第5話 コボルトの巣窟

「いってきます」


 誰も居ない家に俺の声がむなしく響く。

 母さんはパートで、姉貴は組んでるチームと一緒に探索者活動。美雷は友達と一緒に買い物に出かけている。


 俺は家の鍵を閉めると自転車に乗って初心者ダンジョンに向かった。


 中学のジャージを着た俺の背中には、初心者セットの革袋が入ったリュックサックがある。

 リュックサックの中には革袋の他に、予備の着替えとタオルと水筒。それに探索者免許証と財布が入っていた。


 探索者が優遇される世の中とはいえ、武器の所持は厳しく取り締まられている。


 刀剣類や弓矢やクロスボウなどの武器類は、探索者なら所持を許可されているし、ダンジョンや関連施設内なら特例で使用許可もされている。


 ただし外で使用したら一発アウトだ。

 稼ぎの良い探索者だと罰金刑では罪が軽いので、10年単位の懲役刑か難易度の高いダンジョンへの労役が課される。


 銃があればモンスターとの戦闘は楽になるが、ダンジョンが出現して40年経った今も、国会で時たま取り沙汰されるも法案は成立していない。


 銃社会の大国や銃が違法に出回ってる国なんかは、銃をバンバン使っているが、いろいろと問題が起きているとニュースで報じらている。


 日本人の国民性もあるが、誰も責任なんて取りたくないというのが実情だろう。


「……着いたな」


 家から自転車で20分。

 初心者ダンジョン【コボルトの巣窟】に到着した。


 そこにはドーム状の建物が建てられていて、その脇には探索者協会コボルトの巣窟支部という看板が掲げられていた。


 ダンジョンや探索者の管理等は、国から探索者協会へと委託されている。

 探索者免許証の申請のみ国が行っているのは歪な社会制度の結果だろう。

 詳しい内情は子供の俺には知り得ないことだ。


 ドーム状の建物の扉を開けると、中には駅の改札口みたいなゲートとカメラが複数設置されていた。


 ダンジョンは国家政策に組み込まれるほど重要なものだ。

 そのためダンジョンに出入りする人物をチェックするのに必要な措置だった。


 探索者免許証をゲートの入札口に通すと、AIカメラによる本人確認が行われる。


 軽快なチャイム音がして開いたゲートを通ると広い空間に出た。

 初心者ダンジョンとはいえ中はそれなりに人で賑わっていた。どちらかというと大人より子供の数が多いようだ。


 思えば世の学生は春休みの真っ最中。

 俺と同年代の探索者たちが、危険の少ない初心者ダンジョンで小遣い稼ぎに来てもおかしくない。

 かく言う俺もその一人だからな。


 まずはロッカールームへ向かう。

 ここで普段着から武器防具を装備した格好に着替えるのだ。


 初めて着たスライムスーツは、ぽっちゃり体型にフィットして股間部分がモッコリしていた。

 うん。誰が見ても変質者にしか見えないだろう。


 こうなると思っていた俺はスライムスーツの上からジャージを着た。

 履き慣れた運動靴のつま先でコンコンと床を叩き、軽く準備運動をして動きに支障がないか確かめる。


「着心地も良いし動きが阻害された感じもない。本当に見た目さえ気にしなければ良い防具だよな」


 全身タイツの見た目の都合上、手足と顔の部分だけ表出しているが、守るべき部位が最初から分かっていれば戦いやすい。

 頭部もスライムスーツで守られているが、聴覚に不自由はなく自分の声も問題なく聞こえる。


 ロッカーに財布とスマホと探索者免許証と予備の着替えを入れる。 

 革袋の中から短剣と小型盾を出して装備すると、リュックサックを背負って準備を完了させた。


 広間に移動すると周囲の視線が俺に集まった。

 同年代の探索者たちは革鎧を装備した者が多く、スライムスーツを着ている者は見当たらなかった。


 ジャージで隠しているとはいえ頭部は覆い隠せない。

 あるはずの髪の毛がなく、ツルツルのラバー状の頭部が照明に照らされて黒光りする。


