第28話

 そこに、修兵が立っていた。


 目が合うと、朋二は苦しそうに視線をそらし、黙って通り過ぎた。


 打ちしおれた後ろ姿を、修兵は哀しい気持ちで見送った。


 部屋の中から賢秀が呼んでいる。


「おう、修兵!」


 彼は満面の笑みで修兵を迎え入れ、ドアを閉めた。


「待っとったぞ、おまえの帰り。今か今かとなあ」


「どうも」


 ちらっと窓辺を見遣ると、祐二がポケットに両手を突っ込んで外の景色を眺めている。


「しかし、その歓迎のお言葉。額面通り受け取らせていただいてよろしいんでしょうね」


「どういう意味じゃ?」


「昔の俺のシマ。そっくりお返しいただけると」


 祐二が振り返って修兵を見た。


「もちろんじゃ」


「そりゃどうも」


 修兵は祐二に言った。


「聞いたか祐二。今日までのシマのあがり、この場でもらおうかい」


 賢秀が慌ててなだめにかかる。


「待ちや、修兵。今すぐは……」


「何故です。はっきりおっしゃったじゃねえですかい、俺にシマを返すと」


「だから、だから今は駄目なんだ。祐二からも聞いただろう。今は組内がゴタゴタしとってな。おめえのシマ、今しばらく祐二に預けたってくれ。なあに、悪いようにはしねえ」


 そして、修兵が疑惑の眼差しを向けると、


「な、何だおめえ。俺が信用できねえのか?」


「ちょっと気になる噂を耳にしましてね」


「噂だぁ?」


「組長には俺が邪魔者だったってんですよ。黒竜会の会長殺らせようとしたのも罠だったって」


「何だとう」


「会長をうまく殺りゃあ20年からくらいこむに違いないし、ドジりゃ逆に殺られてめでたしめでたし。どっちにしろ俺はうまく追っ払われるはずだったんだと」


「バ、バカ。滅多なことを言うもんじゃねえ」


「それが当てが外れて三年で出てきちまったもんで、組長困ってらっしゃるとか……」


「修兵さん」と、窓辺から歩み寄った祐二が言った。


「あなたらしくもないですね、そのおっしゃりようは。組長に失礼ですよ」


 上着のポケットから札の入った封筒を取り出し、修兵の前の机に置いた。


「とりあえず、ここに30万あります。これでしばらくはゆっくり……」


 雰囲気が一段と険悪なものになり、賢秀が慌ててとりなした。


「だから、とりあえずだ。おまえも疲れてるだろう」


 修兵はいきなり祐二の胸倉をつかんで引き寄せると、拳を固めて殴りつけた。


 もんどりうって床に転がったところへ、今度は乱暴に蹴りを入れる。


「ずい分とナメたマネしてくれるじゃねえか。ああっ!」


 脇腹を押さえて呻いている祐二を怒鳴りつけ、机の上の封筒をポケットにしまうと、賢秀の方へ鋭い一瞥を送った。


「組長。組長が何をお考えか俺にはわかりません。でも、もし噂通りのお人だったなら、きっちりケジメは取らせてもらいますよ」


 部屋から出ようとドアに手をかけると、のっそり起き上がった祐二が、唇にこびりついた血を拭って薄ら笑いを浮かべた。


「御隠居も一昨年亡くなられました。修兵さん、あんたたちの時代はもう終わったんですよ。今の俺はもう、あんたなんざ怖かねえんだ」


 修兵は振り返り、祐二を睨みつけた。


 火を噴きそうなその視線にも、確かに祐二は恐れている風ではなかった。


 しばし睨み合うと、修兵はドアを開けて組長室を後にした。


 事務所の建物を出ると、道端にマスタングが停まっていて、昨日の腰巾着二人が見張りについていた。


 修兵は歩いて行き、彼らの方へ右手を突き出した。


「キーよこせ」


「待ってください。この車は祐二のアニキの……」


 言いかけた男の腹へ、修兵の膝が蹴り込まれた。


 もんどりうって、路肩へ転がる。


「何が祐二のアニキだ。ブッ殺すぞこの野郎!」


 立っている方の男はすっかり怯え、震える手で上着のポケットからキーを取り出した。


 ひったくるように奪い取り、車へ乗り込むと、マスタングはドライバーの心を代弁するかのようにタイヤを鳴らし、乱暴に急発進した。


 その腰巾着は、呆然と突っ立ったまま、倒れている仲間と走り去る車を交互に眺めた。

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