第12話 白き男②

 自分のひどい格好に躊躇している斗南に「気にせずに乗って」と豪切は言い、二人は後部座席に乗った。


「ちょっと待ってくださいよ! 俺も行きたいっす」

「え? おいおい、それはないだろう! どこに行くんだ? 廃村に向かうのか?」

 真泊が訴えると、松宮も白いミニバンの運転席に乗り込もうとしている桜紗に詰め寄った。


「君たちは分かっているのかい? 君らの仲間も命を落としているんだ。次は自分かもしれないぞ」

「充分承知だ! 正直私は霊なんて信じていないが、今起きている現象を見極めないわけにはいかない」

「俺もっす」


 首を横にふり、言い合っている暇は無い、と桜紗は二人の同行を許した。

 桜紗は黒のセダンの運転席に座る加賀島に説明し、真泊はその車に、松宮は桜紗の隣に乗った。


 桜紗は確認しながら斗南家の住所をカーナビに入力して、そのナビの上に設置されているホルダーに携帯電話をセットする。

 こうして斗南たちを乗せた二台の車は学校を後にした。


 すぐに桜紗が口を開いた。

「危険だというのに、困ったものだな君たちは……」


「無駄よ兄様。松宮殿の知識欲は止められはしないわ」

 運転席の後ろから豪切が言う。

「お前もお前だ、さざめ。忠告したはずだ。お前がしっかり対応していればこんなことにはならなかったろうに」


「……申し訳ない。これほど強い力で、これほど性急な奴だとは思わなくて何も用意をしていなかった」

「まったく……その顔の傷は大丈夫なのか?」

「問題無い」


「すまないな、斗南くん。出来損ないの愚妹のせいでこんなことになってしまった」

「え? いえ、そんなことはないです。こちらこそ、なんか……自分が原因でこんなことになったみたいで、すいません」

 うつむき悲しみに沈む斗南は小さく言った。その背中に、豪切が優しく手を当て真剣な眼差しで見据えていた。

「わたしもとても悲しい。だから、悲しむなとは言わないけれど、引きずったままでは危険よ。むずかしいとは思うけれど、全てが終わるまでは考えていてはだめ」

 


「——ま、とりあえず私の自己紹介でもしようか。もう知っての通り、さざめの兄の桜紗おうしゃだ。霊的事象を追って各地を回っている。研究者だ」


「お兄さん。まあ、豪切氏の兄という事だから信用はするが……このまま廃村に向かい、この騒ぎの根本を断つという事で良いんだな……ですね。 先ほど斗南氏が元凶だと言っていたが、どういったつながりがあるんだ……あるんで、しょうか?」

「……? 気にせず普通に話せばいいよ。我々も君たちも準備が必要だ。このまま君たちを送って、二十二時くらいにそれぞれの家に迎えに行く。ああ、そうだ、あの可愛らしい少女はのところで預かるから家に連絡を頼むよ」


「しかしお兄さん、学校の方は本当に大丈夫なんだろうか? 警察が来れば、生徒はもちろん、関係者に連絡が行くと思うが」

「そのへんはぬかりない」と桜紗は一言。


「それと元凶とは言え斗南くんが悪いわけではないんだが、原因ではある。正直、今の時点でわかっているのは点々とした情報だけだよ」

「おいおい、その程度でこんな大げさに行動を起こして良いものなのか? あ、失礼」

「はは、いいよ。普通でいい。ま、分かるよ。それにしても松宮さんは面白い子だな」

 桜紗は後ろから追走していた黒のセダンが、真泊を送るために別の道に行くのを、ルームミラーで確認しながら口角を上げた。

「いや、別に」と釈然としない様子の松宮が「ん〜では斗南氏、伊予乃氏の家への連絡は君に任せるよ」

 斗南は下ばかり見ていた視線を上げて、ひとつ深呼吸をして胸を張った。

「はい、かけてみます……ただ……なんて言いましょうか?」

「あぁ、んー、部の自主映画の撮影で……豪切氏のところに泊まる、とか?」

「うちはどうにでもなるからその案で問題ないわ」と豪切は言ったが、斗南は「うち、アニメ部ですよ?」と。

「アニメ部だって映画くらい作るだろう」

「それは、アニメの映画だったら分かりますけど」

「……じゃあそのドロドロの格好、なんて誤魔化すんだ?」

 斗南と松宮のやり取りに、「うちはどうにでもなるからその案で問題ないわ」と豪切は再び言った。嘘や誤魔化しが苦手な豪切には案が浮かばなかった。

「……じゃあそれで」と斗南は携帯を操作した。


 ふうぅ、と長いため息をついて、松宮は車の天井を見ながらシートに深く座り直した。そこへ、

「さっきのセリフ、なかなか洒落てたろ」と桜紗。


「は? シャレ? いつ……ん? ……ああなんだ、やっぱり、私の言った『おいおい』と『追い追い』をかけてたのか」

 松宮がさっと後ろを振り返り、豪切に問う。

「くだらなすぎて聞き流したが、いつもこんななのか?」


 ガクリと桜紗がうなだれる。

「まあ、昔からくだらないダジャレを空気も読まずに思いついた時に言うのよ。もっとも、それをバカにし続けたわたしには言わなくなったけれど。ちゃんと前を見て運転して、兄様」と豪切。


「三百メートル先を右折です」


 静まりかえる車内にカーナビの音声だけが響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る