第21話

 夜の浜辺は静まり返り、波の音しか聞こえなかった。


 修兵は駐車場にマスタングを停めた。


 眼前にコールタールを流したような真っ黒な海が広がり、時折月光に波頭が蒼白く輝く。


 優希は車の横に立って潮風に髪をなびかせ、吸い込まれるようにその光景に見入っていた。


 少し離れたところに立っている修兵には、その姿がいまにも暗闇に溶け込んで消えてしまいそうに感じられ、胸の奥から愛しさがこみ上げた。


「驚いたわ。夜の海がこんなに神秘的だったなんて」


 空は高く、星々の幻想的なきらめきに埋め尽くされている。


 修兵は、ほとんど無意識のように呟いた。


「おまえに会えるのも、これが最後かもしれねえな……」


 優希が振り返った。


「え、何か言った?」


「いや。寒くないか」


「うん、大丈夫」


 修兵は砂に足跡を刻みつつ、彼女の横に立った。


「こんな俺にも、昔はおまえと同じように夢があったんだぜ。おかしいだろ。毎日喧嘩に明け暮れて、ボロボロになっちゃいじけてた俺に夢だなんて」


 優希は黙ってその横顔を見つめた。


 修兵はスーツのポケットに手を入れたまま、降るような星空を見上げた。


「いつか自分の会社を作って金を儲けて、親と馴れ合う連中を顎でこきつかってやる。銀座のど真ん中にでっけえビルをおっ建てて、てっぺんから地べた這いつくばってる奴らを嗤ってやるんだ。ざまあみろ! けど、哀しいよな。年端もいかねえガキが、そんなことばっか考えてるなんてさ。今はもう、そう思うよ」


 優希は修兵の腕に自分のそれをからめ、彼の胸に身体を預けた。


 かすかに唇を開き、呟くように訊ねる。


「それで、その夢はかなったの?」


 修兵は口をつぐみ、しばらくじっと彼女を見つめた。


 そして、ふっと視線を外すと小さく笑った。

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