第5話 霊障

 豪切は立ち上がり「そう、現時点ではさっきの騒ぎと、斗南殿の話しが関係あるかどうかは分からないけれど、『女』が、二人の言う『女』と同一であるならば、何か良からぬ事が起きるかもしれない……いえ、もう起きているのか。みな、このあとの不可思議な事象にはくれぐれも注意してちょうだい」と。

「お前ら、何の話だ? 怪談話じゃないのか?」聞いていた阿津間木が、いぶかしげに言った。


「さてみんな、そろそろ解散しよう。斗南氏は、伊予乃氏を家までしっかり送るように」

 阿津間木は部室を出る生徒たちを見送り、ボソッと「何だよ……怪談話だったら先生も呼んでくれよ」と言った。どうやら大の怪談好きだったらしい。



 

「さてさて、松宮殿、黙ったままむずかしい顔をして、何か話しがあるんでしょう?」

 駅へ向かう途中、豪切が切り出した。

「まあそうだ。だがその前に、その顔の傷は本当に大丈夫なのか?」

「この伊予乃殿にもらった絆創膏で充分よ。それに、この騒ぎはわたしのせいかも知れないから」

 と顔に傷がついたことをなんら気にもとめていない。


「わたしのせい? どういうことだ?」

「気軽に覗こうとしてしまったから。これはその戒め」

「戒めねぇ? よく分からないが、伊予乃氏が自分がそれをやったと知ったら大騒ぎするだろうな……で、まあ話とは、私としては伊予乃氏のあの暴力性異常行動は、過度のストレスによる統合失調症か、急性一過性精神病性障害が原因ではないだろうかと考えている。霊なんてものはやはり信じられないからな」

「はっはー、松宮殿らしいけれど、わたしはやはり霊障だと考えている。それも、とてつもなく強い憎悪を伴っているわ。こんなの今まで出会った事がない」


「ふう……そうか。ではそれに絡んでいるのがさっき言っていた『女』というのか……あの二人は『女』についての容姿には触れていなかったようだが」

「ええ、視えたわ。伊予乃殿の後ろにいた長い髪を振り乱した女が。まあ、あとは斗南殿の言うとそれが同じなのかどうかね」


「見えた? はー……霊ねぇ。豪切氏が霊能者だとは知らなかったよ。それって普通の人間みたいに見えるもんなのか?」

「ふふふ、信じていないくせに。説明したって、どうせいろいろこじつけて否定するんでしょう」

「はなから否定はしてないだろ。信じるさ、こじつけられないほどのものを見れればね。むしろ、本当にそんなものがあるなら知りたいくらいだよ」

「その反応が普通ね。どちらにしろ、わたしが視たものが間違いではなかったのか、これが本当に霊障なのかどうかは、が絡んでくるような事があれば……はっきりするわ」

「あいつ?」

「ふふっ、こっちの話。こういったことに目ざとい奴がいるのよ。ともかく後で斗南殿に連絡してみるわ。少し調べて欲しい事があるの」

「また明日なにか起こるってことか?」

「おそらく。みなに何もなければ良いのだけれど」


 駅に着くと、松宮は最後に訊く「では明日な。ああそうだ、さっき言ってた注意しろとは、具体的になにをすればいいんだ?」

「そうね……実際、ことが起これば現時点では何もしようがないわね。相手がどんなものかも分かっていないし」

 そう聞いて松宮は肩をすくめ、豪切とは別のホームへと分かれた。


 それからすぐだった。一人になるのを見計らったように豪切の携帯が鳴る。

「もう来たか、兄様あにさま」と首を横に振って電話を取った。

 相手は妙にテンションの高い声で話す。

「やあ、さざめ。元気そうでなによりだ。なぜ電話をしたのか分かっていると思うが、これはだろう。何やら面白い事に足を突っ込んだな」



 駅のホームで電車を待つあいだに豪切はひと通りの説明を終えた。

 まもなく電車が入ってくるとアナウンスが流れた。


「——状況はそういったところ。それにしても、本当に兄様は耳が早い。もう電車が来るから切るわ」

「耳は使っていないがね。もちろん身内の厄災には敏感だし、見過ごさない。まあ待て、確認だがその少女は本当にお前を狙っていたのか?」

「何が言いたいの? もともとの狙いはわたしではないと? あ、もう切るわ」

「とにかく、の本体は北の方角にある。忘れ去られた廃村。沖縄からでは、それぐらいしか分からない。仕事も終わったし、すぐに帰るよ」

 電車がホームに入って来る。


「ああ、もう一つ。さざめ、なんにせよ、ホームの端には立つなよ」

 電話が切れる! ホームの端––––? やばい!

 豪切はとっさに身をひねる。と同時に、何かに肩を押された。

 電車の警笛が激しく鳴る。

 バランスを崩しながらも、ドッと両手、両膝をホームの床についた。どうにか電車に接触せずに済んだ。

 周りの皆が注目しているが、そばには誰もいなかった。

 顔面は蒼白で、床についた手が震えている。

 はあ、はあ、はあ——、必死に息を整える目の前に、落ちている携帯の画面が光る。

 フォン。着信音とともにメッセージが現れた。


〈気をつけろよ、さざめ。やり方をたがえば死人が出るぞ〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る