第7話 廃村

 次の日、放課後——斗南、伊予乃、蔵橋、真泊の四人が集まるアニメ部室に、神妙な面持ちの松宮と、頬から鼻にかけてテープを付けた豪切が入って来た。

「おはようございます」そう斗南たちが挨拶するも、二人には聞こえていないようで、応えずに松宮が豪切に目配せをする。

 豪切はうなずき、話し始めた。いつものテンションの高さはなかった。


「みな聞いてくれ、昨夜同家殿が亡くなった。住んでいた住宅で事故に遭ったらしい」


「……マジっすか?」

 真泊はとても信じられないというふうに、つぶやくように言い、他の者達も驚きの言葉を口にした。


 眼鏡をくいっとあげ、松宮が続いて話す。

「担任を問い詰めて聞いたんだが、事故現場が同家氏の住戸がある六階から五階への外階段途中の踊り場で、頭を強打して首の骨を折ってしまったらしい。それ以外は分からない。それに事件性もあるらしくて警察が調べてるって話だ」

「事件性っすか?」

「家族や住民が同家氏の悲鳴のような叫び声を聞いているらしい。もっとも、落ちる時に叫んだのか、叫んでから落ちたのかは分からないみたいだけど」


「誰かに襲われたかもしれないんですね」

 神妙な顔つきで問いかける斗南に、分からない、と黙ったまま首を横に振る松宮の代わりに豪切が口をひらいた。

「問題はそこね。同家殿が襲われたとすれば、その犯人は何?」

 伊予乃は見つめていたフローリングの床から視線を豪切に移し——「『誰?』じゃなくて、『何?』ですか?」


 間髪入れずに豪切が「おそらく——例の『女』ではないかと……わたしは考えている」


だけに、か?」

 ため息まじりに、茶化すように松宮は言った。

「ふざけないで、人一人亡くなっているのよ」と豪切。

「だからなおさらだよ。唐突に何を言うかと思えば霊に襲われたと? 確かに現実におかしな事ばかり起きている。とはいえ霊だとか怨念だとか、正直、私には信じられないんだよ。霊が人の命まで取るなんて漫画や映画の話だろう。これは本当に事件か事故で、こんな状況だから関連性をもたせてしまっているだけだろう」

「たしかにちょっと、幽霊に襲われるっていうのは……」言って、真泊も首を傾げた。


「……昨日も言ったけれど、その反応が普通だとは思う。しかし——」

 豪切の言葉を松宮が遮り「ではなぜ同家氏なんだ? なぜ伊予乃氏は錯乱したんだ? もし襲われているならば、その理由はなんだ。ただ単に、関わった我々を適当な順番で襲っているだけか?」

「え? じゃあ、自分も幽霊に狙われるってことですか?」と真泊。


「伊予乃殿に関しては分からないが、同家殿が襲われたのはおそらく撮影していた動画のせい。写真や動画を撮って霊に憑かれた話はよくあることだった。それなのにわたしは……看過してはいけなかった」


「では、それを観ていて、襲われて家を飛び出たってのか? それなら同家氏の家族に……いや、家族に確認できる状況ではないか」

 松宮が髪の毛をぐしゃぐしゃにかきあげている。イライラしているのが手に取るように分かる。


「とにかく、あの夢が現実とどう関係しているのかをはっきりさせるために、斗南殿に確認してもらってる事がある」

 豪切が斗南を見つめる。

「あ、ああ、そうでした。豪切先輩の言ったように、僕の爺ちゃんが〇〇県にあった村の出身でした。ただ、もう廃村になってるみたいで、場所までは分からなかったです」


「北の方角にある廃村か……兄様の言った通りか」と豪切は口の中で呟いた。

「そう、急かしてしまって申し訳なかったわ。ありがとう。これで、ほぼ間違いない」


 そして、この一連の騒動の答えはその廃村にある、と豪切は言った。


 静まり返る部室内に豪切の声だけが響く。

「ちょうど明日は休みだから今夜、同家殿の通夜を済ませたあとに、その廃村に行ってみようと思う。お祓いの一つでもしてくるわ」

「でも、詳しい場所は分からないんですよ?」

「斗南殿の得意のパソコンで調べられないかしら。もう少し情報を得て範囲を狭めることができれば、あとは自分で探せると思うの」


「あの、それなら自分もついて行っていいっすか? 昨日ぶん投げられてから、本当にそんなものがいるのか興味があって」

「それなら私もお供したいね。霊障なんてものが、この目で見れるならね」

 と、真泊と松宮。

「二人とも——もしかしたら命に関わるかも知れないのよ。わたしは同家殿の件は事件や事故ではないと考えている」


「だから、それをはっきりさせようじゃないか」

 そう言って松宮は眼鏡を軽く押さえた。





 その頃、同家の部屋の机の上に置かれた携帯画面があやしく光り、勝手に動画が再生された。

「あああが、ああ」ドタドタドタ。

「まて、まて、みんな、少し抑えを緩めてくれ! 伊予乃殿の肩が、右肩が外れている!」「痛むぞ、伊予乃殿」ガラン、バタバタバタ「あっっあっ⋯⋯」邪魔な奴らだ、邪魔な奴らめ、こいつら全員——邪魔な奴らだ。





「——さあ、そろそろ帰ろうか。厚間木が来てもうるさいからな。みんな、通夜には出るんだろう、私と豪切氏はこのまま向かうよ」

「はい、私は一度帰ろうと思います。もうなんだか怖くて、耐えられません」

 帰宅を促した松宮に、伊予乃が吐露する。「大丈夫か? あ、僕も一度帰って、マチと一緒に行きます」生気を失ったその顔を覗き込み斗南は言った。

「ええ、その方が良いわね。では、みな気をつけて」

 豪切の言葉に背を押され、一同は重苦しい空気につつまれた部室を出た。

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