第2話 深夜のハラスメント

 エロゲ調教師という変なジョブだけど探索者になる資格を俺は得た。


 昔、公園に捨てられてた雑誌に載ってた探索者みたいに俺はなるんだ。

 札束風呂に水着の美女たちと入ってた男性探索者の写真を思い出す。


 詳しい内容は幼い記憶のためおぼろげだが、あの出会いが探索者になりたいという憧れの原動力になっている。


 モンスター倒してダンジョン攻略で一攫千金。彼女も出来て毎日がハッピーでウハウハ生活の夢が俺を待っている!


「明日やるべきことが出来たし、茶でも飲んで寝るか」


 数時間でも寝とかないと明日の予定に響くからな。

 俺は2階の自室を出て1階のリビングルームにお茶を飲みに行く。

 家族が寝てるから忍び足でゆっくり歩いた。


「深夜に食べるお菓子が普段より美味しく感じるのはなぜだろうか」


 茶を飲み終えたら口の中が甘味を欲しがった。

 小腹も空いてたから台所の戸棚からチョコ菓子を拝借。

 うん、美味しい。


 こんな事を毎度繰り返してるから痩せられないんだよなぁ。

 夜中に間食するとか太っても仕方ないよ。

 ぽっちゃりとはカロリーの悩みが頭の中から吹っ飛んだ愚者の名前だ。


 だけど探索者になれば痩せれるから大丈夫のはず。

 頼むぞ未来の俺。


「あんた、こんな夜中に何してんの?」


 リビングルームの扉側から女性の声。

 2個目のチョコ菓子片手にその相手の方に顔を向ければ、橙色のパジャマを着た少女の姿が映る。


 扉に片手を掛けてこちらを呆れた表情で見てくる少女の名前は風間かざま美雷みらい


 寝起きのはずなのに綺麗に整った栗色の髪を肩に流し、生意気そうな顔つきながらも美少女と呼んで差し支えない女子中学生。

 俺の義理の妹である。

 

「なんだ美雷みらいか」


「はぁ? あたしが声掛けてあげたのに、なんだって何よ」


 見た目相応に兄に対して生意気な態度を取る妹様である。

 小さい頃はこいつも可愛げが……という思い出はないな、うん。


 父さんの再婚相手である今の義母さんの連れ子として、4年前に顔を合わせたのが美雷との出会いの始まりだ。

 その時から邪険に扱われてるからね。


「悪かったよ。俺は――」


 部屋に戻る――と言おうとして体が固まる。

 内心、動揺する俺の脳内にシステム音声さんの声が響く。


『異性との会話が10秒経過。エロゲ選択肢スキルの自動発動条件を満たしました。30秒以内に提示された選択肢の中から1つを選んで下さい』



【エロゲ選択肢】残り時間:30秒

 ①「もう部屋に戻るよ」と逃げるように立ち去る。

 SP:0.001獲得


 ②「腹が減ってるんだ。邪魔するな!」と美雷を追い払ってお菓子をドカ食いする。

 SP:0.01獲得


 ③「この熱いリビドーがもう抑えられないんだ。本当はお前も俺を誘ってるんだろ。一夜限りの相手をしてやるぜ!」と美雷をお姫様抱っこして自室に連れ込む。

 SP:1獲得



 なにこれ?

