第4話 強くなるために必要な事

 家を出た俺は近くのバス停まで歩き、市バスに15分ほど揺られて市役所に向かった。

 車内の乗客は俺一人。

 後部座席に座った俺は難しい顔つきで、とある問題について考えていた。


 ずばり今後の俺のキャラクターについてである。


 エロゲ調教師というジョブを獲得して、俺は初期スキル――ジョブ獲得時から使用可能なスキルの事――エロゲ選択肢スキルで異性相手とのコミュニケーションが困難なものとなった。


 無難な選択肢を選べば問題ないかもしれないが、それでは獲得できるSPが少なすぎる。


 夢の為にも、貰えるSPは多く貰っていきたい。

 俺の恥と外聞をかき捨てればそれが可能だ。

 そう思ったからこそ、2回目と3回目のエロゲ選択肢スキルの発動時にあんな選択をしたのだ。


 あと相手の異性に不快な思いをさせるけど、そこは変な奴に絡まれたと思ってもらおう。

 もし訴えられたら慰謝料はダンジョンで稼いだ金で支払う所存である。


 今の内に土下座の練習でもしとこうかな。



 普段の俺のキャラクターは、一言で表すなら陰キャぼっち男子だ。


 学校でも家でも、なるべく他者との諍いを避けて静かな生活を送ってきた。

 そんな俺が急に変な行動を起こしたら周囲の人間は不審に思う。


 それこそ今朝、母が病院に連れてくと騒いだ時みたいな事が再び起こらないとも限らない。


 獲得したジョブスキルのせいだと説明すれば納得は得られるだろう。

 しかしそうするとSPが獲得できる事まで話さないといけないかもしれない。


 そうすると邪な考えを持つ奴が変に勘繰ったり、要らぬやっかみを抱える事になるだろう。

 家族にすら秘密にしている事だ。俺の知らないところで、そんな面倒が起こるのは避けたい。


 そこで俺は考えに考えて思いついた。


 俺が普段から悪い意味で目立った奴になればいいのではないか。

 しかも人から避けられるようなキモい嫌われキャラが理想だ。


 そうすればエロゲ選択肢スキルで変な行動をしても、またアイツかよと白眼視されれるだけで済む。


 全ては俺の夢の為。

 SP獲得は強くなるのに必要なことだ。

 

