第10話 調教部屋スキル

 光苔に照らされて伸びた影が歪む。

 俺の影だったものが切り離され、足元に広がり波打つ様に動いた。


 洞窟の地面。

 俺の前方方向に、2m四方の影穴が出来上がる。

 影穴は底が真っ暗で、上から見ても深さが分からない程だった。


「どうだ。これが新しく取得した調教部屋スキルだぞ」


 調教部屋スキルは、SP3で取得可能になるジョブスキルの一つだ。

 具体的なスキル効果は実際に使ってみないと分からないが、エロゲ調教師の勘がこれを取得しろと囁いたのだ。


 信頼感のうっすいジョブだがその力は本物だった。

 だからこの調教部屋スキルも、なんだかんだ役に立つはずだ!


 昨夜と今朝のエロゲ選択肢スキルで、必要なSPは獲得していた。


 そして探索者協会のロッカールームで、調教部屋スキルを取得しといたのだ。

 その時は調教部屋スキルを使おうとしても発動しなかったが、調教下にあるスカーが現れたら発動できると感覚で分かった。


 おそらくこの調教部屋スキルも、コンディションズスキルなんだろう。

 発動条件は、調教下となったペットが近くにいる事かな?


 ただエロゲ選択肢やエロゲ調教スキルと違う点として、自動発動じゃなくて、条件下なら俺の意思で発動するか決めれる。

 俺の意思で発動できる点だけで、最高のスキルだと言えるな。


「この影の中が調教部屋になってるはずだ。さあ、スカー。入ってみてくれ」


 中がどうなってるか知らないけど、たぶん入っても大丈夫なはずだ。

 本当に入れるかどうか。そもそも入れたとして、中が安全かどうかも調べてないけどな。

 自分で試すのは怖いから、スカーがいてくれて良かったよ。


「クゥン」


 未知の影穴に、スカーも少し怯えてしまったようだ。

 俺の右足にしがみついて離れない。


「大丈夫。怖くないから。今すぐ入ったら、後で痛め付けてやるぞ?」


「ワン!」


 最低なご褒美を約束されて、スカーがやる気に満ちた返事をする。

 俺から与えられる痛みを快感に変える変態犬は、即覚悟を決めて影穴に足を踏み入れた。


 スカーの足先から頭まで、一瞬で影穴に沈んでしまった。

 見た目、落とし穴に落下してしまったように見えたが、果たしてスカーは無事なんだろうか。


 スマホをリュックサックから取り出し、タイマーで時間を計測する。

 そのまま5分経過したが、スカーは影穴から姿を現さなかった。

 死んじゃったかな?


