第15話

 その夜の「麺辰」は、異様な雰囲気に包まれていた。


 修兵たちが訪ねてみると、入口のドアが開け放たれたまま、店内の椅子やテーブルがフロアのあちこちに乱れ飛んでいる。


 祐二が暗い表情で振り返った。


「兄貴、様子が変です」


 二人が店へ踏み入ると同時に、二階で凄まじい物音と劈くような女の悲鳴が上がった。


 修兵と祐二は階段を駆け上った。


 廊下へ出ると、アパートの一番奥の部屋のドアが開け放たれ、明かりが洩れている。


 修兵たちが飛び込むと、壁に凭れかかった痣だらけの忠次が、隅に座り込んだままぐったりして動かず、ベッドの上で女が一人、生まれたままの姿で顔を覆い、嗚咽を漏らしていた。


 すぐ横で、股間をそそり立たせた全裸の男が、勝ち誇ったように見下ろしている。


 そして、隣にも薄ら笑いを浮かべ、男がもう一人立っていた。


 昼間鉢合わせた黒竜会の二人組に違いなかった。


 凄惨な光景に一瞬固まりかけた修兵は、たちまち怒りの激流に呑み込まれ、二人に襲いかかった。


 服を着ている方のチンピラが長ドスを抜こうと身構えたが、寸前に腹を蹴られ、息をつまらせ前のめりになったところへ、修兵の重い右拳が叩き込まれた。


 濡れた瞳で修兵を見上げた女の顔は、意外にも、石橋たちから救ったあの女教師だった。


 邪魔をされた裸の男が、カッとなって吼えかかる。


「てめえ、黒竜会とやる気かあっ!」


「俺の女やりやがって」


 修兵はベッドへ歩み寄り、恐怖にかられてすくみ上がっている彼女の肩へ、上着を脱いでかけてやった。


 彼女も思い出したようだった。


 色を失くした唇の間から、か細い声を漏らした。


「……あなたは?」


「女をやられちゃあ、とるもんとらにゃ!」


 怒り狂った男の突進を素早く躱し、逆に意識を刈り取るまで徹底的に殴りつけた。


「祐二、そいつ押さえてろ」


 のびている裸の男を、祐二は命じられたように後ろから羽交い絞めにした。


 修兵は足下に転がっていた長ドスを拾い上げ、残虐な笑みを浮かべた。


 瞳の奥に殺気が閃く。


 男は恐怖で顔を引きつらせ、何とかその場から逃れようと空しく手足をバタつかせた。


「な、何する気じゃあっ!」


「自慢の先っちょ、もらおうかい」


 修兵はドスを振り上げ、


「バカ、やめろ、よせっ!」


 狂ったように暴れる男のすっかり縮こまったその部分へ、容赦なく振り下ろした。


 小さな肉塊が斬られて弾け飛んだ。


 魂消る悲鳴。


 男は激痛にのたうちまわり、赤子のように泣き叫んだ。


「祐二、そいつら放り出せ」


 こともなげに命じ、祐二が二人を引きずって行ってしまうと、修兵は女教師に向き直り、神妙に頭を下げた。


「……同類がとんだことを」


 しかし、彼女は涙を拭い、力強く首を振った。


「平気です。こんなことで負けやしないわ」


 女教師は、石井真奈美と名乗った。


 それから、やがて意識を取り戻し、壁伝いにフラフラ立ち上がった忠次のほうへ、


「おじいちゃん、この人よ。私の教え子を助けてくださったの」


「じゃあ、200万の取立てを肩代わりしてくれたっていう?」


 修兵は何も言わず、まっすぐに忠次の瞳を見つめた。


 しばし睨み合うような形になったが、やがて忠次はがっくり肩を落とし、疲れきったように言った。


「一杯やるか……」

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