 俺は悪目立ちしている自覚はあったけども、気にせずダンジョンの出入り口へ向かった。


 床に描かれた矢印のマークに従って移動する。

 ドーム状の建物の奥には教室程の広さの部屋があった。

 床には光り輝く大きな魔法陣が描かれている。


 これがダンジョンの出入り口だ。

 原理は未だ解明されていないが、この魔法陣に触れることで探索者はダンジョンという異界を行き来できる。


 魔法陣がある部屋には、何人か探索者の姿があったがこれまた無視して室内に入る。

 視界が真っ白になってわずかな浮遊感を味わう。


 その一瞬で、俺は見知らぬ場所に立っていた。

 そこは先ほどまでいた教室ぐらいの広さの洞窟内だった。


 砂利交じりの土の地面と乾いた空気。

 地面の魔法陣と相まって幻想的な光景だったが、コボルトの獣臭さが鼻についてここが現実だと教えてくれる。


「ここがダンジョンか……」


 ダンジョンは階層ごと分かれていて転移魔法陣で階層間の移動が可能だ。

 ただし転移魔法陣はボス部屋のボスモンスターを倒さなければ出現せず、この【コボルトの巣窟】のスタート地点には8本の道が四方八方に伸びていた。


「よし、行くか」


 俺は右手側の道を進むことにした。

 どの道を進んでもボス部屋に繋がっているのはネットで調べてある。

 洞窟系ダンジョンに生える光苔を照明代わりに俺は歩き始めた。


 10分ほど歩くと緩やかな曲がり角から小柄な生物が飛び出してきた。


 俺の腰の高さしかない小柄な生物は、人型ながらも頭部が獰猛な犬に似ていた。

 威嚇するように犬歯をむき出しにして口の横から涎を垂れ落としている。


 【コボルトの巣窟】1階層のモンスター。

 レッサーコボルトだ。


 引っ掻き攻撃と体当たり。あとは噛みつき攻撃をするモンスターだ。

 とはいえレッサーと名がつく通り、コボルトの中でも劣等種なだけあってパワーもスピードも低い。


 装備が整った探索者なら、初心者でも一人で倒せるとネットに書いてあった。


 俺は左手に小型盾を構えてレッサーコボルトの体当たりを防いだ。

 軽い衝撃が左手に伝わってくる。

 例えるならドッジボールのボールが当たった時みたいな感じだ。


 この程度の攻撃なら問題ない。

 むしろ拍子抜けするほどだった。


 赤い瞳を輝かせたレッサーコボルトは、興奮しているのか小型盾に対して引っ搔き攻撃を繰り返す。

 どうやら頭の回転も弱いみたいだ。


 俺は右手に握った短剣を、小型盾に夢中なレッサーコボルトの喉に突き刺した。

 ビクンと痙攣したレッサーコボルトは、血の泡を吹いて少しの間だけ暴れた。


 喉に突き刺された短剣を抜こうと、数秒の抵抗はあったが力及ばず膝から崩れる様に倒れた。


 それがレッサーコボルトの最期だった。

 倒れた体は煙の様に消え去り、血の跡まで一緒に消えて無くなった。


 つい先ほどまでレッサーコボルトがいた所には、小指ほどの大きさの黒い結晶が転がっていた。

 

「ふぅー。やっと倒れたか」


 俺は黒い結晶――魔石を拾うとリュックサックの中にある革袋に入れた。


 この魔石を探索者協会の換金所に持って行くと、現金で買い取ってくれる。

 レッサーコボルトの魔石だと1個100円だったはずだ。


 初めてのモンスターとの戦闘は俺に疲労感を与えた。

 肉体的には怪我も疲れもしていないが、精神的に疲れた感じがした。


「今のままでも十分戦えるのは分かったし、次は獲得したSPを使って戦おうかな」


 俺はステータスウインドウを空中に表示した。



 風間風太

 ジョブ:エロゲ調教師Lv1

 HP:10/10

 MP:10/10

 攻撃:G

 防御:G

 敏捷:G

 器用:F

 精神:G

 幸運:F

 SP:2.53

 スキル:【エロゲ選択肢Lv1】



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