第26話

 修兵はマンションへ戻ると、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、テラスへ歩きながら蓋を開けた。


 窓から外へ出て、東京の薄汚れた街並みを一望しながら、グッと一口流し込む。


 湿った唇を右腕で拭い、手すりに寄りかかった。


「畜生、いったいどうなってやがる。祐二の野郎、俺のシマでデカい面しやがって」


 インターホンが鳴った。


 訪れたのは、下っ端二人を従えた祐二であった。


 優希への態度が思い出され、怒りに眼が眩んだが、ひとまず気持ちを落ち着かせ、三人をリビングへ通した。


 修兵は窓際に立ち、敢えて彼らを見ようとはしなかった。


 背を向けたままの修兵に、祐二が丁重に頭を下げた。


「お久し振りです、修兵さん。三年のお務めご苦労様でした」


 二人の下っ端も慇懃無礼に頭を下げた。


 修兵を敬うのではなく、単に祐二に命じられているだけというのがよくわかる一礼だった。


 修兵は振り返り、祐二に鋭い一瞥をくれた。


「おめえもたいそう元気そうじゃねえか。人のシマを我が物顔でのし歩きやがって」


「そのことなんですがね、修兵さん」


 口を開きかけた祐二に足早に歩み寄り、


「何がそのことですがだ。人をコケにしてハメやがって。どうなるかわかってんだろうな」


 祐二は機嫌を取るように表情を崩した。


「まあ、落ち着いてください。あなたのシマは組長から一時的にお預かりしているだけです。組のいざこざが一段落したら、すぐにお返しします」


「いざこざだと?」


「ええ。先代の恩義をカサにきて、組長にたてつく連中がいるんです。そいつらを抑えとかないことには、組がバラバラになっちまいます。そんな長いことじゃありません。今少し、このまま辛抱しておくんなさい」


「組のためにおとなしくしてろってことだな」


「はい」


「あの孤児院を何故潰した? 俺がいたことは知ってんだろ。それも組のためか?」


「そうです」


 修兵はいらだたしげに背を向け、また窓辺へ寄った。


 その背中へ祐二は声をかけた。


「それじゃ、お疲れでしょうから俺はこれで。組長がお会いするのを楽しみになさってますんで、明日にでも組の方へ顔を出してやっておくんなさい」


 祐二は踵を返し、玄関へ歩き出した。


 窓の外へ目を遣ったまま、修兵が呼び止める。


「補佐ってな、組長補佐か」


 祐二が立ち止まった。


 振り返り、修兵の背中を睨みつけたが、その眼に殺気が走った。


「……」


「出世したもんだな」


 祐二は何も言わず、粛々と出て行った。


 下っ端の二人もおずおずと後に続き、すぐいなくなった。

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