第8話
銀座のはずれ、築地に程近い路地の一画に、「松葉」という料亭がある。
窓から風雅な日本庭園が望める純和風料亭で、上座に座り、さっきから上機嫌で肴をつついているこの小柄な猫背の老人が、まさか最近まで泣く子も黙るヤクザの大親分だったなどとは誰も思わないだろう。
だが、修兵は知っている。
老人が、かつては小さな組織が乱立し、血で血を洗う抗争に明け暮れていたあの街を、圧倒的な力でまとめ上げ、今に至る室尾組の礎を築き上げたゴッドファーザーであることを。
修兵は老人に憧れ、彼のようになりたい、彼のようにありたい、そう思ってここまできた。
そんな相手と差し向かいで呑むとなれば、修兵ならずとも緊張するのは当然だろう。
小刻みに震える手で建造の盃に酒を注ぎながら、修兵は訊ねた。
「御隠居、東京へはいつ?」
「今日着いたばかりよ。急にぬしん顔を見とうなっての。ま、遠慮のうやってくれ」
そう言って建造は修兵に銚子を差し出した。
「頂戴いたします」
修兵はかしこまってそれを受け、一息に飲み干した。
「賢秀の奴がすまんことをしたの。堪忍な」
「もったいねえ。そのお言葉だけで……」
「白状するとな、修兵。わしゃ後悔しとるんじゃ、跡目譲るんが早すぎたとな。賢秀め、もうちっとしっかりしとる思っとったが、とんでもねえ。てんで分かっちゃねえんだ。ぬしにゃ腹に据えかねることも多いだろうが、今後も頼むぜ。本物の極道ってやつを教えたってくれ」
「とんでもねえ。俺なんぞにそんな……」
すっかり恐縮し、真っ青な顔で縮こまっている修兵を、建造は磊落に笑い飛ばした。
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