第9話 忠犬スカー

 翌朝、俺はいつもより早い時間にアラーム設定した目覚まし時計の音で目覚めた。

 起き上がって窓のカーテンを開けると、真っ暗な曇天のせいで外は薄暗かった。


 スマホのお天気アプリで、今日のここら辺の天気予報を見てみる。


「夕方に雨が降っちゃうのか。仕方ない。今日のダンジョン探索は、午後には切り上げて帰るか」


 昨日の内に、『コボルトの巣窟』1階層の奥まで進めた。

 今日は1階層ボス部屋まで行って、ボスモンスターを倒して、2階層の探索までする予定だった。


 時間次第だが、少なくとも1階層ボスモンスターはキリよく倒したい。


 俺はさっさと朝食を食べて出掛けることにした。

 義母さんが起きるより早い時間なので、今日の朝食は買い置き済みの菓子パンと牛乳だ。


 食べ盛りな俺には少々物足りない量だったが、できるだけ早くダンジョンに行きたかったから我慢する。


 スカーが無事かどうか、早めに確認しに行きたいのだ。


「あらぁ。風太くん、おはよう。もう出掛けちゃうの?」


 こっそり行こうと、何も言わずに玄関で靴を履いてたら義母さんに見つかってしまった。

 5時前だけど、もうこの時間に起きたのか。

 毎朝ご苦労様です!


「うん。今日もダンジョンにね」


 昨夜の夕飯の席で俺は、高校入学の日まで毎日ダンジョン探索しに行くと家族に伝えていた。


「そうなの。でも私、安心したわぁ。近頃、風太くんの様子が変だったけど、昨日はママのご飯美味しいって言ってくれたもの」


 実年齢より若く見える義母さんは、ニッコリ笑って嬉しそうに話す。

 ちなみに夕飯の席でママ呼びしたのは、エロゲ選択肢のせいだ。


 美雷と姉貴もいる中で、この歳で義理の母をママと呼んで甘える羞恥プレイ。

 姉貴たちの冷め切った視線で、背筋がゾクゾクしたぞ。


『異性との会話が10秒経過。エロゲ選択肢スキルの自動発動条件を満たしました。30秒以内に提示された選択肢の中から1つを選んで下さい』


 そしてもう慣れたシステム音声さんの声と、エロゲ選択肢の出現。

 君らは、朝っぱらから無理せず休んでもいいんだよ?



【エロゲ選択肢】残り時間:30秒

 ①「いつもありがとね。それじゃあ、いってきます」と義母さんに見送られてダンジョンへ出掛ける。

 SP0.001獲得


 ②「ママぁ。僕ちん本当はもっと甘えたかったんだばぶぅ〜。だから帰ったら、いい子いい子して欲しいでちゅ!」と親指をしゃぶりながら、赤ちゃん言葉のままダンジョンまで行く。

 SP1獲得


 ③「よし。それなら義母さんの体も美味しくいただくぜ!」と義母さんを拉致ってラブホへ出掛ける。

 SP1.5獲得



 うんうん。エロゲ選択肢は朝でも平常運転だな。

 普通に選ぶなら①だ。何事もなく出掛けれる選択肢だからな。


 だって②はダンジョンまで強制公開赤ちゃんプレイで、③は家庭崩壊待ったなしの選択肢だ。

 素人なら①を選ぶ。


 だが自らのスキルで訓練された俺は、自身の最良の選択肢を選び取る。

 今は少しでもSPが欲しいのだ。


「ママぁ。僕ちん本当はもっと甘えたかったんだばぶぅ〜。だから帰ったら、いい子いい子して欲しいでちゅ!」


 左手の親指をしゃぶりながら赤ちゃん言葉を話す俺。

 朝の和やかな雰囲気がぶち壊しだ。

 これまで適度な距離感で義母さんと接してきたけど、俺は情緒不安定なのかな?


 SP獲得の為に奇行に走る俺だったが、義母さんの懐は深かった。


「あらあら〜。風太くんは甘えん坊さんだったのねぇ。もちろん。それくらいいいわよ。気を付けていってらっしゃいねぇ」


 義母さんは変わらず笑顔のまま、俺を見送ってくれた。

 おぉ、これが母の愛情というものなのか……。


「行ってくるばぶぅ!」


 だから去り際に聞こえた、やっぱり精神病院に行かせるべきかしらぁ、という義母さんの言葉は俺の気のせいだろう。


 顔を上げて見える曇り空が、まるで俺の心と未来を表しているようだった。


 自転車を片手運転して、俺は『コボルトの巣窟』がある探索協会に向かった。



 探索協会に到着した。

 探索者は自由業だから、深夜逆転して活動する者もいる為、探索協会は年中無休でダンジョンの門戸を開いている。


 だから6時前の早朝でも、探索者協会に出入りできるのだ。


 香ばしいブラックな臭いがするけど、バックに国が付いてるからね。

 探索者協会は、国民……特に探索者の血税で成り立ってるよ!


