第4話 憑依
昨日とは違い、机の上に仰向けになっていたため、少し背中が痛んだが、斗南はあっという間に眠りについた。
程なく、斗南は話し出した。
「——受けた? ——やだ、呪われ——いや——いやだよ」(よく聞き取れない。呪い? 別の夢?)豪切は途切れ途切れの言葉に、より耳を傾けた。
「いくと、はぁ、苦しそう。ご、豪切先輩、やっぱりこんな事、やめた方が良いです」
豪切の左後方に立つ伊予乃が訴えかけてきたが、同家が割って入る。
「いやいや苦しそうって、自分の方が苦しそうだよ、伊予乃ちゃん」
豪切は斗南の状態を見ながらも、二人の会話に意識を向けている——突然、斗南が声を荒げた。
「いや、やめて! あああ、出して! いやああ」
例の夢だ! と、全員が反応する。
斗南は両手を少し胸の辺りに出している、まるでパントマイムのように、目の前に壁があるように。「はあっはあっ! あああああ、貴様ら、貴様らああ! 憎い! 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いいいいいい」
「おおおい、おい、豪切氏! これはヤバいんじゃないか?」
「憎い憎い憎い憎い憎い——」
「この怒りは、強い憎悪よ——」カチカチカチ。松宮に答えようとしている豪切の左後方から乾いた音が聞こえた。
カチカチ。「——しかし、斗南殿はただ叫んでいるだけで憎悪を発してるわけではない!」
憎悪の出どころは——、
後ろから——豪切は左後方に振り返る。
鋭い目つきで伊予乃が右手に持ったカッターナイフを振りかぶっている——。
気づくのが早く、豪切は振り下ろされたカッターナイフを回避した! しかし、そのまま振り下ろした手は横に避けた豪切を追う。伊予乃は睨みつけたまま、カチカチカチっとさらにカッターナイフの刃を伸ばしながら左から右へ豪切の顔を一文字に引き裂く——。
パキンッ!
伸ばしすぎた薄い刃は鼻骨に当たり折れた。
「くあっっ」のけぞった豪切は、切られた頬と鼻を押さえながらも伊予乃から視線を外さない。
何かに取り憑かれたように歯を剥き出しながら、伊予乃が迫る——。
パンッ! 伊予乃の手が上にはじかれ、カッターナイフはくりくりと回転して飛んだ。
真泊の前蹴上げが右手にヒットしたのだ。
「あああ、すいません、伊予乃先輩。つい、足が出ちゃったっす。そんな物——」
慌てて伊予乃に近づく真泊に「駄目よ!」と豪切が制止するが、それよりも早く、伊予乃が振り返り右手を突き出した。
胸ぐらを掴まれ、そのまま真泊はぶん投げられた。
豪切が伊予乃の両肩を掴み、押し倒す——同時に他の者たちが腕を、足を、顔を押さえ込んだ。
「何なんだよ、これ?」「伊予乃氏! 落ち着け! 落ち着け!」「わ! あ! 伊予乃さん?」部室内はパニック状態だ。「あああが、ああ」伊予乃が叫ぶ。
「まて、まって、みな、少し抑えを緩めて! 伊予乃殿の肩が、右肩が外れているの!」
神職の娘であり、合気柔術にも長けた豪切は、肩を掴んだ時に気づいた。
それもそうだろう。細身の腕一本で身長百七十近い男子高生をむりやり投げたのだから。「痛むわよ、伊予乃殿」肩を入れようと試みる。
「ぎああああ」ゴグリと鈍い音がして肩がはまった。
「あっっあっ……」
顔を歪め、伊予乃は気を失った。斗南もいつの間にか落ち着き寝ている。
再び部室内に静寂が訪れる。
「ご、豪切氏、これは一体どういうことだ? うわ、顔が血だらけじゃないか」
「大丈夫、傷は深くないわ。それよりもこれを、松宮殿はどうみる?」
「ええ? ん……そうだな、やはり、この場の雰囲気や恐怖感、強いストレスによる錯乱か?」
「そうかしら? もともと夢の内容を知ろう、というだけで、興味や不安はあっても錯乱するほどの恐怖なんて無いはずでしょう」
「確かにおかしいっすね。いててて。カッターを持ってるなんて、伊予乃先輩は初めからカッターを用意してたんじゃないっすかね」
「おおお、真泊ちゃん、大丈夫か?」
「はい。どうにか」
「はっはー、真泊殿も無事で良かったわ」
言って、斗南と伊予乃を見ながら「この二人からも、いろいろ聞けると良いのだけれど」
程なくして二人は目覚めたのだが、伊予乃は昨日の深夜から今までの記憶が曖昧で、ほとんど覚えていなかった。
切られた鼻の手当てをしている豪切の代わりに「では斗南氏はどうだい?」と松宮は問う。
かなり疲れた様子の斗南はポツリポツリと話し始めた。
「今まで見た夢の続きなのか前なのかは分かりませんが……どこかの山の中にある屋敷? 洋館? でしょうか、僕はそこで子供を……男の子だと思うんですけど、その子をどこかに隠そうとしているんですよね。それから外に出て、沢山の男たちに追われて——」
皆、食い入るように話を聞いていたが、同家が待ったをかけた。
「ちょい待ち斗南ちゃん、足音だ。また阿津間木先生じゃね?」
言うと同時に部室のドアが開いた。
「おおお、やっぱりいたのかお前ら。電気もつけずに何やってんだ」
「ああー先生、今、怖い話の、ちょうど良いところだったのに。もうちょいで終わるんで、もうちょい待ってください」
「お前ら……夏でもないのに怪談話か?」
とりあえずごまかす同家が話の続きを促した。
「はい。そ、それで次の瞬間にはいつもの真っ暗闇に閉じ込められていたんです。ただ、はっきり分かったのは、やっぱり夢で見ていた映像は、女の人の見た映像だったんです」
「では、それは斗南殿の夢ではなく、もちろんその女の夢でもなく、その女の実体験だということかしら?」
「……そこまでは、ちょっと……分かりませんが」
「聞いたことないね。そういうパターンの悪夢」
そう言った蔵橋の言葉に、全員うなずいた。
そうだった、そういえば、と伊予乃が申し訳なさそうに口を開いた。「わたしも女の人の声を聞いたんだ。昨日、夜中に目が覚めて。それから……覚えてない……」
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