第12話

 事務所の喧騒を避けるように窓辺に立っていると、石川朋二がやってきた。


 この世界で他人と情を交わすことの少ない修兵にとっては、唯一心の許せる相手といってよい。


 朋二は修兵の隣に並んで立つと、周りに聞かれぬよう小さく耳打ちした。


「万軒坂の中路地商店街な。荒れてるらしいぜ、地上げ地上げでよ」


「あそこは確か黒竜会の」


「ああ。何企んでるか知らねえが、連中もうほとんどの店を潰しちまって、残ってんのは古いラーメン屋が一軒だけらしいぜ。それも、何度も不審火を出してるって話だ」


 不良債権処理が一段落し地価が下げ止まったのを受け、古い商店街には再開発の波が押し寄せ、立ち退きや廃業を迫られる商店主が続出しているのは知っている。


 まともな取引なら修兵の出る幕ではないが、組織がからむとなれば話は別だ。


 まして黒竜会ともなれば、なおさらだった。


 黒竜会は、街の覇権をかけたあの大抗争の際も、唯一建造に膝を折らなかった組織である。


 当時組長だった伊吹兵衛ひょうえは、組織の存続をかけた巨頭会談に命がけで臨み、その人物を惜しんだ建造が地位協定を結び、いくつかのシマを召し上げるのと引き換えに、組の存続を認めたのであった。


 深い恩義を感じた伊吹は、建造に心酔し、組織間は平穏な関係が続いた。


 ところが、建造が引退し、伊吹も二代目に禅譲して会長職に退く頃から、二代目同士の関係が悪化し、黒竜会も、隙あらば失ったシマを取り戻そうと虎視眈々狙っていたのである。


「なあ修兵、あそこはおめえのシマと隣接してる。ほっといたら、連中おめえんとこまでシマ拡げてくるぜ」


「闘いはもう始まってるってことか」


 修兵は呟くと、朋二を振り返った。


「朋さん、その店の名は?」


「中路地の『麺辰』だ」


「祐二!」


 聞くやいなや電話番をしていた祐二を呼び、部屋から飛び出して行った。


 祐二は一瞬呆気にとられたが、慌てて後を追った。

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