第13話 御守り

「……あれ? マチの家、誰も出ませんね」と斗南が携帯を操作する。

「この時間に? 食事の用意とかで忙しいのかもしれないわね」と豪切。

「まさか、伊予乃氏の家族にも何かあったわけじゃないだろうな?」

 と松宮の言葉に「それは無いな」と桜紗は即答した。

(それは無い? なぜそんなことが言い切れるんだ)疑問を抱いたが、口にはしなかった。


 しん、と車内が静まり返る。プップップッと小さな音に桜紗が気づいた。

「ん? 何の音だ、携帯かい?」

「ああ、はい。アプリを使って、自動でマチの家に三分おきにリダイヤルしてるんです」

「へー携帯でそんなこと出来るのかい」

「はい。このアプリを使えば相手に繋がるまで、設定した時間おきにリダイヤルしてくれますし、メッセージを保存しておけば、相手に繋がったときにそれを伝えることも出来るんです。相手が留守番電話だった場合でもメッセージを残して終了か、一旦終了して掛け直すかを留守電設定で選べます」


 すごいもんだな、と感心している桜紗に、「そのアプリを作ったのは斗南殿なの。パソコンさえあれば、なんでもできるものね」と豪切。

「しかもいま、めちゃくちゃ詳細に説明してたな。聞いてもいないのに、自慢げにさ」と松宮が斗南にふり返り意地悪そうに笑った。

「いや、自慢なんて、別に……」斗南はうつむきゴニョゴニョとなにかを言っている。


 いや、たいしたものだよ、と桜紗はさらに感心していたが、斗南は「まあ、このアプリを使わなくても、普通に留守電に残したり、何度も自分でかけ直せばいいだけの話なんですけど……」言ったところで電話は繋がった。


 嘘だらけの説明に胸を痛めつつも、伊予乃の母親から了承を得て「マチが起きたら、電話させます」そう最後に言い、電話を切った。




 ——午後七時四十分、真泊家前。

「じゃ、二十二時過ぎっすね。よろしくお願いしまっす」

 到着し、真泊が礼を言って車を降りようと後部座席のインナーハンドルに手をかけた。隣には未だ目を覚さない伊予乃が寝ている。


「お待ちください、真泊様。これを」紫桜が声をかけ、ペンダントを差し出した。

「これは祓うための物ではなく、効力も弱いのですが、この車のように怨霊から身を隠すことができます。あとで私たちと合流するまで、いまから、肌身離さず着けておいでください。怨霊に一度見つかってしまうと効果がなくなってしまいます」

「御守りっすか?」

 茶色く細い革製の紐に、小さな金のお札のペンダントトップが付いている。

 それを首にかけ、真泊は車を降りた。



「あー、分かってるよ!」

 真泊は自分の姿を見た母親の怒りをかわし、脱衣所に直行した。

 先ほどの御守りを洗面台に置き、服を脱ぎつつ鏡に映る自分を見て、これは怒るわ、と納得した。


「真ぉ、喧嘩したんだってぇ?」そこへ、騒ぎを聞いた姉が突然入ってきた。

「うおおい何だよ、まきねえ、喧嘩なんかしてねぇって」

「あんたが血まみれで帰って来たって言ってたから見に来たのよ。ひっどい顔ねぇ、ゾンビじゃん」

「ゾンビ? ……ああそうだよ、部活でゾンビ映画の撮影してんだよ。もうあっち行けよ、寒いよ、風邪ひいちまうよ」

「はぁいはい。お、何それペンダントじゃん? ふ、ふ、色気付いちゃってさ。ゆき姉に報告だわ」「はあ? 違うし」真泊の否定も聞かずに姉は出て行った。


「あー御守りか。肌身離さず着けてろって言ってたけど……風呂出てからでいいよな」御守りをつまみあげたが、再び洗面台に置いた。

「それにしても、あのお姉さん綺麗だったなぁ、『真泊様』だって」とニンマリするが、扉を開け風呂場を見た途端、水に呑まれた時の恐怖がよみがえる。

「何これ、やば、トラウマだわ」

 洗面台から御守りを取り、首から下げて風呂に入った。




 ——斗南家の玄関先で斗南と松宮が言い合っている。

「ちょっと先輩、本当にうちに上がる気ですか?」

「今更なんだ、ここに放置する気か?」


 車が斗南の家に到着すると「私もここで待つ」と松宮も降りていた。

 斗南は拒否したが、松宮は聞く耳を持たなかった。

 二人の首から下げられたペンダントが揺れている。

 桜紗に持っていろと二人が渡されたもので、真泊の受け取ったものと同じものだ。


 車から降りる間際——、

「あとで我々と合流するまで外さないようにな。あの怨霊に殺されるぞ」

「……分かった。では先ほど言った準備とは、私たちは何をすればいい?」と松宮。

「夜は長い、少し仮眠を取るといい。それから寒さ対策と動きやすい靴、あとは——覚悟だ。言っておくが、我々は身内が祟られたので、大元の斗南くんごと呪いを祓うために動いている。ついて来るだけの君らを守るつもりはない」と桜紗は言い、「わたしもあとで伊予乃殿の家に連絡しておくわ」と豪切が付け足すように言っていた。



「ほらほら、さっさと家に入って風呂に入れ」と松宮が斗南の背中を押す。

「すまないが、私も足を洗わせてもらいたいんだ。足がビチャビチャで気持ち悪い。一応言っておくが、その御守り、紐が革っぽいけど風呂に入る時も外さないようにな」




 ——白いミニバン車内。

「松宮殿に、『守るつもりはない』なんて脅しても無駄よ」

「こちらも万能ではないからな、覚悟はしてもらわなきゃならないのさ」

 桜紗の言葉に、確かに危険な相手だ、と豪切は固唾を呑んだ。「今の時点でどれだけわかっているの? 兄様の言った通り、奴は子供を持つ母親のようだったわ」


「ああ、さっきも言った通り、たいしてわかっちゃいないんだ」

 桜紗は「お前が危険な目にあったのを知って」と当たり前のように言った。虫の知らせなのか、霊能力のせいかは語らなかったが、その原因を知るために霊視をした結果、豪切が強い怨念に憑かれているのを知り、その原因であるキーワードが『となみいくと』であり、『北の方角』、『廃村』だったのだと言う。

 兄の力をよく知る豪切はそれだけ聞いて納得した。


に着いたらお前は体を清めて準備を整えてから寝ておけ。俺は蔵に行って役に立ちそうなものを用意するよ。一応、お友達の『ふだ』は俺が見ている」

 桜紗の言葉に「分かったわ」と豪切は何かを決意したかのように力強くうなずいた。

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