第3話 崩壊し始めた日常
「マルルさん。俺はどうすればよかったのかなぁ」
あれから朝食を終えて自室にもどった俺は、1匹のデブ猫を相手に喋りかけていた。
このデブ猫の名前はマルルさん。
父さんが会社の上司から貰い受けた雄の黒猫で、我が家の飼い猫として2年前から飼っている。
マルルさんは俺の話に興味が無いのか、片方の前足で床をタシタシと軽く叩いた。
髭を震わせて鳴き声もあげたから餌の催促の合図だ。
俺はリビングルームから隠し持ってきたキャットフードをあげた。
つい先ほどリビングルームで用意された餌を食べたばかりだというのに、出されたキャットフードをがっついて食べるマルルさん。
背中を撫でると手触りの良い毛並みが俺の心を癒してくれる。
インドア趣味の俺は主婦の義母さんの次にマルルさんを可愛がっている。
それこそ下僕のように尽くしているというのに、マルルさんは姉貴に一番懐いていた。
俺は時々、人に言えない相談や愚痴をマルルさんに打ち明けているというのにマルルさんは俺に冷たいのだ。
今日はつい先ほどの出来事の愚痴を聞いてもらっているところだ。
「聞いてくれよ、マルルさん。なんとか母さんたちから探索者になる許可は取れたけど、エロゲ選択肢スキルがまた勝手に発動したせいで盛大にやらかしちゃったんだ」
思い出すのは30分ほど前の出来事。
あれから俺は、朝食の席で義母さんと姉貴と美雷に探索者になると伝えた。
3人からはジョブを獲得したかの確認と、本気で探索者になるのかという質問を受けた。
俺はジョブの所を非表示にしてステータスウインドウを出してそれらの質問に答えた。
その際、エロゲ選択肢スキルが発動してしまった。
……詳しい過程は省くが、俺は家族の前で上半身裸で白目を向いて自分の尻をスパンキングした。
その結果、義母さんは俺を精神か頭の病院に連れてかないとって騒ぐし、姉貴には鼻で笑われてしまった。
美雷は昨夜の出来事を家族に話していないようだったが、こちらの顔も見ずに終始つまらそうに俺の話を聞いていた。
そうして俺の将来を左右するかもしれない決断を話したのに、最終的には期待してないけど頑張りなさいと言われて、俺は逃げるように自室に戻ってきたのだ。
リビングルームに降りる前にパソコンから探索者になるのに必要な書類は印刷していたので、母さんから保護者のサインは貰えた。
あとは市役所に行って、書類を提出して問題なければ探索者免許証が発行される。
今日中に俺も探索者の仲間入りだ。
だけど出かける前に、俺は傷ついた心を癒すためにマルルさんを自室にお呼びした。
懐に忍び込ませたキャットフードをチラ見せしたらすぐにすり寄ってきた。デブ猫の鑑である。
「……そろそろ行くか」
マルルさんで少し癒された俺は、外出する準備を済ませると、重い足取りで自室の扉を開けようと手を伸ばす。
しかし俺が扉を開けるより前に、扉が外側から動かされた。
扉の向こう側には、女優だと言われても信じてしまいそうな美女が立っていた。
均整の取れたモデル体型と背中まで届く黒髪ロングが特徴的な姉――
テレビで美女探索者として話題になった程の美貌と腕前の持ち主。
だが俺にとっては弟をパシリにする女王様気質の姉貴でしかない。
「愚弟。またマルルさんを誘拐して太らせてるわね」
「いいか、姉貴。弟の部屋だからって年頃の男子の部屋を無断で開けるなよ。もし俺が素っ裸だったらどうするつもりだったんだ」
「あら、そういった言葉は良い男になってから言うのね。今のあんたじゃ情けなくなるだけよ」
俺の腹のぜい肉を掴んでタプタプしてくる姉貴に、俺は言い返す言葉もなかった。
俺以外の家族は美形一家としてご近所さんから有名だった。
血の繋がらない母さんと美雷は分かるが、正真正銘、俺と血の繋がった父さんと姉貴まで美形揃いなのだ。