 朝早くだから、昨日ここに来た時より人が少ないや。

 今はできるだけ人に会いたくないから好都合だ。


 俺は準備を整えると、転移魔法陣でダンジョンへと移動した。


「チュパチュパ……ふぅ、やっと左手が自由になったな」


 エロゲ選択肢の強制力から俺は解き放たれた。

 ここに来るまでずっと左手の親指しゃぶってたからな。


 近くを通った人たちの、こちらを奇異に見る視線が痛かったわ。

 まあ、誰からも話し掛けられなかったから、赤ちゃん言葉がバレなかったのはよかったけれども。


「それじゃあ気持ちを切り替えて、スカーの無事を確認しに行くか」


 俺は1階層の探索を開始した。

 8本ある分かれ道で、昨日と同じ道を行くことにした。


 出現する敵は、変わらずレッサーコボルトだ。

 昨日、何度も戦った相手で倒し方は熟知している。

 ボス部屋まで一本道なので、道に迷う心配もなく順調に進む。


「あれ? ここから2体ずつ出現するのか?」


 1時間ほど進むと、2体のレッサーコボルトが進行方向からやって来た。

 昨日より進むのが速かったけど、2体出現するのはもう少し後だと思ったのだが……。


 疑問に思うも、敵は待っちゃくれない。

 小型盾と短剣を構えて迎え撃つ。


 しかし2体のレッサーコボルトの内、後方にいた奴が突然、前を走るレッサーコボルトの後頭部に向けて石を投げた。


「ギャイン!?」


 投石は見事に前のレッサーコボルトに命中した。

 石を当てられた方は、鳴き声を上げてうずくまる。


 その隙を見逃さず、後方のレッサーコボルトが相手の喉に喰らいつく。

 なぜか同士討ちを始めた2体のレッサーコボルトたち。


 だけど喉に噛み付いた方の顔を見て、俺はこの光景に納得した。

 縦に走る右目の傷跡を持つレッサーコボルト。

 後方にいたレッサーコボルトは、スカーだったのだ。


「ガルルアァァ!」


 スカーが敵のレッサーコボルトの喉を噛みちぎった。

 煙のように消えて、1個の魔石がその場に残される。


「ワオーーン!!」


 勝ち鬨の遠吠えを上げるスカー。

 たった半日だけど、スカーは逞しくなったようだ。

 偶然、調教下に置いたモンスターだけど無事で良かった。


「スカー」


「ワン!」


 俺が呼び掛けると、野生化してたスカーが嬉しそうに応える。

 尻尾を振って近寄って来たスカーが、俺の右足に頭を擦り付けてきた。

 半日だけだけど、俺と離れ離れになったのが寂しかった様子だ。


 こういう犬が、忠犬って言うのかな。

 待ってる間も探索者から隠れてただけでなく、先ほどみたいに同族と戦って経験を積んでたみたいだし。


 あれ?

 そういえばスカーと会った時、エロゲ選択肢スキルが発動しなかったな。

 スカーと同じ俺のペットとなった美雷の時は発動したのになんでだろう。

 同じペットでも、人間とモンスターで違いがあるのかな。


「ワンワン!!」


 よそ事を考えてた俺に、スカーが構ってよと鳴き声を上げる。


「よしよし。いい子だったな。だけどいい加減、邪魔だから離れろ」


 ぞんざいに足を振り払って、スカーを離れさせる。

 褒める所は褒めるけど、距離感はしっかりしようね。

 あっ、うっかりスカーの尻尾踏んじゃった。


「キャイ〜ン」


 スカーは喜びの鳴き声を上げた。


 前言撤回。これじゃあ忠犬じゃなくて、変態犬だよ。

 称号:【被虐の目覚め】は伊達じゃないな。


 とはいえこんなのでも、貴重な戦力になり得る。

 今回は大丈夫だったけど、いつまでもダンジョンに置き去りにするのは危険だ。


 そこで昨夜から何とかしようとした俺は、エロゲ調教師が取得可能なジョブスキルの中に、良さそうなスキルを見つけた。


「よし、お前にいいもの見せてやるぞ」


 俺は既に取得していたそのジョブスキルを初めて使う事にした。

 ちゃんとスカーが離れてるのを確認した俺は、自らの影に意識を向ける。


「……調教部屋スキル発動」

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