 急にシステム音声さんの声がしたと思ったら、ステータスウインドウみたいに空中に謎の選択肢が出現したんだけど。

 体も自力ではほとんど動かせない状態になってしまった。


 辛うじて目玉だけキョロキョロ動くけど瞼を閉じる事さえできない。

 呼吸もできないが息苦しさはない。そもそも今の俺は呼吸を必要としていないかもしれない。


 助けを求めてウインドウの向こう側にいる美雷の方を見る。

 そこには時が止まったかのように微動だにしない美雷の姿があった。


 よく見ればリビングルームに備え付けられた掛け時計も動いてない。

 もしかしてこれって時間が停止してるのか。


 状況が全くつかめていない俺は混乱するしかなかった。

 だが俺にそんな余計なことを考える時間はなかったと知ることになる。


『30秒経過。時間切れの為、ランダムで選択がなされます』


 どういうことだ……と疑問に思うも、止まっていた時間は動き出す。

 そして事態はややこしいことになる。


 俺の口が勝手に動いて、思ってもない言葉を吐いた。


「――この熱いリビドーがもう抑えられないんだ。本当はお前も俺を誘ってるんだろ。一夜限りの相手をしてやるぜ!」


「はぁ!? あんた頭おかしく……ってちょっと近づかないでよ。な、なにすんのよ!」


 なんだこれ。体の自由が利かない。

 持っていたチョコ菓子を放り投げると、美雷に近づきお姫様抱っこをする。

 俺は出っ張ったお腹をクッションにして、両腕で美雷の背中と膝裏を持ち上げるように支えた。


 鼻孔に良い匂いがして、義妹の柔らかい体が布越しに伝わってくる。

 それにお腹に当たる二つのマシュマロみたいな感触は……。


「ど、どこ触ってんだクソ兄貴!!」


 美雷が目にも止まらない右フックを俺の顎目掛けて放った。

 足腰が宙に浮いた状態なのに、全身の運動エネルギーを拳に伝達させた渾身の一発が顎をかすめる。


 プロボクサーも真っ青な体術と手加減だ。

 さすが中学生探索者の中でも注目の実力者なだけある。


 俺は軽い脳震盪を起こしてその場で崩れ落ちてしまった。


「ったく、なんなのよ。せっかくあたしが心配して――」


 遠のく意識の中で、俺は美雷の声を聞きながら気を失った。



 翌朝、俺は自室のベッドの上で起きた。

 まるで昨日の出来事が嘘だったかのような清々しさだった。


 夜中にチョコ菓子を食べてたのに口内が歯磨きのミント臭がしたり、顎の痛みがまったくしなかったり、いつの間にか着替えて寝てたみたいだけど最高の目覚めである。


 あれ、本当に昨夜の出来事は夢だったりしないよね。

 夢だとしたらどこからどこまでが夢で現実だったのか。


 不安に駆られた俺はステータスと念じてウインドウを空中に出現させた。



 風間風太

 ジョブ:エロゲ調教師Lv1

 HP:10/10

 MP:10/10

 攻撃:G

 防御:G

 敏捷:G

 器用:F

 精神:G

 幸運:F

 SP:1

 スキル:【エロゲ選択肢Lv1】



「ほっ、よかった。ステータスウインドウは出たしジョブも記憶通りだ」


 だけど一つ気になる点を見つけた。

 SP項目だ。

 俺の記憶が確かならSPは0だったはず。


「おかしい。SPの数値を稼ぐには、ジョブレベルを上げるかスキルを使い続けなといけないはずだ」


 俺はジョブを獲得したばかりでモンスターを倒すどころか、ダンジョンに入った事すらない。

 それにスキルも……記憶通りなら1回しか使用していない。


 勝手に発動したからあれを使用したと言うべきか悩むが、たった1回のスキル使用でSPを得るなんて話は聞いたことないぞ。


「……心当たりがあるとしたら勝手に発動したエロゲ選択肢スキルだよな」


 あの時、目の前に出現した3つの選択肢。

 内容はマトモなのから頭おかしいのまで揃っていたが、各選択の後ろにSPと数字と獲得という文字があった。


 あれをそのまま読み取るなら、選択したSPの数値を獲得できるってことで間違いないはずだ。

 実際、俺のSPは③の選択肢の後ろに書かれていたSP:1を獲得している。


 今のところ判明しているエロゲ選択肢スキルの情報は以下の通りだ。


 ・異性との会話が10秒経過したら自動発動。

 ・制限時間は30秒。

 ・制限時間内で動けるのは、俺の脳と目玉だけだが体は生きた状態にある。ただし俺以外は完全に時間停止してしまう。

 ・提示される3つの選択肢を選び取ると、その通りのセリフと行動を強制される。

 ・制限時間内に選択しないと、ランダムで選択肢が決まる。

 ・各選択によって獲得できるSPの数値が違う。

 ・選択した内容が未達成でもSPは獲得できる。


 いや、最後の情報は不確定だな。


「セリフとお姫様抱っこは達成してたけど、途中で気絶してたから俺は美雷を自室に連れ込んでいない……と思うけどどうなんだ?」


 美雷が俺を自室に連れて行ってくれたのは、SPが獲得されているので確定事実だ。


 俺が美雷を自室に連れ込んだ形じゃなくて、美雷が気絶した俺を自室に連れ込んだ形として、③の選択肢の内容を捉えるならばクリアしたことになる。


「とりあえずたった1回しか使ってないスキルなんだ。ネットにも俺のジョブに似た奴の情報は見たことないし、エロゲ選択肢スキルの他の自動発動条件や自力での発動の仕方を調べないとな」


 なにがキッカケであんなヤバい選択肢が出現するか分からんのでは日常生活に支障が出る。

 美雷相手だからまだ良かったけど、これが見ず知らずの相手で衆目の中でのことなら社会的に死んでしまう。


「だけどスキル名もその効果もふざけた感じだけど、SP獲得できるスキルなのは他の探索者にない強みだ。このスキルがあれば本当に夢の実現が叶うかもしれない」


「風太~。朝ごはん出来たから早くいらっしゃい~」


 決意を新たにしていると、1階から母が俺を呼ぶ声がした。


 よし。とにかく今優先すべきことは、このエロゲ選択肢スキルが義母さん、姉貴、美雷を前にしてどうなってしまうかだ。


 というか探索者免許証を取得する前にスキルを使ってしまったけれども逮捕されたりしないかな。


 爽やかな朝だったのに不安でドキドキだぜ。


「分かった、義母さん。今すぐ逝くよー!」

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