今現在の我が家に住んでいるのは母さん、姉貴、義妹の美雷と俺の4人である。
4年前に義母と再婚した父は、1年前から海外への長期出張で家にいない。
女性3人と猫との同居生活。
その内、姉貴以外とは血の繋がりが無い。
まるでギャルゲかエロゲの家族設定にありそうな話である。
だが家族ヒエラルキーで俺は最下層にいる。
ペットのマルルさんからも下に見られているからな。
頭の中にシステム音声さんの声がした。
『異性との会話が10秒経過。エロゲ選択肢スキルの自動発動条件を満たしました。30秒以内に提示された選択肢の中から1つを選んで下さい』
【エロゲ選択肢】残り時間:30秒
①「今はそうかもしれない。だけど俺もジョブを獲得したんだ。すぐに姉貴たちみたいな一流の探索者になるさ」と決意の宣言をする。
SP:0.001獲得
②「ブヒィ、気持ちいいよぉぉ! もっと強く掴んでください女王様!」と快感に打ち震えながら懇願する。
SP:0.5獲得
③「ふっ、俺のどこが情けないって言うんだ。この姿を見てもそう言えるか、姉貴?」とその場で全裸になって姉貴に壁ドンをする。
SP:2獲得
……選択肢、出ちゃった。
姉貴と会話しちゃったせいだな。
後悔してる暇はない。こうなったら腹をくくって選ぶしかないか。
これまで同様、周囲の時間が止まっている。俺の状態も変わらずだ。
あれっ、これで3回目だけど獲得できるSPの数値が1回目と2回目で違うな。
……選択肢の難易度が高いほど獲得できるSPが多くなるのかもしれない。
しかもお前それ本当にやっちゃうのかって、正気を疑われるレベルの難易度だ。
昨夜もそうだったけど①の選択肢以外の内容がカオスだ。
それも性的な方面にイカれた選択になる傾向があるみたいだ。
エロゲ選択肢スキルっていうスキル名だし、選択肢にはそういう法則が組み込まれていると思った方がいいのかもしれない。
選びたくない。
だけどSPは出来るだけ欲しいというジレンマ。
3回のエロゲ選択肢スキルの様子から、最低最悪な選択肢ほど獲得できるSPが高くなるようだ。
夢の探索者になるなら、SPを多く獲得する機会は逃せない。
残り時間10秒でエロゲ選択肢のウインドウが宙に消えた。
そして俺は……俺の体は②の選択肢通りの動きを始めた。
「ブヒィ、気持ちいいよぉぉ! もっと強く掴んでください女王様!」
電撃の様な快感が体の芯から脳髄へと駆け巡りながら俺は姉貴に懇願した。
やだこれ。
本当に気持ちいい。
ちょっと泣けてきたかも……この事実に。
「――あんた頭大丈夫?」
姉貴は整った眉を歪ませて口元までひくつかせていた。
分かるよ姉貴。
気持ち悪いよな。
俺だってこんな自分気持ち悪いなって思うよ。
「ごめん。まだ寝ぼけてたかも」
苦しい言い訳をする。
冷や汗が流れ落ちて背中を垂れる。
清々しい朝はどこへ行ってしまったのだろうか。
「ふーん……まぁいいわ。あんた今日、市役所に行くんでしょ。マルルさんは預かってあげるから早く支度して行きなさいよ」
姉貴はそう言うとマルルさんを抱き上げて1階へ降りて行った。
俺は若干、肩透かしを食らった気分だった。
姉貴の事だからもっと俺を弄ってくる可能性も考えていたのに、やけにあっさりと引いていったな。
俺は追加されたエロゲ選択肢スキルの確定情報を脳内にメモした。
・複数の異性相手の場合、ひとくくりでエロゲ選択肢スキルは1回発動する。
・エロゲ選択肢スキルが発動するキッカケとなった異性と離れない限り、再度その異性に対してスキルが発動することはない。
・SPの獲得量は選択肢の難易度に比例して高くなる。
さて、家に居づらくなったし市役所に行ってサクッと探索者になるか。
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