第24話 霊視
斗南が言う、「じいちゃんが住んでいた九十年近く前にも病院ってあったんですね。こういう村ってたいてい無医村なのかと思ってました」
「イメージとしてはそうだが」と松宮が続ける。
「明治時代の山村に開業医がいくつかあったという話もあるんだ。まあ、私も気になってはいたよ。その頃か、それ以前は村の規模も多少大きかったかもしれない。しかし、この場所自体は山に囲まれて、川に沿い、段々畑のような造りだろう。多少人口が増えたところで、たいして変わらないと思うんだよな、せいぜい三、四百人程度じゃないか。そんな小さな村に診療所があるなんて、なにやら勘ぐってしまうよな」
「それがどうあれ、怨念の出どころとは関係してはいないだろう」
桜紗が松宮の方を見て、肩を上下させた。
松宮はくいっと眼鏡を上げて「いま私たちが気にするところではないか……それにしても、診断書すら残っていないなんて、本当にすべて持っていったんだな」
診察室からつながる奥の部屋には木製の机と床に転がる椅子以外は何一つ残ってはいなかった。
紫桜と視線を合わせる桜紗がうなずく。
それに応えるように、ヒタリと、紫桜は白く長い指を伸ばし机に手をあて、まぶたを閉じた。
静まりかえる部屋の中に、ううううう、と唸り声のような風の音だけが聞こえる。
霊視を始めた紫桜の両手にピリピリと薄青い光が走り、それは少しづつ全身を包んでいく。
紫桜の頭の中に、自らの記憶にはない言葉が、映像が
「じゅ——呪、詛」
「この、こ、この村は」
「昭——わ、に、二」
「い——贄」
「の、ち命」
「十六——」
「この村は呪われている——」
混乱しているかのように、いくつかの言葉や映像が乱雑に現れては消え、しだいに落ち着きを取り戻していく。
——この診療所の医者と思われる男が、この机で日誌なのか日記なのか、何かを本に記している。
紫桜はこの映像のある部分に心をとめた。
昭和二年二月五日。
なんて所に送り込まれたんだ。この村は呪われているらしい——。
生贄にされた巫女の呪いとか、惨殺された親娘の怨みとか、言い伝えの内容は人によって微妙に違うのだが、共通しているのは、昔から数年に二、三人は
永遠の呪いだということだ。
昭和二年四月八日。
現在、呪いを受けたらしい十六歳の少年の症状は、確かに言い伝えられているとおりだ。
診たかぎり、このような症状は初めてだ。
昭和二年六月三日。
信じられないことに、呪詛を受けた者は生き埋めにされる。
男性ならば、ひと月から半年ほど蔵の中に隔離されたあとに。
女性はどういうわけか、隔離期間が長いようだ。数年間隔離されていた女性もいたらしい。
そして、呪詛を受けた者を生き埋めにしたその場所に、人を模した木組みを建てて燃やす『祟り鎮めの儀式』を行う。
呪詛を受けた者は
あの少年も例外なく殺された。
私は自分の命惜しさに、止めることが出来なかった。
馬鹿馬鹿しい、呪いなんてあるものか。
呪いなど……それ以上に私は、村人達の異常性が怖しい。
昭和二年八月九日。
十五歳の少女が再び受診に訪れた。
彼女は一週間前に原因不明の高熱を出したが、ほどなく容態は安定し、いつもの笑顔を取り戻した。
そのはずだった。
彼女は病床に伏しているあいだ、悪夢を見たと言っていたが、それは高熱によりうなされていたせいに違いなかった。
確かに、あの儀式によって殺された少年も悪夢を見ていたらしいのだが。
しかし、そうなる前に、少年は高熱に倒れることはなかったと聞く。
それなのに、おそらく彼女は呪詛を受けてしまっている。
幸いにも、早い段階で発見できた。初期症状だろうと思われる右手首の皮膚に硬化、頭髪の一部に白髪あり。露出部は隠し、髪は染めよう。
両親は協力してくれるだろうか? とにかく村の人間には悟られないようにしなければ。
昭和二年八月十日。
彼女の両親の協力は得られた。やはり我が子を見殺しにはできないのだろう。
本人にはまだ、別の病気で伝えてある。
普段の生活からは村人たちの異常性は見られない。あの儀式さえなければ。
彼女を生贄にはさせない。
そもそも、私はこの不可思議な病を治療するために、この村に送り込まれたのだから。
診断書を偽造する必要があるかも知れない。見られでもしたら大変だ。経過は、この本に残していく。
【傷病者】
身長百五十七、体重四十四。
自覚症状は右手首の皮膚硬化と白髪。白髪に関しては
本格的な治療は明日からだ。
彼女を生贄にはさせない。
突然! 重く冷たい風が吹き込んでくる。
紫桜は強制的に霊視を遮られ、がくりと膝を折った。
「加賀島! しえを頼む」
言うより早く、加賀島は飛びつくように紫桜を支えた。
おおおおおん——。
風の音か、恨みの声か——。それは部屋中に大きく響きながら頭上を移動している。
「あ、ああ、いま、廊下で何か動いた」
松宮が裏返った声で指をさした。
豪切はすでに札を一枚手にして構えている——。
だが、豪切と桜紗が廊下をのぞくが何事もなく、再び診療所内が静寂に包まれた——。
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