第7話 発見と発覚

「……んっ?」


 頬にヌルヌルとした感触がして俺は目覚めた。

 どうやらあまりの痛みのせいで、軽く意識を飛ばしていたようだ。

 いつの間にかうつ伏せで倒れていた。


 目を開けると、レッサーコボルトの顔がドアップで映った。


「うわっ」


 俺は咄嗟に起き上がって後ずさった。

 しかし勢い余って、洞窟の壁に頭と背中をぶつけてしまう。


 スライムスーツで衝撃は緩和されてるので痛みはない。

 だが寝起きの光景にしては衝撃的すぎて心臓に悪かった。


 すぐに短剣か小型盾を構えようとしたが、両方とも意識を飛ばした時に手放していた。

 俺はこうなったら素手で相手してやると意気込んだ。


「クゥーン」


 そんな俺を前にして、レッサーコボルトは仰向けに寝転がった。

 しかも甘えた鳴き声で、四肢を宙に伸ばしてお腹を見せてきた。


「……服従のポーズ?」


 レッサーコボルトの思わぬ行動に足が止まる。

 それは飼い犬が、飼い主に服従している時に見せる仕草だった。

 顔を切りつけた俺に対して、それはあり得ない意思表示である。


「ワンッ」


 俺の問いに答えるように、レッサーコボルトが舌を出して元気な鳴き声をあげた。

 まるでこちらの言葉を理解しているかのようなタイミングだ。


 これまでの攻撃的なレッサーコボルトたちとは異なると友好的な態度と行動。

 起きた時に感じた頬のぬめりは、こいつの舌に舐められたせいか。


 とりあえずこのレッサーコボルトに戦う意思がないのは理解した。


「……そういえば意識を飛ばす直前に、システム音声さんの声がしてたっけ」


 俺はこの事態を引き起こした原因に思い当たった。


 あの時はちゃんと話を聞ける状態じゃなかったが、冷静になって振り返ると、だいたいの話の内容を思い出せた。


「たしかエロゲ調教スキルが、条件を満たされて発動したって言ってたはずだ」


 やはりエロゲ選択肢スキルと同じく、エロゲ調教スキルも条件達成型のコンディションズスキルだったか。

 この様子だとどっちのスキルも、対象が異性なら、人でもモンスターでも発動しそうだな。


「調教下に置いた異性は、俺のペットって存在になるみたいだけど何か変化があるのか? ……あれ? よく見ると、こいつの頭の上に変なマークがあるな」


 服従のポーズをしたレッサーコボルトの頭上に、黒の逆三角形のマークが出ていることに気づいた。

 そのマークを注視すると、目の前にステータスウインドウが出現した。



 NONAME

 ジョブ:レッサーコボルト

 HP:0/5

 MP:2/2

 攻撃:G

 防御:G

 敏捷:G

 器用:G

 精神:G

 幸運:G

 SP:0

 隷属値:30

 愛情値:20

 称号:【被虐の目覚め】

 スキル:【嗅覚Lv1】【爪牙攻撃Lv1】



「これはこのレッサーコボルトのステータスなのか……」


 モンスターのステータスも人間と同様のものらしい。

 レッサーコボルトのステータスは全て最低値なのか。


 というかジョブがレッサーコボルトってどういう意味なんだ。

 レッサーコボルトだから、ジョブがレッサーコボルトになってるのか。ジョブがレッサーコボルトだったから、レッサーコボルトという生物になってるのか。

 卵が先か鶏が先か――って話みたいで頭がこんがりそうだな。


 それでそれ以外は普通に……いや、待てよ。

 明らかに変な項目が追加されてるぞ。


「隷属値に愛情値に称号なんて項目……まったく聞いたことないぞ」


 鑑定スキル持ちがモンスターのステータスを見れるそうだが、こんな項目の存在は噂さえ聞いたことない。

 一番怪しいのは俺のエロゲ調教スキルの影響か。


「屈服の判断は、この隷属値と愛情値が関係してそうだな。そういえばこの状態でも、自分のステータスは見れるのかな?」


 ふと疑問に思って、俺のステータスを出現させた。

 レッサーコボルトの隣に、俺のステータスウインドウが浮かぶ。


 そして俺はこの時、自分のステータスウインドウも変化していることに気付いた。

 SP項目の横に、黒の矢印が点滅していたのだ。

 気になった俺はその矢印をタッチした。



 風間風太

 ジョブ:エロゲ調教師Lv1

 HP:10/10

 MP:10/10

 攻撃:G

 防御:G

 敏捷:G

 器用:F

 精神:G

 幸運:F

 SP:1.53→〔調教下のレッサーコボルトにSPを分配しますか? YES/NO〕

 スキル:【エロゲ選択肢Lv1】【エロゲ調教Lv1】



 なるほど。

 調教下の異性に、自分のSPを分配出来るようだ。

 初期スキルのエロゲ選択肢に、SP獲得効果があったのはこの為だったのか。


 自身の強化だけじゃなく、調教下の異性も強化するなら大量のSPが必要になるもんな。

 まあ、今はまだSPが貴重だから、このレッサーコボルトに使う気はないけどね。


 あとは称号も気になるけど、言葉通りこいつがマゾヒストに目覚めたという情報しか読み取れない。


 とりあえず調教下ってことは、このレッサーコボルトは俺の味方だ。

 被虐に目覚めたそうだし、存分に使い倒してあげよう。


 ジョブ獲得した影響か、あまり調教に対して忌避感が湧かない。

 やっぱり頭か心を弄られたせいだな。

 元のピュアな俺ならこんなの無理だよ?