「おーい、スカー。もう出て来ていいぞー」


 影穴に向かって声を掛ける。

 すると、ひょこり影穴からスカーが頭を出した。


「ワン?」


 呼びました?……という風に首を傾げているスカー。

 どうやら生物が影穴に入っても大丈夫みたいだな。


 念の為、スカーにスマホを持たせて、カメラ機能で中の様子も確かめた。

 影穴の中は、四畳程の白くて狭い空間だった。

 この空間が、調教部屋なのだろう。


 俺も試しに影穴に入ったが、何も置かれてない味気ない小部屋という印象だった。

 これのどこが調教部屋なのだろうか。


 それから俺たちは、調教部屋スキルを検証する事にした。


 スカーを調教部屋に入れた状態で、調教部屋スキルの発動を取り消したらどうなるか確かめた。

 俺から切り離されていた影穴は、出来た時みたいに歪むと、俺にくっ付いて見慣れた自分の影に戻った。


 1時間ほどダンジョン探索してから調教部屋スキルを発動しても、調教部屋にいたスカーは無事だった。


「調教部屋は異空間だと思うんだけど、中に空調機能でもあるのか? ……まあ、とにかくこれでスカーをダンジョンの外に出せるな」


「ワンワオーン!」


 ダンジョン探索以外でも一緒に居られると分かり、スカーは俺の周りを走り回って喜んだ。


 また、影穴にはスカーだけしか入れないのか調べたりもした。


 襲ってきたレッサーコボルトを誘導して、影穴がある地面まで行かせたのだ。

 そのレッサーコボルトは影穴を認識してたが、足を踏み入れても中に出入りできなかった。

 スキル発動者の俺の許可がないとダメなのかと思ったけど、それでも出入りできなかった。


 その結果、この影穴の中にある調教部屋には、俺と調教下にある者しか認識できず、出入りできないと分かった。


 この事実を知った時は、本当に最高のスキルだと思った。

 アイテムボックス代わりになるし、セーフゾーンとして休憩や避難所として使えるのだ。


 しかし現実はそう甘くなかった。


 調教部屋には、物単体で出し入れする事ができなかったのだ。

 着衣や所持品といった、俺たちが身に付けている物は問題ない。


 だが影穴に手を突っ込んで、中の物だけ出したり、外から入れる事は不可能だった。

 毎回、調教部屋に出入りしなければ、物の出し入れができないわけだ。


 しかも調教部屋スキルは、俺かペットとなった者が出入りする度に、HPを1消費することが分かった。

 そして調教部屋に誰か1人でも居ると、1時間ごとにHP1が消費されるのだ。


 HPとMPは、休むか寝れば時間経過で回復する。

 特に睡眠時の回復速度は速い。


 だからスカーを調教部屋に入れたまま家に帰っても、寝てる間のHPの回復速度が速いので、HPが枯渇する心配はない。


 それでもHPが10しか無い今の俺にとって、調教部屋スキルを多用するのは危険だ。


「出入り制限に、HP消費か。まあ、SP3で獲得可能なジョブスキルだしこんなもんかな?」


 俺がまだ知らない効果があるかもだけど、今のところ分かったのはこれぐらいだ。

 当初の目的は達成してるし、良しとしとこう。


「よし。気を取り直して、1階層のダンジョン探索を続けるか。そら、ご褒美だ。受け取れスカー」


「キャイン!」


 スカーの頭を思いきり叩いてやった。

 結構、いい音したな。こっちの手が痛いぐらいだ。

 言う通りに影穴に入ったご褒美だったけど、スカーは涎を垂らして喜んでくれた。


 やっぱこいつ忠犬じゃなくて、変態犬だわ。

 俺が引いた目で見てると、嬉しそうに体をくねらせてるもん。



 俺たちは順調に1階層を進んでいく。

 昨日の内にある程度の所まで行ってたので、2体出現するようになったレッサーコボルトも難なく倒していった。


 道中、俺はスカーに投球フォームを教えた。

 今日会った時に、スカーが石を投げて先制攻撃してたからな。

 素人知識だが、もっとしっかり肩や足腰に力を入れたら威力が増すはずだ。


 スカーは物覚えが早かった。

 何度か簡単な注意をして、実戦で投石攻撃させていったら、どんどん上達していった。


「……スンスン」


「おっ。もう敵を発見したのか」


 嗅覚スキルで俺より早く敵を察知できるスカーは、敵が視界に入る前に石を拾い集めた。

 洞窟の中だから武器となる石はそこら中に落ちている。

 そしてレッサーコボルトたちが、投石範囲に入ったそばから迎撃していく。


「ガル――ギャン!?」


 こちらに走って来た先頭のレッサーコボルトの左目に石が命中した。

 握りや手首のスナップを注意したおかげか、命中率が格段に上がっている。


「ナイスだ、スカー。それじゃあ俺もっ!」


 スカーを見習って、俺も後続を走る奴に石を投げた。

 石は、後続のレッサーコボルトの頭上を超えていった。


「クゥーン」


 スカーが生暖かい目で見てくる。

 うーむ。移動する的に当てるのって、思ったより難しいんだな。


 無傷のレッサーコボルトが襲い掛かって来た。


「……ふっ、いざ尋常に勝負だ!!」


 俺は小型盾と短剣を構えて、レッサーコボルトたちを倒していった。


 男なら正々堂々勝負だ。

 投石が下手でも、最後に勝てばいいんだよ。


 それに弟子は師匠を超えていくものだからね。

 むしろこれだけ上達したスカーを弟子に持てて鼻が高いぐらいだ。


 俺たちはこんな感じで1階層を進み、昼前には1階層の最奥に到着した。


「あの奥がボス部屋かな?」


 道を歩いて行くと、1階層のスタート地点と同じぐらい広い場所に出た。

 教室ほどの広さの土と砂利の部屋。

 奥の方には真っ白な大扉が見えた。


 そして……その大扉の前には先客が2名いた。

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