第23話 診療所

 すべての廃屋を調べていては時間もかかり、紫桜の体力ももたない。

 要所要所、民家は減らし、集会所のようなそれとは異なるつくりの建物や、それらしい物を選びながら、すでに数十軒は探索しただろうか、紫桜が長めのため息をついたところで、別の場所を探索していた桜紗たちが合流した。


「めぼしいものはないな。少し休憩しよう」と桜紗は廃屋に転がる椅子を立て、埃を払い、ガタガタと座り心地を確かめたあとに紫桜を座らせた。


 その様子に微笑むと、豪切はうなだれるように床に腰を下ろした。

 おのおのが、黙ったまま、背筋を伸ばすなり、腰を揉むなりしながら体を休めた。



 あいかわらず厚い黒雲が月を隠し、風もなく、ヒヤリとした空気が沈殿するように一同の疲れた身体にのしかかってくる。

 生き物の動く気配もない。ここまでの道のりで起きたことが嘘のように、この廃村に入ってから目立った脅威もなかった。


 静かに時間だけが過ぎていく——深夜十二時二十分。



「よろしいでしょうか、みなさま。今のうちにこれまでに視たものをお伝えします」

 紫桜は、細く、まつ毛の長いつり目をゆっくりと閉じ、思い返すようにして口を開いた——。



 これまでに視た情報によると、やはりこの村は過疎化が原因ではなく国の機関により封鎖されたということだ。

 何か大きな事件が起こり、多くの役人や工事関係者の出入りがあり、村人は強制的に逮捕、退去させられていて、家屋はしらみつぶしに捜索されたあげくあらゆる物が回収された。


 たびたび再開発の計画もあったようだが、そのたびに関係者の不審死や失踪があり計画は頓挫し、ここ三十年近くは完全に封鎖され誰一人近付くものはなかったようだった。


 それ以前では長きにわたり、どこどこの家の人間が呪詛を受けたということや、いついつ儀式が行われるといった会話がたびたびあり、『呪詛を受けた者のいる家族が一家心中した』『生け贄』といった言葉がキーワードのように視えたと言った。


 微かに風が出てきたのか、ザワザワと草木の擦れる音が聞こえる。

 同時に半壊している屋内に冷たい風が流れ、建物全体を軋む音が包むと、薄れていた恐怖が再び斗南と松宮の身体を包み込む。

 他の四人は気にもとめていないようだった。


 呪詛とは何かと言った斗南に豪切が呪いの事だと答えると、桜紗は立ち上がり、

「どうやらこの村では事件やら呪いやらさまざまな惨事が起きたようだが、要は怨念の出どころを止めれば良いだけだ。それは間違いなくこの村にある……」それから一瞬の沈黙の後に「二つほど、気になることはあるが」と言った。


 斗南が「やっぱり、母親のことですかね」と。

 確かに、と松宮も豪切もうなずいた。

 もし斗南が父親から聞いた祖父の、『施設でおかあさんと暮らしていた』という話が間違っていなければ、女もこの村を出てしまっているはずで、怨念の出どころが、この村のどこかに眠るその女の亡骸である、と考えている桜紗たちにとっては想定外の事態になる。


 そう、その亡骸がこの村には無い可能性があった。


 そうなれば一度この村を出て、女の過去をたどらなければならない。

 だが桜紗には、この異常なまでに強く濃い怨念の出どころは、やはりこの村であるはずだ、という確信があった。

 

 なにか核心に触れるものが視れる場所か物を探さなければな、と桜紗は自身の頭を軽く撫でた。

 



 再び二手に分かれ、探索を続けるなか、松宮が不意に視線をあげ、斗南に周囲を照らすように伝えると辺りを見回した。

「この村……二つ、三つの集落の集まりなんだろうが、それほど広くはないのかもしれない。だとしたら、おかしくないか?」

 はあ、と松宮の言っていることがよく分からないといった感じの斗南の返事に、松宮は顔をしかめて続ける。

「忘れたか? 自分で言っていただろう、夢にあった屋敷のような、洋館のような建物だよ。どこにも見当たらないじゃないか」

 斗南があっと目を丸くするが、それ以上に桜紗が反応した。

「初耳だなぁ、屋敷だか洋館っていうのは。斗南くんの夢のことは聞いていたが、さざめのやつ……。夢の話、ちゃんと詳しく聞いておこうか」

 

 ——斗南の話を聞きおえて、桜紗は洋館か、とつぶやきながら村を囲む山を見上げた。



 探索を続け、合流した一行がなだらかな坂道を下りきると、すぐに『診療所』の看板をかかげた建物があった。

 そこから先は転々と廃屋のある開けた場所で、近くに川があるのだろう、暗闇の中に流れる水の音が聞こえる。


 少し先に、他と同様に半壊した土蔵があり、その裏手は平坦な草地だったが、ボロボロの四角い木の棒が、ところどころ地面から突き出ていた。


「兄様、あの蔵の方——」と豪切が裏手の草地に視線を向けて小声で言うとほぼ同時に、「ああ、この辺りの異様な圧迫感はあそこからだな」と答えた。


 その土蔵からさらに七、八十メートルほど先の川辺には水車小屋があった。


 突然、う、ううう、う、と、まるで唸り声のような風の音が頭上を走りぬけた。

「まずはこいつから調べよう、期待できそうだ。ここからはみんな一緒に行動しよう」と診療所の前で桜紗が言った。


 例に漏れず、この診療所もまた窓ガラスはもちろん、屋根も抜けている。短い廊下の左手に診察室があり、ベッドが一台、書類が入っていたであろう棚と、診察デスク、たいした設備もない小さな診療所だが、斗南は不思議そうに室内を見ていた。

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