第12話 S級探索者
「その話が本当なら、それこそ俺の助けなんて必要なくないですかねぇ?」
S級探索者なら俺以上に適任だろ。
俺がそう聞くとエリオが苦笑いを浮かべる。
「いやぁ、あははっ……
「……ぅ……んぅ」
メイドさんが顔を伏せたまま起き上がらない。
表情は見えないが、まだ泣いているのだろうか。
「というかこの人、さっきからずっと泣き崩れたままだけど大丈夫なんですか?」
メイドさんに心配して近づくと、エリオが問題ないと手を振った。
「この人は君の想像してる様な、そんなやわな人じゃないから心配するだけ疲れるよ」
エリオのメイドさんへの当たりが強い。
見た目に反して鬼畜な性格なんだろうか。
「ほら、有栖さん。いい加減起きなよ」
「ひっ………、ぅぃ………」
エリオがしゃがんで、メイド姿の有栖さんを後ろから引っ張って抱き起こす。
「……あぁもう、有栖さん。またお酒飲んでますね。あれだけ何度も酒癖悪いんだから止めろって、僕が注意してるじゃないですか」
起こされた有栖さんの片手には、ストローが刺さったカップ酒が握られていた。
いつの間に持ってたんだ?
「えっ、お酒?……って、酒臭っ!?」
あまりの酒臭さに鼻をつまむ。
昔、父さんが酔い潰れて帰ってきた時の臭いにだ。
未成年が飲んでいいのかよ。
「……いや、でも本当に助かったよ。この人ったら、探索中に酔っ払って使い物にならなかったんだ。いい年した大人なのに本当に困った人でね」
俺の視線に気付いて、エリオが有栖さんの状態を話す。
エリオの話しぶりからして成人してるみたいだけど、ダンジョンで酒を飲むとか、とんでもないアル中じゃないか。
起きて下さいと、エリオが容赦ないビンタを有栖さんに喰らわせる。
起こし方が雑だな。
いや、親しい間柄だからこその接し方と見るべきか。
「え、エリオ様?」
見た目は美少女の残念アル中と分かった有栖さん。
起き上がったはいいが、足元がおぼつかない様子だった。
この様子だと彼女が顔を真っ赤にしてフラついていたのも、酔っ払っていたからだと納得する。
泣いてたのは、酔って感情が制御出来なかったからか。
喉を鳴らして泣いてたと思ってたけど、実際は隠れて酒を飲んでたみたいだし、とんでもないメイドさんがいたものだ。
「そう言えばまだ自己紹介してなかったね。僕は
エリオに握手を求められたので握り返す。
「ぐふふ。俺は風間風太、15歳。同い年なら気軽に風太と呼んでください」
ニキビができた鼻を、空いた手で照れ臭そうにかく。
人前で自己紹介するなんて、中3のクラス紹介の時ぶりだな。
「よろしく風太。同い年なら敬語はいらないね。風太も僕と話す時は、タメ口と呼び捨てでいいからね」
「分かった」
陽キャラとはこういう奴の事なんだろうか。
距離感が近くて会ったばかりなのにフレンドリーだ。
しかしこうして間近に見ると本当に美形だな。
線の細い低身長だからショタっぽいけど、身長が伸びたら女子が思い描く理想の王子様になるだろう。
「は、初めましてっ……私は
酔っぱらいが空っぽのカップ酒を上に掲げて会話に入ってきた。
「有栖さん。ここは居酒屋の飲み会じゃないよ。これからダンジョンのボス討伐しに行くんです」
「えっ、お酒は? ドンペリと可愛い子はいないんですか?」
「ここはキャバクラでもありません。しっかりして下さいよ。こうなるからお酒は控えろって何度も言ってるのに……」
頭が痛いといった風に、片手を額に当てるエリオ。
2人の会話で有栖さんのダメさ加減がよく分かる。
エリオたちを見つけた時の会話も、今みたいに酔った有栖さんをエリオが叱ってたようだ。
俺は2人の掛け合いを見ながら、ボス討伐を一緒にするか迷った。
最初は断ろうと思ってたけど、2人に悪意があるとは思えないのだ。
俺を騙す気ならもっと上手な方法があるだろうしな。
それにこっちから共闘を提案しといて、俺から断るのは気が引ける。
