第32話
古びた賃貸マンションの一画に、修兵のマスタングが停まった。
車から降りて見上げると、白茶けた五階建ての四角い建物は、どのテラスも干してある布団や洗濯物でいっぱいだった。
階段の角を曲がり、一室の前で立ち止まった。
朋二の部屋である。
呼び鈴を押すと、ドアが開き、妻のモモヨが顔を出した。
サングラスを外して頭を下げると、モモヨも暗い瞳で頭を下げ、修兵を中へ通した。
ダイニングを抜け和室へ入ると、部屋の隅に簡素な仏壇があり、朋二の遺影が飾られている。
モモヨは仏壇の反対側へ回って正座をし、修兵は隣へ座ってもう一度深々と頭を下げた。
モモヨもそうした。
修兵は仏壇の前へ進み出た。
朋二が笑っている。
修兵はポケットから分厚い香典袋を取り出し、仏壇に供えた。
線香を上げ、手を合わせる。
怒りとも悲しみともつかぬ想いが胸の奥からこみ上げてきて、身体が震え、その場を一歩も動けなかった。
唐突に、奥の部屋から赤ん坊の泣き声が上がった。
驚いて振り返ると、赤ん坊はさらに甲高い声で泣いた。
母を呼んでいるのだろう。
「ちょっと失礼します」
そう言ってモモヨが立って行き、その部屋へ入った。
修兵は唖然として見送った。
(朋さん……)
隣の部屋がしずまったので、立って行って襖の隙間から覗いてみると、モモヨが赤子をあやしながら乳を与えているのだった。
修兵はしばらく泣きそうな顔で見守っていたが、やがて立ち上がり、彼女には声をかけずに部屋を出て行った。
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