第20話

 約束の放課後、御園優希は誰もいない校庭の片隅でジャングルジムに上り、夕暮れの涼しい風に吹かれていた。地面に長い影が伸びている。


 そこへ、校門の方から近づいてくる人影があった。


 修兵である。


 彼はジャングルジムの下までやって来ると、優希を見上げて訊いた。


「何してんだ、そんなとこで」


「何もしてないわ、ただ上ってみただけ。いい風だわ、修兵くんもおいでよ。気持ちいいわよ」


 修兵は小さく笑い、ジャングルジムを上って行った。


 てっぺんで優希の隣に腰を下ろすと、風が優しく吹き過ぎた。


「懐かしいな。俺たちの通った小学校にも、こんなジャングルジムがあった」


「あの頃はよかった……嫌なこともいっぱいあったけど、いつも希望があったわ。生徒たちと一緒に笑ったり怒ったりできる、いつかはきっとそんな先生になるんだって」


「希望通りになったじゃないか。今じゃ御園先生だ」


「そうね。親のお金で大学を出て、机にかじりついて試験勉強をして。先生ってそういう人たちを言うのよ。ろくに挫折を経験したこともない。人の痛みもわからない。ただ頭でっかちで、ちょっと試験の要領がいいだけ。そんな人たちが子供にいったい何を教えられるっていうの。何が教師よ。何が先生よ!」


「何かあったのか」


「そうじゃないけど……私、本当の先生になりたかった。愛先生みたいな」


「まだ始まったばかりだろが。そうだろ?」


 修兵が言うと、彼女は微笑んだ。


 沈黙が訪れた。


 ややあって、修兵はよっと気合をつけてジャングルジムから飛び降りると、


「さあ、出かけるぞ」


「出かけるって、どこへ?」


「海。太平洋!」


「太平洋って……今から行ったんじゃ、着いた頃には真っ暗よ」


「そうとも」


 修兵は無頓着に言い放ち、さっさと歩いて行く。


 優希は慌ててジャングルジムを降り、後を追った。

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