第25話

 ジンが運転席から声をかけてくる。


「どこへ行きます。組ですか、それともマンションへ?」


 最初に行く場所は決まっていた。


 孤児院である。


 そこには、いまも御園優希がいるはずだった。


 しかし、ジンの問いかけには答えず、修兵は黙って窓から外を眺めていた。


 街は、この三年ですっかり変わっていた。


 林立するビルや、近代的な洒落たショッピングモール。


 きれいに舗装された道路。


 かつて修兵が治めていた頃の面影はどこにもなかった。


 嫌な予感がした。


 そして、嫌な勘ほどよく当たるものだ。


 その場所に孤児院はなく、巨大なサラ金会社のビルが威風堂々そそり立っていた。


 路地の角にメルセデスを停め、車を降りた修兵は、呆然とそのビルを見上げた。


 呟きが、おのずと口をついた。


「こいつは……どうなってんだ?」


 車の横で立ち尽くしていると、やがてそのビルの正面玄関に組の下っ端にかしずかれた一人の男が姿を現した。


 かなりの地位にある男だとわかるが、その顔には見覚えがある。


 大滝祐二であった。


 祐二は玄関前の真新しい階段を下り、足早に舗道を歩いて行く。


 行く手に駐車しているのは、まぎれもなく修兵のマスタングだった。


 すぐ後ろから懸命に追いすがってくる女の姿があった。


「待って。待ってください。せめて、追い出された子供たちの暮らしだけは保障して。私はどうなってもいいから!」


 それが、御園優希だった。


 祐二が立ち止まり、振り返った。


「しつこい人だな。そのことならもうとっくにケリがついてるはずだ。彼らを受け入れてくれる教会も紹介したし、金も十分渡した。今さらおかしないいがかりはやめてくれ。迷惑だ」


 言い捨ててまた歩き出そうとする祐二に、彼女は必死で追いすがった。


「あんたたち、それでも人間なの。弱い者いじめがそんなに楽しいの!」


 だが、呆気なく取り巻きのチンピラたちに引き離され、路上へ突き倒された。


「オラオラ、補佐はお忙しい身体なんだ。どけっ!」


 祐二は倒れている優希を見下ろし、冷たく吐き捨てた。


「よく覚えとけよ。あんた、修兵の知り合いじゃなかったら、とっくに死んでるとこなんだぜ」


 そして、懐から財布を取り出し、数枚の万札を乱暴に浴びせかけた。


 紙幣が舗道に散らばり、優希は地面に突っ伏したまま悔しさに打ち震えていた。


「子供の玩具代だ!」と、祐二は言った。


 祐二を乗せたマスタングは、轟音を残して走り去った。


 チンピラたちもほうぼうへ散り、取り残された優希は力尽きて身じろぎもしなかった。


 修兵は一部始終を見ていたが、あまりのことに声すらかけられなかった。


 優希の瞳からは幾筋もの涙が頬を伝い、コンクリートの舗道にこぼれ落ちた。

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