そう思って俺は、ボス部屋に行く前にお互いの実力を確認しようと提案した。
結局は、エリオがコボルトの上位種を倒せる実力があるかどうかの問題なのだ。
「ぐふふ。俺たちは会ったばかりだろ。互いにどういう風に戦うかとか、知っとかないとボス討伐する時に困るんじゃないかな?」
俺がそう言うとエリオは快く受け入れてくれた。
「それもそうだね。有栖さんも一応起きた事だし、レッサーコボルト相手だけど、互いの実力を知っといた方がいいよね」
まあ、俺はスカーの存在は隠して戦うつもりだけどね。
「はいっ……私も一緒に行きます! 給料分の働きはしますので、よろしくお願いします!」
元気よく返事する有栖さん。
酔っ払いが大丈夫なのかと声の方を向くと、有栖さんの姿が一瞬で消えた。
前動作すら感じさせない無音の俊足移動。
「……っ」
「おっ……とっと」
隣から声がしたのでそちらを振り向くと、有栖さんがいつの間にか隣に移動してつまずきかけていた。
酔ったせいで移動した勢いを殺せていなかったが、声が聞こえるまで気配すらつかめなかった。
これがS級探索者なのか……。
そんな戦慄を味わっている俺をよそに、有栖さんが足元をふらつかせながら、馴れ馴れしく肩を組んできた。
「えへへっ。風太く~ん……お姉さんに、ちょっとお金貸してくれませんか? 次の競馬で勝ったら、あとで倍にして返しますのでっ!」
俺と同じくらいの背丈で密着した為、清楚なメイド服に不釣り合いな胸が肩に当たる。
その感触が少し嬉しかったけど、話してる内容が最低だった。
あっ。この人、筋金入りのダメ人間だ。
直感スキルもないのに、有栖さんがダメ人間だと俺は理解した。
もちろんこの後、金銭の貸し借りはしなかった。
俺とエリオは1階層の道を戻ることにした。
レッサーコボルトと戦って、互いの戦闘スタイルなどを知るためだ。
ちなみに有栖さんは千鳥足で俺たちの後ろを付いてきた。
エリオ曰く、絡み方はうざったいけど、これでも女性だから部屋に置いとくわけにはいかないそうだ。
俺としても有栖さんと離れたら、エロゲ選択肢スキルが発動してしまうかもしれないから賛成だった。
「なあ、エリオ。この人は本当にS級探索者なのか?」
歩きながらエリオに話を振る。
さっきの有栖さんの俊足移動や気配の消し方は目を見張るものだった。
会ったばかりの相手に個人情報の塊であるステータを見せてとも言えない。
見聞きして得た情報から相手の実力を推し量るしかない。
それでも信じきれない駄目さ加減が有栖さんを胡散臭く感じさせるのだ。
「あれれ? お姉さんの頼みは無視ですか!?」
有栖さんが煩い。
会ったばかりだけど、いくら年上でもこの人を敬う気持ちは持てないぞ。
「実力は確かだよ。ただし目を離すと酔っぱらってるか、酒が切れてかけて鬱になってるだけでね……」
エリオが過去を振り返って疲れた表情になる。
この様子だと、これまでも有栖さんが色々やらかしてきたみたいだな。
「エリオ様、ご安心ください! 最速の探索者と呼ばれたこの私にお任せください!」
有栖さんが豊かな胸をポンと叩く。
「……でも、婚期は遅れてるんですよね。親から結婚しろって催促されるし、借金取りからは金を催促されますし。うぅ……私、S級探索者なのにどうしてこんな目に?」
自信満々だったのに、急に暗い話をしだした有栖さん。
顔色も雰囲気も暗くなって足取りも重くなっている。
早速、鬱になってしまったようだ。
エリオの言う通り実力はあっても、こうも情緒不安定ならボス討伐を一緒にするのは無理だな。
俺とエリオはそんな有栖さんを無視してレッサーコボルトを倒しに向かうのだった。
エロゲ調教師はダンジョンへ行く〜選択肢に振り回される俺の非日常〜 @6-sixman
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