第13話

「麺辰」は、想像以上にひどい状況だった。


 普通であれば、ここまで建物が傷んでしまうことはないだろう。


 度重なる嫌がらせのせいに違いない。


 立て付けの悪いドアを開けて入ってみると、厨房で仕込みをしている頑固そうな親父の姿があった。


 禿げ上がった頭に、立派な鉤鼻が勇ましい店主の名は、岡田忠次といった。


 忠次は二人の方へ鋭い一瞥を投げ、


「ケッ、また黒竜会か」


 と、吐き捨てた


「いえ。俺は室尾興業の氷室修兵といいます」


「ヤクザにゃ変わりあんめぇ」


「ラーメンください」


「おめえに食わせるラーメンはねえっ!」


 忠次が噛みつくように言った。


「どうせ地上げ狙いだろ」


「銭なら間に合ってます。ただ、黒竜会に儲けさせたくねえんで」


「カッコつけやがって。銭のねえとこに極道が集るかい」


 唐突に入口のドアが開き、二人組のチンピラが入ってきた。


 黒竜会の連中だろう。


 カウンターの傍に佇んでいる修兵を見ると、嘲るように笑い、


「ほう、まだノビたラーメン食う酔狂がおるんか」


「てめえらほどじゃねえがな」


「こいつ、室尾の金バッジだぜ」


「ラーメン食わんなら出てけや。目障りだ」


「室尾の兄ちゃんよ。ここをどこのシマだ思っとるんじゃ」


「ラーメン食うのにシマ選んじゃらんねえ」


 身体を低くして身構えた二人に、修兵の鋭い啖呵が飛んだ。


「心してかかってこい。こちとら室尾の氷室修兵じゃ!」


 迫力に圧倒されたか、二人組は舌打ちをして渋々出て行った。


 修兵と祐二の前に、ラーメンの丼が差し出された。


「若いのに、大した睨みだのう」


「あんな連中に嫌がらせされてまで、どうして。よっぽど思い出深い土地なんですね」


 忠次はカウンターの下から一升瓶を引っ張り出し、コップで冷酒をあおった。


 口の端にわずかにこぼれた酒を右手で拭い、


「思い出だけと思うんかい。そりゃ俺だって世の中の仕組みってのは分かってるつもりよ。だがな、ヤクザなんぞに負けたかねえんだ!」


 修兵は何も言わず、熱いラーメンをすすった。


 そして、食べ終えると訊ねた。


「二階はアパートですか?」


「ああ。今は小学校の先生がいるきりよ。ボヤ騒ぎでみんな出て行っちまった」

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