 これからの高校生活と探索者活動はそんなキャラでいこう。


 幸いぼっち生活のおかげで家族以外とは関わり合いが薄い。

 俺の変わりようを気にする奴は少ない。

 今までの俺を知る家族を含めた数少ない知り合いにもし問われたら、高校デビューなりイメチェンしたと言っとけばいいだろう。


 元から関わり合いが薄かったり微妙な人間関係だから、正直全員に嫌われても気にしない。


 目的地に到着したら市バスを降りて、市役所内のダンジョン探索推進課の職員に声を掛ける。

 ちなみにダンジョン探索推進課の職員は3人いたけど全て男性職員だった。

 少し安心した。


 俺は用件を伝えて2枚の書類と、ジョブ獲得の証明としてステータスウインドウを表示した。

 ステータスウインドウは個人情報の塊だから名前以外の欄は非表示にしてある。


 その場で問題無く受理されたら屋内に設置された証明写真で顔写真を撮影。

 10分ほどロビーで待たされたら名前を呼ばれ、顔写真付きの探索者免許証を男性職員から手渡された。


 これで俺も今日から探索者の仲間入りだ。



 昼前に家に戻った俺はすぐにダンジョンへ行きたかったが、今の装備だと普段着のまま素手で戦う羽目になる。

 ダンジョンで何が起こるか分からないので、装備はできるだけ充実しときたい。


 ゲームを買うために小遣いとお年玉をためた1万円のへそくりがある。

 とても惜しい気持ちがあるけど、このお金を装備や道具代に充てることにした。


 さすがに命の危険には変えられない。


 ネットで近場の探索者関連の施設を検索する。

 レビューなども調べて全国展開している探索者道具専門店を見つけた。


 昼食にはまだ時間があったので、15分ほど自転車を漕いで探索者道具専門店に到着。


 そこで俺は初心者セットという商品名の革袋を見つけた。

 ネットの複数のレビューにこの店の初心者セットがダサいけど信頼できると書いてあって、値段もへそくり代1万円にギリギリ収まるものだった。


 ここまでとても順調だ。

 女性との接触がないだけでとても過ごしやすく感じる。


 だがレジに行くと、どのレジも女性店員が担当していた。

 しかも全員若くて綺麗な女性ばかりだ。


 ふっ、いつかこの時が来ると思ってたさ。

 俺の演技の腕が試される時だ。


「ぐふふ、これお願いします」


 レジカウンターに初心者セットを置く。


 喋る前に舌なめずりして笑いながら鼻の頭をかいて話すのがコツだ。

 あっ、鼻のニキビがちょっと潰れたかもしれない。


「……いらっしゃいませお客様。お買い上げありがとうございます。商品お預かりしますね」


 笑顔で対応してくれる女性店員は、初心者セットの革袋に貼られたバーコードシールにバーコードリーダーを当てた。


「初心者セット1つで9900円頂戴いたします」


 これが大人の対応というやつか。

 全国展開する店だけあって社員教育がよくされているな。

 だけど話しだすまで少し間があったのは見逃せない。


 俺の真骨頂はこれからだぜ!


 頭の中にシステム音声さんの声がした。


『異性との会話が10秒経過。エロゲ選択肢スキルの自動発動条件を満たしました。30秒以内に提示された選択肢の中から1つを選んで下さい』



【エロゲ選択肢】残り時間:30秒

 ①無言でお金を払って商品を受け取る。

 SP:0.001獲得


 ②「ねぇねぇ。お金あげるから今夜俺と一緒に食事しない?」と女性店員の手を握ってナンパする。

 SP:0.03獲得


 ③「突然ですが一目惚しました! 俺の初体験の相手になって下さい!!」と土下座して大声で公開告白する。

 SP:1獲得



 俺は迷わず③の選択肢を選んだ。

 最低な嘘告白だけど許容範囲だ。


 時が動き出すのと同時に、俺の体も選択肢通りに動き出す。

 

「突然ですが一目惚しました! 俺の初体験の相手になって下さい!!」


 土下座しながらの告白。

 他のレジの女性店員や周りにいた何人かの客の目が俺に集まる。

 告白された側の女性店員の反応はいかに。


「……初心者セット1つで9900円頂戴いたします」


 先ほどの言葉を再度繰り返す女性店員。

 俺の最低な初告白は何事もなかったようにスルーされてしまった。

 場の空気が冷えていくのを肌で感じる。

 ある意味、一番記憶に残る告白体験だ。


 俺は無言で立ち上がると、お金を支払って初心者セットを受け取った。

 そうして互いに一言も話すことなく俺たちは別れた。


 この2日間で黒歴史を量産しまくった俺は、家に帰り着くと先ほどの出来事を記憶の彼方に飛ばして商品を袋から出した。


 手に取った革袋は薄っぺくて軽かった。

 大きさはA4用紙程度で蛙の革で作られている。


 これが9900円の商品か。

 15歳の少年には高い買い物だったな。


 俺は革袋の中に手を突っ込んだ。

 空っぽかに見えた革袋の中は、大きめのリュックサック程の空間が広がっていて、幾つかの物が手に触れた。

 その全てを取り出して床に置いていく。


 短剣に木製の小型盾。

 そして黒のラバースーツが一着入っていた。

 見た目はお笑い芸人が着そうな全身タイツそっくりだ。


 スライムスーツは、見た目さえ気にしなければ、物理耐性スキルが付与された優良品だとネットにはあった。

 しかも伸縮自在なので装備者の体型に関係なくフィットするそうだ。


 性能だけ見るとその有能性が分かるというものだ。

 まあ、その見た目のせいで人気はないそうだけどね。


 この3点の武器防具と、空間収納スキルが付与された革袋が初心者セットの内訳である。


 これで9900円なのだから利益になるのかと心配になるが、ダンジョン探索を国の政策として推し進めているので、探索者関連の商品やサービスは充実している。

 特に初心者救済措置としてこういったのは安く手に入るのだ。


 とにかくこれで準備は整った。

 昼食を済ませたら近くの初心者ダンジョンに行こう。

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