なんか懐かしいなその表情かお、俺けっこう好きだよ」


 笑うシルガを睨むアスレイヤの視線が冷たい。


「ふん! 貴様はいつもそうやって俺を……」


「ごめん、機嫌を直してくれないか」


 シルガは背を屈めてアスレイヤと視線を合わせ、キラキラ輝く赤銅色の髪に触れた。一瞬アスレイヤの動きが止まったのをいいことにわしゃわしゃと撫でる。


「君の好きなように思う存分戦えないのは損だと思わないか?数人で活動すればより強大な敵に挑める。役割を分担して君の身体の一部のように人を動かして……他人と協力して強敵を下す。一人で戦うのとはまた別の、楽しい戦いができそうだろ」


「俺が楽しく戦いたい前提は何なんだ? そんな戦闘狂じゃないぞ……貴様の勘違いだからな」


「戦闘狂はみんなそう言う」


 酔っ払いも酔ってないって言うし……


 と思ったところでシルガはアスレイヤの髪を勝手に荒らしていることに気が付いた。手袋越しでもわかるツヤツヤとハリのある髪は太陽の下で赤味を帯びた金色に輝くが、光の加減で黒檀にも見えるゴージャスさだ。自分から意味もなく他人に触れたのはこれが初めてではないだろうか……とか考えていたら完全に手を離すタイミングを失っていた。


「……なんで俺は君の頭をなでてるんだろう」


「知るか! そ、そうだ、いつまでそうしてるつもりだ、無礼な!俺を犬とか猫と一緒にするな!」


「犬と猫、か。どちらも甲乙つけがたい魅力があるよな」


「だ っ た ら な ん だ !」



 最終的にシルガが雑に倒したオーズバグは3体。

 採取部位はたくさんあるが、きれいに採れそうなのは顎部にある鎌状の鋭い歯、前脚の先にある針、胸部の背甲くらいである。


「これを俺が解体するのか……」


 アスレイヤはものすごく嫌そうな表情をしていた。





 オーズバグの解体が予定よりかなり遅くなってしまったので二人は白狸亭へ直帰した。

 おや……と、本日休業の札を見る。


「何かあったのかな?」


「店主がいないが部屋は使って問題ないだろう。俺は疲れた」


 シルガは慣れた手つきで夕食の準備に取り掛かった。今日のメインはパイシチューだ。たくさん狩ったキラビットをきのこと野菜と柔らかく煮込んでデミグラスソースで仕上げた。煮込み料理はたくさん作って冷凍しておけば楽ができるのだ。あとは適当に食べられる草を採集してサラダを作った。デザートはアイスクリームを器に盛って果物と生クリームでデコレーションすればちょっとしたパフェである。


(店主の分も一応とっておこう)


 せっせと食べるアスレイヤの様子は微笑ましい。今なら異世界の自分が料理に嵌まる気持ちが少し理解できる。


「アスレイヤ、疲れてるなら今日は……」


「夕食後はいつも通りだからな!俺を待たせたら許さないぞ」


「わかった。うっかり寝ないように気を付けるよ」


 子供の体力はタフだな、と思いつつ、今後の魔力制御の方針を見直すべく、シルガはルーンシェッド大森林の家に一度戻ろうかと思案した。

 明日までに家に戻って役に立ちそうなものがないか漁る。ついでに危険区域に生息するカウロックスの群れを探してミルクを少し分けてもらうのだ。バターとミルクと生クリームは消費速度が半端なかった。


(今日は早く寝て、日の出前にちょっと出かけよう)


 不安なのは……久しぶりの我が家がどうなってるか、だ。生ものは放置してないはず。たぶん。




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