 俺はずっと服従のポーズをしていたレッサーコボルトに近寄った。


「もう起き上がっていいよ」


「ワン!」


 俺の言葉に反応して、レッサーコボルトが起き上がる。

 少なくともこれで俺の言葉を理解しているのは確定したな。


「そういえばお前は、この空中に浮かぶ物が見えるかい?」


「クゥーン」


 俺がレッサーコボルトのステータスウインドウを指差すと、レッサーコボルトはその辺りを見回して首を傾げた。


「じゃあこっちは見えるかな?」


 俺は自身のステータスウインドウを指差す。


「ワン!」


 首を縦にして答えるレッサーコボルト。


 どうやら調教下に置かれた者――俺のペットの、逆三角形から表示されるステータスウインドウは俺にしか見えないようだ。


「ふむ。次はお前に新しい名前を付けるぞ。NONAMEで名無しだと可哀想だからな。なんか希望があるなら口頭か筆談で伝えてくれ」


「……クゥ〜ン」


 頭を左右に振るレッサーコボルト。

 言葉を話せたり文字を扱えるわけじゃないのか。

 だけど、こちら言葉を理解できるだけの知能が上がったのは思わぬ副産物だな。


「よし。それじゃあお前の名前はスカーだ」


 こいつの顔の傷跡見て名前を決めた。

 傷跡を英訳しただけの単純な名前だ。

 眼球まで達してなかったが、右目に大きな切り傷が残ったままだからな。


 俺が付けた傷だけど、奇跡的に傷が浅く、もう出血も止まっていた。


「ワオーン!」


 名前の由来を教えたら喜んでくれた。

 我が家の飼い猫マルルさんも、これぐらいチョロかったらいいのに。


「ところでスカーには、同じレッサーコボルトと戦ってもらうけど大丈夫だよね」


 ちなみに断っても強制参加です。


「ワン!」


 スカーは胸を叩いて任せてと意思表示する。

 名付けの意味とか同族殺しとか、酷い事を決めてやらせるのに嫌がりもしない。


 調教下に置かれた者は、皆こんな従順になるのかな。


「よし。まだ夕飯まで時間あるし、ダンジョン探索を続けるぞ」


 俺は魔石を回収すると、スカーを連れて『コボルトの巣窟』1階層の探索を続けた。


 2体も出現するようになったレッサーコボルトだが、スカーが1体相手してくれるので助かった。

 俺は1体ずつ確実にとどめを刺していった。


 またスカーを戦わせて分かったのだが、他のレッサーコボルトよりも強くなっていた。

 もちろん装備が整った俺よりは弱い。


 しかしレッサーコボルト8体相手に、何度か危ない場面があったけど、優位に立ち回って戦っていた。

 最初は言語理解の影響で、知能が上がったからだと思ったがそれだけじゃない。


 動きのキレや身体能力まで相手以上のものだった。

 知能が上がっただけでは、説明がつかない現象だ。


 たぶんこの身体能力等の向上が、称号の効果なんだと思う。

 称号を得ると、何かしらの恩恵が得られるようだ。


 何回か検証した結果、【被虐の目覚め】は俺に攻撃されるほど、身体能力等が向上すると分かった。


 他のレッサーコボルトに攻撃されても、身体能力等の向上は見られなかったのだ。

 試しに俺がスカーに何発か攻撃を喰らわせたら、身体能力等の向上が確認できた。


 HP0で攻撃されたら怪我するのに、喜んで検証に付き合ってくれたスカーの献身を俺は忘れないぞ。


「そろそろダンジョンを出るか。スカーはダンジョンから出すことは出来ないから、1階層奥で探索者にバレないよう隠れ潜んでてくれ。明日また会いに来るからな」


 とはいえこの『コボルトの巣窟』1階層は人気がないから、探索者はあまり寄り付かない。

 まずレッサーコボルトは手応えが無いし、魔石も1個50円と安い。

 より良い稼ぎを望むなら、2階層以降か別の初級ダンジョンの方が割りがいいのだ。


「クゥーン……ワン!」


「うーむ。こうして懐かれると悪い気はしないな」


 もう1体ぐらい調教下に置けないものか。

 だけどメスのレッサーコボルトってスカーしか出会えてないからなぁ。


 まだ探索者になって1日目だし、異性の屈服方法も手探り状態だから焦っても仕方ないか。


 探索者協会に戻った俺は、集めた魔石の換金をした。

 レッサーコボルトの魔石30個が、1500円となって俺の財布を温めた。


 その後、俺は有料のシャワールームで汗を洗い流し、ロッカーで服を着替えて帰ることにした。


 こうして俺の探索者初日が無事終わった――と、安心したのが間違いだった。





 家に帰宅して自室に行く途中。

 階段でばったり降りてきた美雷と鉢合わせてしまった。

 夕飯前だし、俺より先に家に帰っていたのか。


「……邪魔なんだけど。早くどいてよ」


 ウザったそうに俺を見下ろす美雷。

 だが俺は、それどころじゃない事態に直面していた。


 この2日間、聞き飽きるほど聞いたシステム音声さんの声が脳内に響く。


『異性が屈服しています。エロゲ調教スキルの自動発動条件を満たしました。この異性はあなたのペットとして調教下に置かれます』


 ……あれ?

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