雑音

 廊下をばたばたと走る音がする。いちいち足の裏を床に叩きつける、耳障りな存在が今朝もやって来た。毎朝毎朝飽きもせず、下手糞な走り方を晒しながら教室に駆け込んだのは、見るまでもなく南川だった。

 入学から二週間。桜の花も散り終わって少し暑くなってきたとはいえ、南川の丸顔はぎょっとするほどに汗だくになっている。汗かきなのか、悪い運動神経で必死になって走ったせいなのか。多分、そのどちらもなのだろう。

 肩でひゅうひゅうと息をしながら南川が汗を拭うと、ちょうど担任が教室に入ってくる。いつものタイミングだ。いっそ遅刻して小言を言われてくれれば少しは気も晴れるものを、あいつが教室に着く時間ときたら毎朝毎朝変わりやしない。

 中学の頃から、そうだった。

 今と全く同じ走り方で、遅刻ぎりぎりのタイミングで、汗だくになって、いつもばたばた現れた。そんな南川は授業中にもうるさくて、何かにつけて挙手をして発言をしたがった。そのくせ頭は良くなくて、大抵の場合は頓珍漢なことを言って教室中の失笑を買っていた。

 その度に南川は嬉しいのか恥ずかしいのかよく分からない笑い方をしていて。おれはそれが目ざわりで仕方なかった。

 だから――と言うのは認めたくないけれど、だからおれは南川と衝突したことがある。中二の冬で、先に突っかかってきたのは向こうだった。南川の片思いしていた女子が、実はおれに気があって――といった、くだらない理由でだ。おれはその女子に何も興味がなくて、南川の挑発なんて無視すれば良かったはずなのだけれど、当時のおれは、それを好機だと思ってしまったのだ。

 それまで喧嘩なんか、それも殴り合うような喧嘩なんかしたことがなかったけれど、南川はそんなおれにでも簡単に撃退できるほど、弱かった。南川本人への苛立ちや、その他のいろいろな鬱憤を晴らすつもりで三発殴ってやると、あいつは大泣きして、謝って、こともあろうに命乞いまでして、逃げていった。

 それ以来、南川は大人しくなった。今でも残っているのはあのどたどた走りだけだ。

 それ以来、南川はまるでおれにいじめられでもしたみたいに、卑屈な目で見てくるようになった。その視線は、授業中に目ざわりな行動をされるのよりもずっとおれのことを苦しめた。

 高校に入ればあの視線は消えると思っていたのに。おれは第一志望から転げ落ち、南川はチャレンジ校にまさかの合格。

 始業のチャイムに間に合った南川は一時限目の準備をカバンから引っ張り出すと、今日もあの目をこちらに向けた。

 なんでわざわざ僕の行く高校に着いてきたんだよ。また僕のことをいじめる気だろう。そんな声が聞こえてきそうなほど、南川の目つきは、入学以来日に日に陰険さを増していく。

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