第11話 白き男①

 その男は全身が白かった——。

 見た目ははかまのようだが、上下ともにダブついた部分も無く、体にピタリとしている服装で、白いブーツを履いていた。

 小顔で身長は百六十五センチもなさそうだが、切れ上がった目は、威圧感を感じさせ、全てを見通すような妖しさがあった。

 そしてなによりも特徴的なのはその白い髪——。

 短髪で無造作にハネたその髪は輝くように白かった。


「今のセリフ、なかなか洒落しゃれてたろ」

 そう言いながら男は倒れたままの、伊予乃の手足を整えながら、仰向けに寝かせた。


「かわいそうに。彼女、頭を切っているな。右手の爪も剥がれている。君は一見血まみれだが、なんともないかい? ああそうだ『となみいくと』くんで合ってるよな? 君、妹はいるかい?」


 「え? 斗南です、けど……妹はいないです。あの、あなたは、あ! あ、髪が」

 矢継ぎ早に質問をしてくるその男に、困惑しながらも斗南は答えたが、男の髪が後頭部のあたりから黒く染まっていくの見て、さらに混乱を深めた。


 そうだな、とその男は黒く染まった前髪をつまみながら「この先いちいち驚かれるのも面倒だから話しておくけれど、君、『使螺しらの一族』って知っているかい?」

「え、なんです?」

「いや、これはいいか。ちょっとした特異体質でね、"能力"を使うと一時的に白くなるんだ。だから気にしないでくれ」


桜紗おうしゃ様、あちらに」

 女性が白い男の後ろから耳打ちする。

「お、ようやく来たか」

 桜紗が斗南から別棟昇降口へ視線を移すと、ちょうどそこから松宮たちが出てきていた。豪切と真泊が蔵橋の亡骸なきがらを運んでいる。



 桜紗の後ろにはスーツ姿の四人、さきほど耳打ちした若い女性と中年の女性一人と、並んで男性二人が立っていた。


 さらにその後ろにはエンジンをかけたままの白いミニバン一台と、黒のセダンが二台、計三台の車が待機していた。



「おい、豪切氏あそこ! 校門のところに誰かいるぞ? 斗南氏もいるのか? って、あれ? おいおい、周りを見てみろ。生徒達が倒れているじゃないか。まさか、みんな……」


 パ! と校舎の電気が回復して、校庭に倒れている十数名の生徒と松宮たちを明かりが照らす。


「やはり兄様か」豪切はつぶやくと、警察に連絡しようと携帯を操作していた松宮を止めた。

「他の生徒は無事なはずよ。どうやらも消えたみたいだし、ここは彼らに任せましょう」

「彼ら? 知り合いか?」

「ええ、そのうちの、背の一番低いのがわたしの兄よ」

「兄? もしかして昨日言っていた『あいつ』って」

 豪切は深くうなずくと、ふっとため息をつき顔を上げた。



 全員が校門前に集まった。蔵橋の亡骸も伊予乃の隣に寝かせている。

「蔵橋! 蔵橋! あああ、なんで、なんでこんな、うああああ」

 斗南はへたり込み、うなだれる。その悲痛な声に、誰もが胸を締めつけられた。


「やはり犠牲者が出たか。しえ、加賀島かがしま、こっちの女の子を頼む」桜紗が手で指示をすると、若い女性がそれに応えて、中年の男性とともに伊予乃の介抱を始めた。


 豪切はもう一人の犠牲者であると思われる同家のことを桜紗に伝えている。

 しかし松宮は「いや、それだけじゃないぞ豪切氏、他の生徒や先生たちはどうなっているんだ?」と詰め寄った。

 そんな松宮の顔の前に手を差し出し桜紗が口をはさむ。

「この学校にいる、君たち以外の者たちは全員、あの怨霊の強すぎる霊気にあてられて気を失っただけだろう。校舎の電気が戻ったように、じきに目を覚ます」

 そう言い、後ろに目配せをすると「あとの処理を頼む。これはもう、今夜にでも行動を起こさねばならないだろう」とさらに言った。

 すぐに中年の女性と、もう一人の男性が動く。

「お気をつけてくだされ」と中年の女性は言い、男性は携帯を取り出して警察に連絡をしている。


 彼らは迅速で、一つも表情を変えることなく行動している。


(なんなんだ? この人たちは……こんな訳のわからない状況なのに。神社の人なのか?)

 斗南は悔しさと、悲しみに歪む顔を上げて、彼らを注視していた。


 ふいに肩に手が置かれ、見上げると、こちらを見ることもなく、なにを言うこともなく、ぼんやりとこの状況を眺めている松宮が立っていた。


 無言ではあったが、眼鏡の奥の悲しい瞳が、その心情を語っていた。




 四人は男女一組づつに分かれて行動している。

 特に目を引くのは、伊予乃を診ている二人で、二十代と思われる若い女性——染桜しざくらしえ、は百七十センチほどの豪切と同じくらいの身長で、脚も長く、痩せ型の体型にスーツがよく似合っている。まとめて低い位置でひとつ結びにした黒髪は腰の辺りまであった。

 少しつり上がった細い目が印象を強め、どことなく神秘的な雰囲気をまとっていた。


 一方、ペアである中年の男性——加賀島五三かがしまいつみは百八十センチ以上はあろう、がっしりとした体躯たいくだが、優しげな顔立ちで威圧感はなく、この場に不釣り合いなほど、穏やかな空気を纏っている。



「さあ、騒ぎが大きくなる前に、我々はここを離れる、いくぞさざめ。それと悪いが斗南くんにはついて来てもらう、元凶が君なのでな。とりあえず家に送ろう。話は車中で」

「え? ……はい」

「それとそこの憑依された少女は事が収まるまでこちらで預かる。平気だとは思うが念のためだ」

 その言葉を聞いて、紫桜と加賀島は伊予乃を黒のセダンに運び入れ、自分たちも乗り込んだ。


 白いミニバンの後部座席のドアを開け豪切は「それでは松宮殿たち、わたしたちは行くよ。騒ぎになるだろうが、二人に任せておけば大丈夫だ」

 そう言ってここに残る中年の二人を見遣った。

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