第29話

 闇雲に車を走らせるうち、雨が降り出した。


 霞んだフロントウインドーの向こうに、傘をさして舗道を歩く優希の後ろ姿が見えた。


 何故それが彼女だとわかったのだろう?


 気がつくと、彼は路肩に車を寄せて停めていた。


 修兵は車を降りると、傘もささずガードレールの傍に立ち、優希が歩いてくるのを待った。


 彼女は左手に買い物カゴを下げ、白い傘をさし、右手に大きな紙袋を抱えていた。


 ふと視線を上げ、行く手に佇んでいる修兵に気づいたが、かえって歩調を速め、素知らぬ顔で通り過ぎた。


「優希」


 背中へ呼びかけてみたが、彼女は立ち止まるどころか、さらに歩調を速めようとする。


 修兵は後ろから駆け寄り、慌てて肩へ手をかけた。


「待てよ」


「触らないで」と、優希は振り返らずに吐き捨てた。


 冷淡な反応に、修兵は一瞬棒立ちになった。


 優希は身体をよじって力任せに修兵の手を振りほどくと、重い口調ではっきりと言った。


「汚い手で触らないでよ」


 修兵は呆然と優希を見つめた。


「今さらよくものこのこ顔を出せたものね。みんなをさんざん騙しておいて!」


「俺は……」


「何もかもあんたのせいよ。あんたたちみたいなヤクザが偉そうにのさばってるせいで、私たちは滅茶苦茶だわ。先生は心労で倒れてしまうし、施設も潰されて。あんたみたいな連中が……」


 そこまで言うと、感極まったように言葉に詰まってしまう。


「もう二度と私の前に現れないで」


 優希は言い捨てると、見向きもせずに歩いて行った。


 後ろ姿を見送りながら、修兵は改めて自分の罪深さに打ちのめされた。


 濡れた舗道へ視線を落とすと、雨が強くなった。

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