第6話 同家一途

 ——同家の住む、市営住宅の六○五号室。

 バタバタバタ「伊予乃氏! 落ち着け! 落ち着け!」ガシャアン「わ! あ! 伊予乃さん?」「あああが、ああ」バタンバタン。

「あーここだよなぁ。ここで伊予乃ちゃんを抑えるのに、携帯ほっぽり投げちまったんだよな。天井しか写ってねーし。ま、音声だけでも良いかぁ」

 同家が部室での動画を確認していた。


 同家一途は、この十一月半ばの時点で映像クリエイター専門学校の推薦入試に合格しており、もう卒業までは自由だと、ほぼ毎日撮影に勤しみ、撮りためたホラーな映像の編集や、休日にはネットで知り合った仲間たちとの自主ホラー映画を撮影していた。これには、たびたび伊予乃も参加していた。

 口調が軽いため、性格も雑で軽々しいのだと思われがちだが、自分の夢に真摯に取り組んでいる。


「やっぱりこれ、心霊現象なのか? だとしたら、すげーんだけど。豪切ちゃんがはっきり言ってくれりゃあ良かったんだけどなー、松宮ちゃんは集団催眠とか言いそうだし」動画を観ながらひとりごち、何度も見なおしていた。


 何度目かの再生のなか違和感を感じ、動画を戻す。

「痛むわよ、伊予乃殿」ガラン、バタバタバタ「あっっあっ⋯⋯」ボソボソ。伊予乃が気絶して、録画を止める二分ほどの間に、何かが聞こえた。


 ボリュームを最大にして聴きなおす。「––––ぞ、伊予乃殿」ガラン、バタバタバタ——。


「うるさいね一途! 何? またホラー映画?」

 母親が台所から怒鳴ると、「おおー何の映画? お兄ちゃん」と、同家と同じくホラー映画好きの弟が食いついてきた。


 同家の部屋には仕切りがなく、筒抜けなのだ。

「うっせーな違うよ。聞こえねって。うっせーし、うっぜーよ」

 そう言って同家は携帯にイヤホンを挿して家を出た。玄関を出てすぐの、外廊下の腰かべに背をつけ、しゃがみ込んで動画を確認した。


 ——バタバタバタ「あっっあっ⋯⋯」「邪魔な奴らだ、邪魔な奴らだ、邪魔な奴らだ——」ボリューム最大でようやく聞こえるレベルだ。

 邪魔な奴らって言ってるか? 女の声だな。伊予乃ちゃんたちじゃねえ。やべーよこれ、みんなに教えねえと。興奮気味にもう一度確認する。


 邪魔な奴らだ、邪魔な奴だ、邪魔な奴だ——。


「あれ? 『邪魔な奴だ⋯⋯』だったっけ?」


 動画を繰り返す。


 邪魔な奴だ、邪魔な奴だ——。


「なんだなんだ、おかしくね?」

 停止してイヤホンを耳から外す。が——その声は聞こえたままだった。

「邪魔な奴だ、邪魔な奴だ——」

「まだ……聞こえるんですけど……」

 辺りを見まわしながら立ち上がり後ろを確認するが、腰かべの向こうに見えるのは外の景色だけだった。だが——。


 次に振り返ると目の前にその女はいた!


「うわあああ?」

 同家は叫び! 一瞬、腰を落としそうになるものの体を反転させて逃げた。

 廊下の蛍光灯が激しく点滅する。

 エレベーター前まで逃げ、再び振り返ると、その女は蛍光灯の点滅に同調するように消えては現れ、確実に近づいて来ている。


 キシキシキシキシッ!

 剥き出しの歯の隙間から奇怪な音を出す。白目部分は真っ赤に充血して、光を吸収する艶のない黒目がくっきりと引き立つ。その凄まじい形相が、青白くしわだらけの顔にさらなる皺をつくり迫ってくる。

 不意に同家と女との間に白い小さなモヤがかかる——まるでそれは同家と女を遮るように。

 しかし、女は平然とそれをかき消して突進してきた。


 骨と皮だけのような細い両腕が伸びてくる。

「うわっ、うわあああああああ!」

 恐怖に混乱する。エレベーターの乗場ボタンを連打するも、待ちきれずに先にある外階段へ向かった。

 追いつかれる? 恐怖で後ろを振り返れない。えも言われぬ圧迫感に背中を押されるまま階段へ——。


 その勢いのまま踏み外し、前のめりに飛ぶように落ちた。

 転がり、踊り場の腰かべに頭突きをするような形で叩きつけられる。


 叫び声で、いち早く飛び出て来た母親が変わり果てた息子を見つけた。

 ビクリビクリと体は痙攣し、どぷりどぷりと割れた頭から大量の血液が流れ出ていた——。



 同時刻——斗南家。

「おかえり、父さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「おう、ただいま。いきなり何だ? 風呂に入ってからで良いか?」

 父親が帰宅するなり、斗南は駆け寄った。

 玄関に入ってすぐ、通せんぼされた父親が眉をしかめる。

「すぐすぐ、うちの家系でさ、どこだかの村出身の人っている?」

 父親は面倒くさそうに「は? ……いきなり何だよそれは」


 豪切からの連絡で、それを家族に確認して欲しいと言われたのだ。

 どうやら、斗南の見ている夢の場所がどこかの村ではないかと言うことだった。

 明日までに、重要なことだから——と。


 もし家族でわからなければ、親戚にも聞かなければいけないので、斗南ははやっていた。

「母さんに聞け」

 と父親は言う。

「もう聞いた。母さんの爺ちゃんも婆ちゃんも、村出身じゃなかったよ」

「家系って、爺ちゃんと婆ちゃんまでで良いのか? さかのぼればいずれ、誰だって村出身になるだろ」

「あー直近で良いんだと思う。いやー⋯⋯とりあえず」

 父親は「んー⋯⋯」と考え込んでいる。少し間を置いて答えた。


「あー……父さんがな⋯⋯ようは、いくとの爺ちゃんな。いくとが生まれるずっと前に死んじまった爺ちゃんが……詳しくは覚えていないが、〇〇県のどこだかの村出身だったな。もう、とっくに廃村になっているよ。……どうして、そんな事を知りたいんだ?」

 そこで斗南の父親は口をつぐんだ。実は話したくなかったのだ。思い出してしまった——。

 自身が成人してまもなく、父親の死の直前に聞かされた『呪われた村』の話を——。


「まあ、ちょっと……どうしても知りたかったんだ。ありがとう、父さん」

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